第105話 悪夢の植え付け
悪魔化した横暴なくのいち。それに対する魔女化したミルクの容赦ない拷問。強に対抗する術はあるのか?
「シャーマンのあなたを赤ちゃんの産めない体にしちゃおうかしら。どのみちあなたは結婚なんかできないだろうから無意味だけど。大丈夫。太い血管をよけて子宮だけえぐり出せば、そう簡単に死んだりはしないわ。えぐり取る程の乳房はないから子宮で勘弁してあげる」
これは以前くのいちに『お前の乳房を切り取る』と脅された事への意趣返しか。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!」
顔面と下腹部から血をダラダラと流し必死に謝るくのいち。
成り行きを呆然と見つめる強。
彼は以前、アウトレットデートを賭けてくのいちと決闘をした事があった。その時彼はこんな事を考えていた。
『(女の子なんだから顔を狙うのはマズい。かと言って腹部にあまり強烈な打撃を入れるのは……ならば関節技はどうか? いや、あいつの事だから腕が折れてもギブアップしないかもしれねえ……)』
そんなこんなで彼はくのいちに寸止めのアッパーを放った。
だが今のミルクは全く逆の事を考えている。くのいちの顔の皮を剥いだだけでは飽き足らず、顔を骨格レベルで歪め、子宮をえぐり取ろうとしているのだ。
『お前の若い女としての価値など無くしてやる。お前の胸など切り取る理由すら無い』
とでも言いたげの様だ。
『人生の三分の一は眠っているんだよ。その間、ずっと悪夢が続くとしたらあなたは耐えられるかしら? ある意味リアルな人生より辛いかも』
マッタの店内でミルクが強に語ったセリフが甦る。
そうだ。ミルクは人に毎晩でも悪夢を見させる能力があるらしい。今回のダイブで彼女はリアリティ満載の悪夢をくのいちに植え付けようとしているのだ。このままではくのいちの肉体も精神も持たない。
「ミルク、よすんだ!」
強がミルクに近寄る。ミルクは赤く冷たい瞳で強をにらみつける。
「剛力強、あなたはどっちの味方なの?」
ミルクはそう言うと強の防具の襟首のあたりを掴んで思い切り下に引っ張る。
「うわっ!」
強の上半身の防具はガシャンと崩れ落ちる。
「ミルク……」
彼女の余りの迫力に圧倒されながらも、顔をキスができそうなくらいの距離にまで詰め寄り睨む強。そんな強に彼女はこう言う。
「もう一度だけ訊く。あなたはどっちの味方なの?」
ミルクは張り詰めた表情。返答次第ではどんな攻撃が飛んでくるか分からない。別人の様な彼女の赤い瞳を真っ直ぐに見つめながら強は言う。
「俺を殴れ、ミルク」
「あなたにそんな趣向があるとは知らなかったわ」
ミルクは強の顔面を思い切り殴る。苦痛に歪む表情の強。続いて五発、六発とミルクのパンチがヒットする。強は額や鼻から流血するがそのまま仁王立ち。
「今度は俺をひっぱたいてみろ」
「私に命令するんだ?」
ミルクはそう言うと強の顔面に強烈な張り手。やはり一発では収まらず五発六発と連打が続く。強の顔面が腫れ上がってくる。
「ミルク、やめて!」
頭と下腹部から流血しているくのいちが、 ミルクと強に近付く。しかし強はくのいちの胴をつかんで投げ飛ばす。くのいちは五メートルくらい飛ばされて壁際に倒れ込む。
「くのいち、済まねえ。もう暫く俺の好きにさせてくれ」
「こうしていれば久野一恵が傷つかないと思ってるんだよね。琢磨さんがあんな目にあったのにあなたはまだあの女をかばうの?」
「お前が言ってたよな。『タフな(苦しい)場面こそ、タフな奴の出番だ』と」
それは強にお姫様抱っこをさせたミルクが、塀を飛び越える様に強に言った時のセリフだ。ミルクもそれを思い出す。
「When the going gets tough, the tough get going. 覚えていたのね。でもあの時のあなたには私のクッキーがあった。今のあなたに何ができるの?」
ミルクは今度は強の胴に容赦なく蹴りの連打。強が前かがみになったところに強烈な膝蹴りを入れる。強は倒れ込む。
「このままじゃライフポイントがなくなってゲームオーバーだよ。それがお望みなの?」
「お前の気が済むまで俺を攻撃しろ。だがお前は俺には勝てない」
「剛力強、あなた何様のつもり?」
「お前は今、ただやり場のない怒りを俺にぶつけているだけだ。だけど俺は知っている。お前がとても誠実な人間だという事を」
「誠実な人間がこんな事できるの?」
ミルクは倒れている強の頭を踏みつける。顔面を床にこすりつけられながら強は言う。
「俺はお前の事は何も知らない。どこの国、どの時代から来たのかも分からない。お前がゴールドのアクセサリーを持ち歩いているのが、ゴールドがどこの国、どの時代でも通用するからなのか、お前がそれにすがりつきたいからなのか……そんな事も分からない」
(宿泊代に現金もカードも受け付けない宿の女将。しかしミルクのゴールドは通用した)
「ただお前が『曲がった事が大嫌い』だという事は知っている」
「知った風な口をきくじゃないの」
「ああ、知っているさ。だからお前は万引きを繰り返す節陶子を何とかしようとした。お前がゴブリンにとらわれてピンチなのを敢えて見捨てたくのいちを許せなかった。それを誤魔化して嘘をついている彼女に厳罰を与えた」
擦れる声で語る強に耳を傾けているミルク。
「さっき琢磨がくのいちに斬り捨てられたのだって、くのいちがもう少し注意深く行動していれば間一髪で防げたはずだった。俺とソードプリンシパルの制止を無視して自分勝手に振る舞った彼女にお前は激しい怒りを覚えた」




