第122話 注射が大嫌いなミルク
ダイブの仮想現実では、くのいちを平気で火あぶりにして顔の皮を剥いでいたミルク。しかしリアルの世界では注射が怖くてたまらなかった。
翌朝。ミルクが病院を受診する日。割井夫妻宅の玄関をピンポンする強と琢磨。暫くすると制服姿のミルクが二メートルはあろうかという十字架を背負って玄関から出てくる。
「おはようミルク……ってなんだその十字架は?」
「膝と腰に負担がかかりますよミルクちゃん」
ミルクがダイブの世界で浄化モードを発動した時、十字架を操っていた事を思い出す琢磨。
ミルクは背中の十字架をずるずると引きずりながら歩く。
「私はこれからゴルゴタの丘の刑場に向かう罪人。銀貨三十枚で私を売ったこの者は今の私の惨めな姿を見てさぞや喜んでいる事でしょう」
そう言って強を睨むミルク。
「ミルクは何を言ってるんだ、琢磨?」
「銀貨三十枚の報酬でキリストを売った弟子を非難しているのでしょう。キリストは自らが処刑される磔用の十字架を刑場のゴルゴタの丘まで運ばされ、十三日の金曜日に処刑されたのですよ」
「(うわっ、ミルクは俺の事をムチャ恨んでるじゃねえか)」
そこに割井校長と妻の割井イシヨ医師が玄関から出て来る。
「はーい、ミルクちゃーん。今日は楽しい病院だからねー。終わったら帰りに森永エンゼル食堂でクリームのいっぱい載ったホットケーキを食べようねー」
「びょういんたのしくな〜い!」
「ほら、その重い十字架は置いていきなさい。三人で手を繋ごう」
完全に幼稚園児の娘をあやす夫婦モードになっている割井夫妻。
「(俺にもこれくらい優しくしろよ)」
と心の中でツッコミを入れる強。
ともあれ病院に向かって歩き出す三人。
琢磨と強は少し離れて後ろからついてくる。琢磨は小声で強に言う。
「ミルクちゃんは注射が大嫌いだそうです。ダイブの世界ではそんな事はないみたいですが」
「俺はミルクから酷い暴行を受けてメチャ痛かったけどな。顔の骨が砕けそうだった。あの時はライフポイントの残りがヤバかった。それでいて自分は注射が嫌いってちょっとアレだな。まあ、現実とダイブの世界では色々違うんだろうけど」
「えっ、強君はミルクちゃんから暴行を受けた? ……ま、まさかあんな事やこんな事をされたのですか?」
「誤解するな。顔面を思い切り何回も殴られただけだ。あとは何発もビンタされて、蹴りもサンドバッグ並みに食らった」
「本当ですか、強君?」
「いや、別に気にしなくていいぞ、琢磨。あれは仕方のない事だったんだ」
それを聞いて琢磨は深々と頭を下げる。
「うちのミルクがご迷惑をおかけして大変申し訳ない! 僕がダイブの世界からリタイアしちゃった後、そんな事があったんだね!」
「これもクエスト内のイベントってやつさ」
琢磨は立ち止まり、強の目を見つめて言う。
「強君、僕を殴ってくれ!」
「そう言われて『はいそうですか』と殴れねえだろう。第一、お前だってくのいちから酷い攻撃を受けたじゃねえか」
「いや、それじゃあ僕の気が済まない。君の受けた苦痛は全部僕が引き受ける! 君は顔面を拳で数え切れないくらい殴られ、張り手も何度も喰らい、ボコボコになるほど蹴られたんだね」
「今言った事は忘れてくれ、琢磨。俺は別に恨んでいるわけじゃねえから」
「他にはどんな攻撃を受けだんだ、強君。せめて事実だけでも聞かせてくれ」
「上半身ブラ一枚のミルクは、攻撃を受けて倒れている俺の頭をハイヒールで踏みつけた」
それを聞いて琢磨は強を包帯でグルグル巻きにする。
「強君、一人だけご褒美の抜け駆けは許さないよ」
「なんでそうなるんだよ!」
「罰としてミルクちゃんを無事に病院に送り届けるまでこうして縛っておこう」
「それじゃあ任務の遂行に支障をきたすだろう!」




