第106話 新婚初夜の花嫁の所作
ヒッキーによりプログラムされたダイブの世界のクエストの全貌が明らかになってゆく。
「それで?」
「ミルク、教えてくれ。俺はお前にとって誠実な人間なのか?」
ミルクは言葉に窮する。強を踏みつける力が弱まる。
「俺は別に命乞いをしているんじゃない。ただ、このままお前が俺を倒し、次にくのいちに拷問を加えて倒したら、そろそろマジックポイントが底をつくんじゃないのか?」
強が機械メイドの方に目をやると、彼女は大きくうなづいている。
(大浴場での機械メイドとの会話を思い出す強)
それを見て強が続ける。
「ルームサービスでお菓子や飲み物やDVDを沢山注文しただろう。支払いはマジックポイントだったはずだ。ただでさえお前は既に浄化モードで多量のマジックポイントを消費している。俺とくのいちが消滅した後でお前の魔力が尽きる。そうなればヒッキーの思う壺だ。無抵抗のお前とヒッキーで残りの五十時間以上を結婚式と新婚初夜にでも費やすがいいさ。これが奴のゲームプランだ」
強の言葉にミルクはハッと目を覚まされた様な表情になる。
「一つ聞きたいんだけれど」
「日本では新婚初夜は花嫁が三つ指をついて『お願いします』って言うんだぜ」
「そうじゃない。何故あなたはヒッキーとのバトルを途中でやめたの?」
「琢磨の体が既にヒッキーと入れ替わっているんじゃないかと気付いたのさ。俺がヒッキーに足払いを仕掛けた時の奴の避け方を見て確信した。琢磨は今日既に二回、足払いをかわしていた。一回目はくのいちがナギナタで琢磨の足を斬りつけた時だ。お前の道具屋の中で琢磨はいとも簡単に飛び回ってかわしていた。二回目は俺のつばめ返しの時。そして今さっきの俺の足払いだ。三回とも同じ人間の動きだった」
強の説明は『流石ケンカ十段』とも言えそうだが、ミルクはそれを聞いている内に何故かイライラしてくる。
「男って女と言い争いになる時、理屈で説得しようとするよね。だけどさあ、琢磨さんがあんな姿にされてこのステージから消えちゃったんだよ! あの女のせいで! 誰か私の味方になってくれたっていいじゃないの!」
「悪いな。俺にはお前に好きなだけ殴らせてやる事ぐらいしかできない」
「『自分は誠実な人間だから私に倒される事は無い』とでも思っているんだろう! あいにく私は神様じゃない。魔女なんだよ!」
ミルクは強に馬乗りになって顔面にパンチを繰り返す。
「この野郎、この野郎、この野郎!」
強の顔面に『ドカッ、ドカッ』と拳を入れ続けるミルク。
「何故私の味方をしない! お前なんか嫌いだ、嫌いだ、大嫌い!」
ミルクの容赦無い攻撃が続く。
しかし拳の力は次第に弱くなってくる。やがて彼女は頭を抱えうめき声を発する。
「グワァ、痛い、痛い。頭が割れる!」
彼女は強から離れ床に顔面を伏せる。
「ハァ、ハァ、ハァ……」
ミルクは深呼吸を繰り返す。そして何度も嘔吐する。強はふらつきながらもミルクに寄り添い背中をさする。
彼女の赤い瞳からは輝きが消え、緑色の髪の逆立ちも収まる。
「どうした、ミルク」
そういえばミルクは以前にもマッタに行った時に頭痛を訴えて頭を突っ伏していた事があった、と思い出す強。
ミルクは顔を伏せたまま暫く無言。しかし深呼吸も収まってゆき、ようやく言葉を発する。
「私、キツネテブクロの薬、飲み過ぎちゃったみたい。クッキーもダイブの世界では変な副作用が出るんだね」
「キツネテブクロの薬?」
「今いっぱいゲロして、やっと正気に戻ってきた」
「強君、あなたは私のクッキーを食べたのは一ヶ月以上前だから何も悪い事が起きなかったんだね」
ミルクの体が少しずつ薄くなり始める。強はミルクを抱き抱える。
「しっかりしろミルク。俺にできることは無いのか?」
「私、強君を殴り過ぎちゃったみたい。私のライフポイントも無くなってきちゃったわ。くのちゃんを逆恨みして強君に八つ当たりしたバチが当たったんだね」
「お前は何も悪くない。バチなんて当たらないさ」
ミルクは霧の様にどんどん薄くなってゆく。
「強君……」
「何だ、ミルク」
「強君は私の内面もちゃんと見てくれているんだね。……あなた久野一恵の彼氏にしとくのは勿体無いよ……」
ミルクはそう言って消滅する。
琢磨とミルクがこのダイブの世界から脱落し、残ったのは強とくのいちの二人となる。




