第109話 思考力を試される武闘派の強とくのいち
ただ腕力が強いだけではこの三百万円のクエストはクリアーできない。ヒッキーが課した試練は、切磋琢磨は答えに気付いていた様だが彼は既にゲームオーバー。強とくのいちが、乾いた雑巾から知恵を絞り、答えの雫を導き出せるのか?
ムキになっているくのいち。強は冷静に会話を続ける。
「ヒッキーは以前、必殺技の『グルグル回転蹴りキック』を使った時、目を回して倒れていた。それで俺はバレエの顔切りの要領でなるべく視点を固定して回転する様にアドバイスした。体だけ先に回してから後で一気に体の向きに顔を合わせる。これが顔切りだ」
「ヒッキーがそれを練習するのをリアルの世界で何度か見かけた。シェフの体の動きもヒッキーと同じだった。バイキングの食堂やルームサービスでシェフが顔切りするのを俺は見た」
ヒッキーが拍手をする。
「流石はケンカ十段の強君だ」
「顔形を変えても体に染みついた動作まで変えるのは難しい。お前が琢磨と入れ替わったのも琢磨の体の動きで気付いた。お前がこのクエストの出題者ならこれが正解の公算大だ」
「一応正解と言っておこうか。でももう一つ根拠をあげてくれないか?」
「もう一つの根拠?」
「君は闘いを読み取る能力は抜群だ。君は琢磨の入れ替わりを見抜いてくのいちにそれを伝えようとした。己を犠牲にしてミルクさんの暴走を防いだ。でもそれだけでは乗り切れない戦局もある。ちょっと違う頭脳も試したいのだが」
強の顔に焦りが伺える。
「(ちょっと違う頭脳って……俺の脳みそはこれで満員御礼なんだぞ。これ以上一体どうすりゃいいんだ? もう一つの根拠って何だよ?)」
強はくのいちを見る。彼女も当惑した表情。
「(俺とくのいちは武闘派なんだよ! そういうのは琢磨にでも丸投げしてえんだが、奴はゲームオーバーになっちまってるし……)」
と心の中で愚痴を言う強。
ふと琢磨の顔が頭に浮かぶ。……そうだ、琢磨は消失する間際に何か言っていた。なんだったっけな……。強はくのいちに問いかける。
「くのいち、例のダイイングメッセージ覚えているか?」
「えっ、『ちちなしおんなにやられた』ってやつ? 本当に失礼よね、あの女」
「そっちじゃない。お前が琢磨をバッサリ斬った時、琢磨が最後に何か呟いていただろう?」
「ああ、確か……『強君、穴倉』だった様な」
「そうか」
強はそう言うと、かかとで床を『ドンドン』と叩き始める。二、三回叩いてから少し場所をずらして再び床をかかとでたたく。
「何してるの、強」
「穴倉だ。このホールには穴倉が隠されているんだろう。それを見つければ誰がヒッキーかわかるはずだ。多分床の下のどこかなんじゃないか?」
床を隅から少しずつずらしながらドンドンする強。暫く続けたところでシェフが声をかける。
「お客様、余り強く床を踏みつけるとフローリングが傷んでしまいます、と」
「そうか。何か違う方法があるのか?」
「これからも当施設を、ごひいきに、と」
シェフはそう言うとホワイトボードを持って来て、
『ごひいきに、と』
と書く。くのいちはそれを不思議そうに見つめていたが、やがてハッとして声をあげる。
「強、これって穴倉じゃなくてアナグラムじゃない?」
「アナグラム?」
「ほら、文字を並べ替えると違う意味ができるやつ。「ノリツッコミ」が「残り三つ」になっちゃうとか」
「なるほど、そうか」
くのいちはノリツッコミをあと3回成功させるとレベルアップするらしいが、今はそんな状況では無い。
「おあつらえむきにシェフがホワイトボードまで用意してくれているわ」
強とくのいちはホワイトボードに近づく。くのいちはマーカーを片手に、シェフが書いた『ごひいきに、と』と言う文字を睨む。強はもう一本のマーカーで『くのいちえ』と書いている。
「……あっ、文字に奴の名前が隠れている! えっと『ごひきにいと』かなぁ? それとも『ニート五匹』?」
「なんかしっくりこないな」
「『、』もうまく使われてないわね」
考え込む強とくのいち。




