第121話 銀貨30枚でキリストを売ったユダ
裏切り者のユダは自らが得た土地に落下して最期を迎える。強の運命は如何に?
「ねぇ強君。一つ確認しておきたいんだけど」
「何ですか、イシヨ先生?」
「あなたが今私達に話してくれた事、ミルクにソースを明かしちゃっていいの?」
「ソースを明かすって……俺が校長先生とイシヨ先生にチクった事をミルクに言っていいかって事ですよね?」
「大事な話なんだ。君への守秘義務は尊重したい」
「『強から聞いた』とはっきり言って下さい。それで恨まれても構いません。あいつの体に異常がない事が分かれば、俺が嫌われるくらい安い物です」
そんな会話が続く中、ビキニ姿のミルクが応接室に入ってくる。
「お客さん、帰ったよ〜」
「よう、ミルク」
「あれ、強君。いらっしゃ〜い。こんな格好で失礼するね〜」
ミルクはちょっと恥ずかしそうに部屋のカーテンに体を包む。よそ様の家の中でミルクのビキニ姿を見るのは何か新鮮な物を感じるが、今はふざけた気分にはなれない。
「ミルク、ちょっと話があるんだが」
「何ですか校長〜改まって〜?」
「魚池の付属病院に受診してきてくれ」
「病院、ですか〜?」
「あなたの頭痛が心配なの。念の為検査を受けてきて」
「びょ、病院怖いよ〜」
ミルクの表情が険しくなり、強を睨みつける。
「剛力強、あなたは銀貨三十枚の誘惑に抗えず、私を売り飛ばしたのですね!」
「大袈裟に考えなくても大丈夫。簡単な診察と血液検査くらいだから。頭のMRIも全然痛くないわよ」
ミルクはイシヨ先生の説得も聞き入れず、興奮して英語でまくし立てる。
「No way! No way! Is this an execution? (絶対にイヤ! これは私の処刑なの?)」
「ミルク、落ち着きたまえ」
「剛力強、あなたはその銀貨三十枚で土地を買うのでしょう。しかし最後にはあなたはその土地に落下してその口の中から全ての臓器を吐き出すことになるのよ!」
ミルクが人をフルネームで呼び捨てにする時はマジである。あのくのいちでさえ、『久野一恵!』と呼び捨てにされそうな時はあらかじめ『尿取りパッド立体ギャザースーパー、ドッと漏れてもスピード吸収で安心』をパンツに装着しているくらいである。三百ミリリットルまでは何の問題も無く吸収してくれる優れ物だ。
ミルクは応接室を飛び出し、廊下に出て階段を登って行く。自分の部屋にでも逃げ込むのだろうか。
残った割井夫妻と強はしばし呆然とする。
「割井校長、物は相談なんですけど」
「何だね強君?」
「俺がミルクにチクった事は無しにできないっすかね?」
「ここでヘタれるな。もはや我々三人は運命共同体だ。私にできる事と言えば……」
「言えば?」
「しばらくは土地は買わない方がいいと思う」
「どのみち俺、一生借家住まいなんで大丈夫っす」
「ミルクって興奮すると、たまに英語が出てきたり翻訳調のおかしな日本語になる事はあるわよね」
「そうなんすか? 俺は気づかなかったですけど」
「『キツネテブクロ』っていうのもあの子のおかしな日本語なのかしら」
「強君、ミルクとのダイブはしばらく控えた方が良さそうだな」
「ミルクを助ける必要がある時は俺はいつでも行きますよ」
イシヨはミルクの謎の言葉を頭の中で反芻している。
「(キツネは英語でfox、テブクロはglove、よね)」
イシヨは携帯に『foxglove』と入力して検索ボタンを押す。検索結果を見て彼女は驚く。そこには『ジギタリス』と表示されている。
「キツネテブクロってジギタリスの事だったのね!」
「ジギタリス?」
「昔からある薬草だよな。画家のゴッホも飲んでいたとか言われる……そうだよな、イシヨさん?」
「その通りよ、ダーリン。今でも使われる心臓の薬」
イシヨは携帯の画面のジギタリスの花の画像を見せる。
「あっ、俺この花のデザイン見た事あります!」
「本当かね、強君」
「こないだダイブした時、ミルクが持っていたクッキーの箱にデザインされてました。チューリップを縦に伸ばした様な形で」
「ミルクが箱を持ち歩いていたの?」
「そうだと思います。そういえばあいつと二人でマッタに寄った時も、リアルの世界でクッキーの箱を持っていました。確か同じ花がデザインされていたと思います」
「ジギタリスをクッキーに混ぜていたのかしら? でも何の為に?」




