第12話 ミルクの甘い罠
池面君と付き合っているのは三年生のヤンキー女か? 二年生の女生徒か? ミルクがトラップを仕掛ける。
「強、手ぬるいわよ。腹にパンチをぶち込んで! このヤンキーの内臓を破裂させるつもりで!」
「お前、簡単に言うけど……」
強がどうしたものか手をこまねいていると、チョコの携帯に、
『♪チョッコレート、チョッコレート、チョコレートは〜』
と呼び出し音が鳴る。チョコは受信してそのままスピーカーホンをオンにする。体育倉庫の奥の部屋から男女の会話が聞こえる。その音をスピーカーホンが拾っている。
「デニーズランドの〜ホテルに泊まるの〜? 私達二人で〜?」
「ディナーも付いてるぜ。翌朝は優先入場できる。どうだ、いいだろう。おごるぜ」
「どうしようかな〜。でも私達〜まだ付き合ってもいないんだよ〜。それにあなた〜カノジョの一人や二人いるでしょ〜?」
「そんなのいるわけないだろ。惚れちまったんだ、頼むよ。人助けだと思って」
「あのヤンキーっぽい三年生とは〜どうしてるの〜?」
「あいつはただのクラスメイトさ。ほとんど口もきいた事無いし」
「あなたが二年生の女子と〜一緒に下校するのも〜見た事あるよ〜」
「ああ、あいつか。偶然帰り道が同じになる事があるだけさ。ちょっと一緒にいるだけで『付き合っている』なんていう噂が立てられるから、俺も迷惑してるんだ。ほら、俺って誤解されやすいから」
「そうなんだ〜。ねぇ、ここ薄暗いから〜もっと明るい所で話さな〜い?」
体育倉庫の奥の戸が開く。池面と携帯を手にした森野ミルクが出てくる。
「お誘いは嬉しいんだけど〜ごめんなさ〜い。私今付き合っている人がいるから〜」
池面は体育倉庫にヤンキーと女生徒がいるのに気付いて驚く。
「池面さん、私達付き合っているんじゃ……」
「池面! あたしあんたのカノジョだよね、今さっき変な話し声が聞こえたけど、気のせいだよね!」
「いつも私が下校するのを下駄箱の前で待っていてくれたじゃないですか! それを『偶然帰り道が同じになるだけ』なんて……」
「『お前と話してると本当に楽しいな』っていつも言ってたじゃんかよ! 『口もきいた事も無い』っておかしいだろ!」
池面はミルクとの会話が全て聞かれていた事を悟る。
「あっ、悪い。急に用事を思い出した。また今度な!」
池面は逃げる様にその場を立ち去る。
「池面をとっ捕まえなくていいのか、チョコ?」
「色恋沙汰は治安維持の会の管轄外だからね。あいつが誰かをいじめた訳じゃないし」
チョコは奥の部屋から出てきたミルクに声をかける。
「ミルク、お疲れ」
「私〜うまくできたかなぁ〜?」
「憎ったらしいくらい完璧だったよ」
ミルクは強の顔の『俺は童貞だ!』という落書きを目にする。
「強く〜ん、何カミングアウトしてるの〜?」
「ミルク、シンナーか何か持ってねえか? 顔の落書きを落とさなきゃ下校出来ねぇ」
「シンナーは〜ヤンキーの専売特許じゃないの〜?」
とミルクはヤンキーの方を見る。
「あたしは酒もタバコもシンナーもやらねえよ!」
「だけど〜ハーブティーくらいはキメるでしょ〜? 法律の目をくぐり抜けて〜」
「くぐり抜けねえよ!」
「語るに落ちたね〜。堂々と法律違反のブツをやるのね〜。さっき〜あなたマジックを持っていたみたいだけど〜これでマッシュルームがあれば完璧だね〜」
「何が完璧なんだよ!」
「学食で売ってるコッペパンってさ〜先っちょから中身をくり抜いて〜そこから勢いよく息を吸うと〜シンナーみたいな香りがするよね〜。コッペパンなのに〜アンパン〜?」
「誘導尋問には乗らねえぞ。これだからサツは嫌いなんだ」
強は楽しそう。
「ミルク、もっとやってくれ」
そんなヤンキーをコケにした会話が続く中、女生徒が涙を流す。
「私、二股掛けられていたんだ。それなのに水族館に行ったとか一緒にクレープを食べたとかはしゃいじゃって……馬鹿みたい」
泣き顔の女生徒を見て、ヤンキーも寂しげな表情になる。
「わざわざ池面と二年坊を茨城のかみね公園まで尾行して、何なんだろ、あたし。放課後は部活に直行してたから気づかなかったけど、あいつ二年坊と待ち合わせしてたのかよ」
強がヤンキーに近づいて腹に一発パンチを入れる。
「ぐほっ!」
「俺のパンツ姿を拝めたんだから、これはその代金だ。まあ、生きてりゃその内いい事はあるさ」
「なんだよそのヘナヘナな慰めは!」
「お前がこの二年生にした事はチョコが携帯で写しているはずだ。追って処罰が下るから覚悟しておけ。さあIDカードを渡すんだ」
「あたしID持ってねえよ」
とヤンキーは少しふてくされた様に答える。
「そんなはずねえだろ。IDカードが無きゃ学食で買い物も出来ねえ。トイレにも入れねえ」
「だったらあんたが見つけてみろよ、強。もしかしたら胸の谷間に挟まってるかも知れないよ」
「バカな事言うな。でも一応調べさせてもらうぞ」




