第104話 久野一恵、あなたをシャーマンにしてあげるわ
くのいちの軽はずみな行動により、ダイブの世界でのライフポイントが消えた琢磨。ミルクによる拷問が再び始まる。
「痛い、痛い。僕の胸どうなっています?」
パニック状態になっている琢磨。
「あたし琢磨を斬った?」
さっきまでヒッキーだった琢磨を驚いて見つめるくのいち。
「琢磨、何がどうなってるの?」
困惑しているくのいち。
強も駆け寄る。
「やっぱりそうか」
強は霧状に淡くなり始めた琢磨を揺り動かす。
「おい琢磨、しっかりしろ!」
「琢磨さん!」
ミルクも琢磨に駆け寄る。別人の様に腫れあがった顔面、肩から胸にかけてざっくりと斬られた大きな傷。ミルクは愕然とする。
悪魔化していたミルクの表情が元に戻る。
「琢磨さん、ひどい!」
「ミルクちゃん、痛いよ……はぁ、はぁ、呼吸が……苦しい……」
小声で喘ぐ琢磨。
「私が何とかするよ! ヒッキー、クッキーを!」
とミルクが叫ぶ。ヒッキーはミルクから奪った小箱を逆さに振って見せる。残りは無い様子。
「くっ!」
ミルクはそう呟くと、ウェディングドレスの背中のファスナーを降ろして脱ぎ捨てる。ミルクの肩ひもの無いブラジャーが露わになる。一同驚いて成り行きを見守る。
ミルクは倒れている琢磨の後頭部を持ち上げ、腫れ上がった顔を自分の胸に押し付ける。更に琢磨の顔を自分の胸に強く擦り付けるが琢磨の様子は変わらない。
「だめだ……今はもうあれは使えない……」
うなだれるミルクに琢磨が手を伸ばす。
「圧迫面接の報いですかね。僕はこんな事するキャラじゃないのにどうしてだろう。結婚式、挙げたかったね、ミルクさん。賞金でホープチェストもいっぱいに埋めてあげたかったのに」
「琢磨さん!」
「クエストに勝ってミルクちゃんの故郷のイギリスに二人で……」
「おい、琢磨!」
「強君……」
「何だ琢磨!」
「あな……穴蔵……」
琢磨はそう言い残して消滅する。
「穴蔵?」
「琢磨さん!」
そう叫んで琢磨が消えた辺りの床を虚しく手でこするミルク。見方によっては琢磨がくのいちに切り付けられて消滅したかにも見える。
ミルクの赤い瞳が不気味な輝きを放つ。そして表情が見る見ると怒りの表情に変わる。クエストの賞金300万円の琢磨の取り分は消えた。イギリスへの二人での旅行、ハワイへの新婚旅行への準備……彼女はたった今結婚を約束した恋人が目の前で殺されてしまった様な錯覚を覚える。ヒッキーが一気喰いしたミルクのクッキーの力で、部屋全体が悪魔モードに支配されているのだ。
ミルクはくのいちを睨みつける。
「久野一恵! あなたは今のが琢磨さんだとわかっていて斬りつけたね。そうまでしてお金が欲しい? あなたって、あなたって女は……」
ミルクの緑色の髪の毛が逆立ち、指の爪は鋭い刃物と化す。上半身は肩ヒモ無しブラ一枚だがそれを気にする素振りも見せない。
「あなたって女は何度浄化が必要なの? 十回? 二十回? 顔の皮を剥ぐだけじゃダメなんだ……」
「ちょ、ちょっと待ちなよミルク!」
そう言いながらもくのいちは剣を構えている。赤い瞳でミルクを睨みつけている。
「被害妄想もいいところだね。正気に戻りな!」
そう言うくのいちも常軌を逸した表情で好戦的な態度を崩さない。
「剣を構えたね。私を斬ってごらんよ。琢磨さんを斬ったみたいに!」
強が止めに入ろうとした瞬間、くのいちがソードプリンシパルを振りかざしてミルクに斬りつける。
『ガシッ』という音が部屋中にひびく。ミルクはソードプリンシパルを片手で受け止める。
「えっ? そんな馬鹿な事って……」
驚きを隠せないくのいち。
ミルクはつかんだ剣をひねりあげ、くのいちから奪う。
ミルクは剣に話しかける。
「お父さん、ビットコインが三万ドルを切ったわ。損切りに行かなくちゃダメよね」
ミルクはそう言うとソードプリンシパルの柄でくのいちの頬を思い切り『ガシッ』と叩いてから彼方に投げ捨てる。
「痛い!」
剣を失い丸腰になったくのいちは頬を押さえて叫ぶ。
「本当に痛いのはこれから」
と不気味に微笑むミルク。くのいちは自分のしでかした事を改めて後悔するが時既に遅し。
ミルクは右手でくのいちの額から頭頂部、左手でくのいちの痛がる頬骨をわしづかみにする。
「久野一恵。あなたはカリスマ性があるんだからいっそシャーマンになってみない? 私の故郷では、『顔形が醜く歪んでいる女性には特殊能力がある』と古代人類に信じられていたの。あなたも一般大衆にあがめたてまつられてみたくはない?」
「グガァ……」
くのいちは苦痛に顔を歪めうめき声をあげる。ミルクは両手でくのいちの頬骨と頭頂部をそれぞれ掴み、鼻から上の部分をペットボトルのキャップをねじる様に歪めようとしているのだ。顔面からは流血。
「痛い、痛い。顔が割れる!」
「これだけじゃ甘っちょろいわよね」
ミルクは片手をくのいちから離すと、今度は鋭い爪でくのいちの下腹部をグサリと突き刺す。ミルクの指と手が十センチ程めり込む。
「ギャアーッ!!」




