第153話 彩子のダイブを阻止せよ!
自転車こぎの強に拍車をかけ、彩子の自宅へ急ぐくのいち。
「学校から駅の下り方向でいいんだよな! どの駅だ?」
「朝、電車の中で変なレインコートを着ている彼女を以前何度か見かけた。学校のひとつくらい手前の駅だったと思う」
「彼女は家にいるのか?」
「さっき『朝ごはんの納豆、味噌汁、目玉焼きが美味しゅうございました』と言っていた。多分家よ」
「じゃなかったら牛丼屋だな」
「JKが朝から牛丼屋の朝定食食べて遺書めいたLINEを送ってこない方に賭けるわ」
その時チョコから連絡が入る。
「松戸彩子の住所が分かった。そっちに送る。母親の携帯には繋がらなかった。父親の松戸博士先生は今は大学のSFキャンパスの職場にいる。一時間くらいでそっちに着くって。校長先生やガーディアンデビルズのメンバーには全員に連絡が行った。警察はどうする?」
「あたしが連絡する」
くのいちは携帯の地図アプリに、彩子の住所をコピーアンドペーストする。
「強、でかした。あと2キロくらいよ」
くのいちは警察に電話する。
「はい、こちら110番です。どうかされましたか?」
「今、私の友達が大変な事になりそうで、至急駆けつけて欲しいんです」
「あなたは今どこにいるのですか?」
「友達の家に自転車で向かっています。住所は……」
「あなたのお名前は?」
くのいちが返答を済ませ通話をLINE通話に切り替え、彩子とコンタクトを取ろうとしていると 強が大声をあげる。
「おい、彩子ちゃん、大丈夫か?」
強とくのいちは彩子の住所にたどり着いたのだ。
広い道路に面したマンション。その五階のベランダから彼女が身を乗り出している。自転車を降り、ベランダの下の地面から彩子を見上げ、携帯を片手に叫ぶくのいち。
「彩子!」
くのいちの声に反応する彩子。
「彩子、危ない!」
なおも身を乗り出す彩子
「落ちると死ぬほど痛いよ! ねえ、LINE通話に出て!」
この状況でこの例えはコミカルと言えなくもないがくのいちは必死。五階のベランダからでは会話も通じにくい。携帯と身振りで話したい。
ベランダにいる彩子がLINE通話に応答する。
「あ、つながった! 彩子、聞こえてる?」
「一瞬の痛みでその後の苦しみがなくなるならば、それも良いのではないでしょうか?」
「あんた、ちゃんと死ねると思ってるでしょ? 甘いわよ」
「甘い?」
彩子とくのいちのLINEでの通話は続く。
「ここは五階。高さが中途半端だわ。下手に助かると、残りの人生ずっと車椅子か寝たきりよ」
「頭から落ちればいいんでしょ!」
「よし、じゃああたしが受けとめてあげる。あたしの上に落ちておいで!」
くのいちは彩子に向かって腕を広げる。
「そんな事したらあなたも大怪我よ」
ここはダイブの仮想現実ではないのだ。彩子の言う通りだろう。最悪、二人とも命を落とす。しかし怯んでもいられない。
「試してみる?」
くのいちは彩子の真下に移動する。すると彩子はそれを避ける様に横に移動する。くのいちもそれに合わせて横に移動する。
「どいて。邪魔よ」
「邪魔してるんだもん!」
彩子は五階のベランダで右に左にと動き回る。
「どうなっても知らないわよ!」
「あたしだって怖いんだよ!」
と叫ぶくのいち。
「……こないだLINEの友達登録しただけじゃない。私達」
「そうよ。あたし達はほぼ他人と言っていいわ。ただ、あなたが死ぬほど悩んでいるのは分かる。何故ならあなたの真下にいる私は今、怖くて震えが止まらないから」
くのいちの携帯を持つ手はブルブルと震え、声もうわずっている。
その時ベランダの方でバリッ、バリッ、と大きな音がする。ベランダの仕切りの壁が蹴破られたのだ。彩子は驚いてそちらを向く。強だ。
「来ないで。近づいたら飛び降りるわ!」
強は懐から南京玉すだれを彩子に向けて振りかざす。それは釣り竿の形に変化し、彩子のスカートをまくりあげる。
「いちごパンツか。本能寺の変だよな。ちゃんと新品を履いてるか?」
彩子が顔を赤らめたじろぐ。この期に及んで、『履き古したパンツを履いていた事がバレたら嫌だ』
などと言う考えが頭の中を一瞬よぎる。
その隙を逃さず強は彼女めがけてダッシュ。確保に成功する。
彩子を抱きかかえながら強は言う。
「間に合って良かった。あいつが必死に止めていてくれたからな」
その言葉に我に返った彩子。強の腕の中でぐったりとする。
強に連れられて彩子が下に降りてきた時、パトカーのサイレンが聞こえる。
「くのいち、お前頑張ったな」
くのいちはふらついて倒れそうになる。強は彼女をしっかりと受け止める。
強の両腕には彩子とくのいち。『両手に花』などと言える状況ではないが、とりあえず収まりはついた。




