第160話 彩子の隠れ場所
ソードプリンシパルの指示に従い、彩子の居場所を推理するくのいち。前回のヒッキーの世界のダイブでは、くのいちは彼の言う事を聞かずに痛い目(ミルクによる拷問)に遭った。今回は大丈夫か?
ドサッと倒れる音がするが、よく見るとそれはくのいちではなく手裏剣型の大きなクッション。
「チッ、変わり身の術か。逃がさないわよ。こら待てー!」
くのいちは教室を飛び出し廊下を駆け抜ける。追いかけるチョコ。階段を何階か駆け昇ったところでくのいちは煙幕を投げつける。もうもうと立ち昇る煙。チョコはくのいちを見失う。
「さすが忍者。身を隠すのは上手い」
チョコは一旦あきらめて去って行く。
くのいちは男子トイレの個室に隠れている。
「なんとか撒いたみたいね」
「ここに何のためらいもなく入れるとは、中年を通り越したオバハン並だな、お嬢」
「それより、これからどうするのよ?」
「彩子を探すべきだろう。この世界を造ったのは彼女だ。彼女と話す事が大切だ」
「どうやって探すの? ここは彼女の精神世界だよね。この校舎のどこかに居るとは限らない。パリのシャンゼリゼ通りにいるかもしれないし、軽井沢のアウトレットにいるかもしれない」
「それはお嬢の願望だろう。彼女の気持ちになって考えてみろ」
「そんなの分かんないわよ」
「『他人の気持ちなんてどうだっていい』っていう無頼な強い女を気取るお嬢も俺様は嫌いじゃない。だけどお前は馬鹿じゃない。考えろ。もしお前が彩子だったら何処に居るんだ?」
「うーん、うーん……」
「JKが男子トイレの個室で『う〜ん』か。そそるぜこれは。ダイブの世界じゃなきゃ1億パーセント不可能だからな」
「あんまりおかしな事を言うとトイレに流すわよ。でも……分かった」
「ついでに言うと下着姿のお嬢も俺様は嫌いじゃない」
そう言われて上半身の制服がはだけ、下着姿の自分に気づくくのいち。制服の上半身はチョコにばっさり斬られたのだ。
「きゃー、はずかしー」
「セリフが棒読みだぞお嬢。もう少し男心を揺さぶるリアクションが大切だ。今から特訓を始めるか?」
一方、くのいちとソードプリンシパルが相談をしていた男子トイレから壁一つ隔てた女子トイレ。水晶玉片手に怯えた表情の彩子が、身を隠している。
ふと仕切りの上に手がかけられる。彩子がそこを見上げると、『ぬっ』とくのいちの顔が覗く。彼女が片手懸垂で顔を出し、彩子を見つめる。
「お股拭くの手伝ってあげようか?」
「私は便座に腰掛けているだけです」
「そこに長居するとお尻が風邪をひくよ。出ておいで。便座をブロックしよう」
彩子がドアを開けトイレの個室から出てくる。
「よく私の居場所が分かりましたね」
「休み時間はここにいるのが安全なんじゃない? でも辛い時にはいつでもあたしを呼んでくれていいんだよ」
「私の気持ち……分かってくれるんだ……」
彩子の瞳が涙でうるむ。
「ありがとう、くのいち」
くのいちは泣き顔の彩子を抱きしめる。
「あたし、こんな偉そうな事言っちゃったけど、実はあなたの助けが欲しいの」
「くのいちは私の命を救ってくれた大恩人。私に出来る事があれば何でも言って」
くのいちは教室内であった事を説明する。チョコが『くのいちもグルになって自分を落とし入れようとしている』と言ってくのいちを攻撃してきた事、その為自分は逃げている事などを語る。
その内容を聞いて彩子はくのいちに尋ねる。
「くのいちにはクラスの生徒の悪口とか聞こえてこなかったの?」
「チョコには聞こえていたみたいだけど、あたしは全く。チョコは『鎧や体が傷つけられた』『髪の毛を切られた』とか言っていた。そんな風には見えなかったからチョコの考え過ぎだと思うけど」
「私も現実世界で身を切られる様な辛い思いをしてきました。感じない人は全く感じないみたいですが。くのいち、あなたには少しでも感じ取って欲しい。それができればチョコさんとも上手くいくかも」
彩子は水晶玉を差し出す。
「この水晶玉に手を載せて下さい」
「アマリンドットコムの水晶玉も役に立つの?」
彩子は水晶玉を触っているくのいちの手に自分の手を重ねる。
「水晶玉はちょっとした触媒みたいな物です。あなたと私の心を繋ぐ為の。繋がろうとする気持ちが大切なんです」
くのいちは改めて自分達がトイレに居る事に気づく。
「彩子、手は洗ったよね?」
「私、手を汚さずに上手に拭ける時もあるんですよ……たまには」
「あたし、あんたのそういう冗談好きだよ」
微笑む彩子とくのいち。二人の心がちょっと繋がったと思ったその時水晶玉が淡い光を放つ。




