第133話 彩子の水晶玉占い
ヒッキーのマッチングアプリの効果は偉大だ。こんな二人をも結びつけてしまったのだ。
いかにもくのいちらしい返答である。
「『はい』じゃないでしょ! 普通『そんなつもりは』とか言うでしょ!」
「そんなつもりじゃ」
と棒読みのくのいち。このムンクのレインコート女にドン引きしながらもくのいちは問いかける。
「あなたお名前は?」
「わからない」
と彩子。
「おうちはどこ?」
「わからない」
「それは困ったわ。う〜ん……」
くのいちがどう会話を続けようか悩んでいると彩子が突然、
「ワン、ワン、ワワン! ワン、ワン、ワワン!」
と言う。
「いぬのおまわりさんかっ!」
と我ながらナイスなツッコミ、と悦に浸るくのいち。
彩子が口を開く。
「私は人生の迷子の子猫ちゃん。今日マッチングアプリで人と会う事になっていたんだけど、私の水晶占いによると……」
「よると?」
「今日会う人は私の制服をズタズタに切り裂いた上で裸踊りをさせたり、殴る蹴るの暴行を加えたり、パシリで蜂の子入りサンドイッチを買いに行かせて吐くまで食べろと命令したり、挙句には私の乳房を切り取って念入りに調理した上で食べると脅したり……」
「ひどい人がいるものね。占いが間違っているんじゃない? 取り敢えずあなたのIDを見せて」
「カツアゲですか?」
「(うわ、この子被害妄想が入っちゃってるの?)」
彩子とくのいちの噛み合わない会話を聞きつけてチョコが割って入る。
「(彩子に) この怖いお姉さんとは無理に友達にはならなくていいから取り敢えず自己紹介だけでもしよっか? あたしの事は知ってるよね。チョコだよ。こっちが久野一恵、通称くのいち。こう見えてこの子、この前の校内人気投票で女性票の一位を取ったんだよ」
それを聞いて彩子の表情がちょっと明るくなる。
「それはチェックしていませんでした」
「裏アカウントの投票だからね」
と微笑むくのいち。
「私はこういう者です」
彩子はIDカードを差し出す。二年四組松戸彩子と書かれている。
「マツドサイコさんね。くのいちとマッチングしたんだよね。で、くのいちのアプリには松戸さんはマッチングされなかったの?」
「あたしはアプリの入力を何回もしくじって、訂正も何度もしたりでエラーが出ちゃったみたい」
「でもマッチングされたって事は、共通の話題や趣味があるんだよね」
「占いと演劇に興味があります。演劇部所属です」
「あたしも演劇に興味があるって書いたよ。それじゃあさぁ、彩子ちゃん何か演劇のワンシーンでもやってくれない?」
「くのいち、無茶振りするね。それじゃあ打率は稼げないよ」
「ワンシーンは恥ずかしいので、占いをやります」
「あたしを占ってくれるの?」
とくのいち。
頭にしめ縄と二本のロウソク、ムンクの『叫び』がプリントされたレインコートを着ている彩子がおもむろに水晶玉を撫で回す。
「この水晶玉があなたの未来を語ってくれます」
彩子は水晶玉を撫で回しながらバッハの『トッカータとフーガ』のメロディーを口ずさむ。
「♫(高音で)たりら〜っ、たりらりらっ、ら〜。(ゆっくりとした口調で)くのいちさん、占いの館へようこそ。ひとたびこの館に入館すると、もう後戻りは出来ません。よろしいですね。♫(低音で)たりら〜たぁらぁりぃら〜」
「カラオケの精密採点で結構いい点が出るかも」
とチョコ。
「バッハとしめ縄の夢のコラボレーション」
とくのいち。
彩子は「♫タラタ、タラタ、タラリラリラリッラ…」とメロディーを続けながら水晶玉を操っている。
「整いました!」
「謎かけじゃないんだから……」
「答えは水晶玉が教えてくれます」
彩子は腹話術で水晶玉が喋っている様に見せ掛ける。
「あなたは数日中に好きな人から告白されるでしょう!」
「えっ、マジで? 水晶玉が喋った!」
思わず表情がほころぶくのいち。
「私(水晶玉)のお告げに嘘偽りはありません」
水晶玉を見つめながらチョコが言う。
「その水晶玉綺麗だね。高かったんでしょ?」
水晶玉(の腹話術)が答える。
「アマリンドットコムで1599円ポッキリです。台座込みで」
くのいち苦笑いしながら彩子に言う。
「ポッキリとか言われちゃうと急に信じられなくなってきた。でも彩子って面白いね。LINE交換しよっか?」
「あなたに運命の道が開けますように」
彩子とくのいちは携帯をかざす。
「松戸彩子ちゃんか。そう言えばあたしの知り合いにもオカルトチックな人がいたなあ。……もしかしてあなた、松戸先生の親戚?」
「父は松戸博士。魚池のSF研の責任者をしています」
話を聞いていたミルクが横から口を挟む。
「Mad Psychoのお父さんが〜Mad Doctor(マッド博士)なの〜?」
たまにミルクは余計な事を言ってしまう。
しかし英語がそこまで得意でないくのいちはこれをスルー。
「SF研ね。あたしの手裏剣、松戸先生に作ってもらったんだよ」
そう言って髪飾りの手裏剣を外してみせるくのいち。
「そうですか。人の縁って思わぬところで繋がるものですね。私はてっきりくのいちさんに名前でも教えようものなら、個人情報を全て抜かれてしまうのではと思っていました」
「それは無い無い」
第48話 「フランクフルトにアレを装着するくのいち」の画像、「みてみん ガーディアンデビルズ」にアップしました。




