第102話 悪魔モードに突入!
現実世界でもミルクのクッキーは様々な効力を発揮してきた。校長先生の髪を蘇らせ、奥さんの割井イシヨ医師を若返らせ、琢磨を切れ者の包帯使いにさせ、強に(一瞬ではあるが)人間離れしたジャンプ力を与えた。
ダイブの仮想現実では回復アイテムとして使われていたクッキーだが、それを一度に十個飲み込んだヒッキーは恐ろしい力を獲得する。
「こら、なんで黙っているの強! ここは協力して話を合わせなさい! あんたが悪者のヒッキーを倒せばみんなが納得するの! カタルシスって言葉を知らないの? 『ウォー! 俺様の女に手を出すとはいい度胸だ。どうやら命が惜しくないみたいだな。ガオガオー!』くらい言いなさいよ!」
「『ウォー、ガオガオー』って俺はモンスターか? やられフラグが立ちそうだぞ」
「くのちゃんって『カタルシス』って言葉を前から知っていたんだ〜。まるで『忍法、変わり身の術』だね〜」
ミルクはたまにこういう余計なツッコミを入れる。
強はヒッキーを見つめて冷静に問いかける。
「な、なあヒッキー。ここは俺と君が決闘してどちらかが勝ってカタルシスが得られないと、このクエストは終わらねえみたいだ。一丁、闘うか?」
ヒッキーは暫くうなだれて無言だったが次第に怒りに満ちた表情に変わる。
「僕はゲームマスターとしてこのダイブの世界をデザインした。各所にクエストを散りばめ、君達の信頼関係や連帯感を試してきた。今回のダイブでお互いについての理解も深まったのではないだろうか。勿論それなりの代償はあったと思うが」
ヒッキーの言葉は続く。
「しかし僕はどうだ? ミルクさんへの思いをこんなに真摯に打ち明けたのに圧迫面接で絶望を味あわされた。あまつさえ僕の心など無視して無理矢理求婚やら決闘やらを強要された。僕が心から愛してやまないVチューバーをオモチャの様にからかわれた。そこの鬼の様な女は僕の事を簡単に倒せるザコキャラとしか考えていないのだろう。ここまで辿り着くのに何の力もない僕がどれだけ試練を乗り越えてきたのかも知らずに」
ヒッキーの言葉にうなずきながら耳を傾ける強。
「おいくのいち、ここは一旦謝っておけ」
「なによ。ヒッキーはあたしと強を倒す為にこの仮想現実にダイブしてるんでしょ。あたしが謝る必要なんてないじゃない」
「月並みなセリフだけど僕はリア充が憎い。だけどもっと許せないのはリア充でない人をさげすむタイプのリア充だ。君達と対等に渡り合う為に僕にほんの少しばかりハンデをめぐんではくれないか」
ヒッキーはそう言うと懐からミルクが持っているはずの木製の小箱を取り出す。箱にはチューリップの花を縦に伸ばした様な柄がデザインされている。
「ミルクちゃん、申し訳無かったが君の大事なクッキーの箱、君の着替え中に拝借した」
「えっ?」
ミルクは慌てて自分の懐を探るが当然小箱は無い。
ヒッキーは小箱を開けて中のクッキーを十個取り出し頭上に高くかざす。
「このクッキーが僕に力を与えてくれる事は気づいていたんだ」
ヒッキーはそう言うと十枚のクッキーを高く投げ上げる。
「あーん、はっ!」
彼はそう言うとそれを手を使わずに口で全てを受け止め一気に飲み込む。
「ふふふ。来週もガーディアンデビルズ、観るがよいのだ!」
ここがもしギャグ展開ならば、一気喰いしたクッキーが喉につかえるところだが、そうはならない。どうやらマジな様だ。
「ふふ、はははは。予想通りだ。現実世界でもあれほどの力を与えてくれる代物だ。ダイブの世界での効果は計り知れない。おふざけタイムは終わりだ! ここからは本気で君達を倒しにいく!」
ヒッキーは両腕を広げて天井を睨む。
「ミルクさんと僕の未来の為にあらゆる力を!」
彼がそう叫ぶと『ヴォン』という音にならないような音が部屋に低く響き渡る。
教会の内部には紫色の煙が立ち込め、周囲がぼやけてゆく。
ヒッキーとくのいちの瞳がミルクと同じ様に赤く変わる。目尻と口角が吊り上がった顔立ちになる。
「マスター、魔女のクッキーの力を使ってこの部屋を悪魔モードに変えちまったんだね」
と呟くシスター。
「おい、何があった?」
強は驚いて目が赤く変わったヒッキーとくのいちを見る。
「あたしも本気でこいつを倒しちゃっていいんだよね……」
と不気味に呟くくのいち。ヒッキーを睨みつけている。
「確かに腕力は必要だ。だけど最低限の脳味噌がないと僕は倒せない!」
そう言い放ちくのいちを睨み返すヒッキー。
ミルクの赤い目は一層輝きを増し、表情も険しくなっている。
「下級の分際で……」
テーブルを挟んで琢磨と向かい合って座っているミルクはそう小声で呟いてくのいちを蔑む様な冷たい視線で見つめている。
「琢磨は大丈夫なのか?」
琢磨は無表情で目を閉じたまま座っている。瞑想でもしているかの様である。
部屋にいるメンバー全員の雰囲気が変わってしまった様子で、何やら険悪な空気が漂う。赤い目を得たくのいち、ヒッキー、そしてミルクがお互いを敵同士として戦闘に突入しそうな雰囲気となっている。
「俺はどうなんだ?」
と強が思った瞬間、
「剛力殿、失礼を仕る」
というつぶやきと伴に、赤い瞳で険しい表情のヒッキーがいきなり強に殴りかかってくる。
ヒッキーの右の拳は強の頬をかすめる。




