第112話 部屋に仕組まれたトリック
ヒッキーの課したクエストは決して攻略不可能な無理ゲーではなかった。三百万円の賞金にふさわしい難易度が与えられていたのだ。
強の金属製の南京玉すだれが左から右横一線に振るわれる。
しかしその一太刀はやや遠過ぎてヒッキーの前で空を切る。
「強、後ろ!」
と叫ぶくのいち。それとほぼ同時に、強を中心として部屋全体が水平にグルリと百八十度回転する。強自身は回転せず前後左右が入れ替わった状態になる。
「これが俺のつばめ返しだ!」
強は右足を後ろに大きく踏み込み、体を時計回りに半回転させる。横一線に振るった玉すだれの刃はそのまま更に後ろ向きに百八十度『ビュッ』と旋回する。
「うぎゃーっ!」
ヒッキーの叫びが部屋中に響き渡る。彼の腹は切腹した侍の様に横一文字に裂ける。ヒッキーは着地して腹部の痛みと流血に耐えながら強を睨む。
「見事でござる強殿。拙者の部屋のトリックを見破るとは……」
「この部屋の違和感は最初から気になっていたんだ。君はミルクとのラッキースケベを狙って教会の宣誓台に切り込みを入れて斜めに崩れる様に細工していた。しかし君は完璧を期すために、君とミルクが倒れる瞬間にこの部屋全体を一瞬傾けたのだろう?」
強がそう言うと、くのいちが口を挟む。
「あたしと強はウェディングケーキの中にいたけど、その時一瞬床が傾いたのよ。あの時はあたし達のケーキが載っているワゴンが傾いたのかと思ったけど、ワゴンに異常は無かった。部屋全体を一瞬傾けたのね。ヒッキー、あんたのラッキースケベに賭ける執念には恐れ入ったわ」
くのいちは強を軽く肘で小突く。
「こいつもその時偶然を装ってあたしのオッパイを鷲掴みにした」
「真っ暗なケーキの中でいきなり傾いたんだ。仕方ないだろう」
「今日二回目だよ! あたしのオッパイは安くないんだからねっ!」
「防具で盛られた偽乳を掴まれたくらいで騒ぐな」
「ニセチチとは何よ!」
話がどんどん逸れそうなので強が本題に戻す。
「君と闘った時にも、俺は違和感を感じた。俺が君に拳や蹴りを入れても君はさほどダメージを受けていなかった。君は俺の攻撃が入る瞬間、君と部屋全体を何センチか一瞬動かしてダメージを吸収していたのだろう? 百分の一秒単位の微妙な調整を要する技だ。さすが格ゲーチャンピオンと言わせてもらう」
「ケンカ十段の……強殿にお褒めの言葉を頂き……光栄至極でござる」
と腹部を大きく負傷しているヒッキーが呟く。
「あたしも強とヒッキーのバトルを見ていておかしいと思っていた。強の攻撃が入る度に強の体が反対方向に五センチくらいずれて動く様に見えた。あたしも部屋ごと動いていたから強がずれて動いている様に見えた」
「くのいちがヒッキーに殴る蹴るの暴行を加えていた時はどうだったんだ?」
「あの時はあたしはヒッキーを捕まえて攻撃を加えていたから、部屋を動かしても無意味だったんじゃない?」
「くのいち殿、御明察でござる。しかし強殿、最後の部屋の回転はどうして……」
「ああ、あれは俺にとっても一か八かのギャンブルだった。ただヒッキーは俺を『一太刀で片付ける』と言って大上段から包丁を振るってきた。何か仕掛けてくると考えるのが自然だろう」
「俺は小学生の時にちょっとやったある格ゲーのキャラを思い出していたんだ。そのキャラはまずこちらに攻撃する素振りを見せる。こちらが防御の態勢を取ると、そいつは真後ろにワープしてきて背中から攻撃してくる」
「格ゲー初心者なら誰でも一度はやられちまう相手さ。倒す方法は簡単。防御はせずに自分の後ろに攻撃を加えればいいんだ。くのいちが『後ろ』と叫んでくれた時にはもう体が勝手に反応していた。おまけに君はヒントまでくれただろう?」
「気付いておられたか。強殿」
「俺と君とのバトルの時、シスターに開始のベルを鳴らさせ、君は『ザ、ベル!!』と叫んだ。例の格ゲーキャラを使う事を暗示したんだよな」
「強殿。拙者の完敗でござる。eスポーツ部の設立は諦めるでござるよ」




