珍しい展開
俺とアスターくんの感謝と友情(?)の握手を邪魔する不届きな声が響き渡る。
見るとエリア3の方から一人の女性が駆け寄って来る。
オレンジ色の髪と瞳のショートカットの女性だ。俺よりも少し、年下、そしてアスターくんと同年代に見える。身長も高く、出るところはしっかり出て・・・おっと失礼。少し幼い印象を受けるが立派な美女だ。種族は・・・人間?いや、よく見ると頭の両側に変わった角みたいなのが見えるが・・・何の種族だ?そしてもう一つ、気になるのが・・・何故か彼女は道着姿だった。空手とか柔道とかで着るあの道着。しかも黒帯だった。・・・格闘美女?
「アシュラ!今までどこに行ってたんだよ!!」
アスターくんが駆け寄ってきた女性に声をかける。察するまでも無く彼女がアスターくんとパーティを組んでいた・・・彼をほったらかしてどっか行ってたプレイヤーなんだろう。
「あ!・・・ゴメンゴメン、夢中になってたらジャングルの奥まで行っちゃっててさー。戻ってくるのに時間かかっちった。」
テヘペロ、と言わんばかりに舌を出して誤魔化そうとする女性。見た目に反して軽いな。立派な黒帯締めてるんだからもっと厳かに・・・ゲームの中で黒帯がどれほどの意味を持つのかは不明だが。
そしてかるーく流そうとしてるけど、俺が居なかったら彼もミコトちゃんも死に戻ってたよ?君、全然間に合ってないからね?
「って!そんな事より、そこの人!・・・アスターから離れて!!」
なぜか俺とアスターくんとの間に入り、ビシッと俺を指差す女性。
「ちょ、ちょっと!アシュラ!?一体何を・・・」
「ボクの目が黒いうちはアスターの引き抜きなんてさせないんだからね!!」
いや、君の目って黒じゃなくてオレンジじゃん。
ってツッコミはともかく、引き抜き?もしかしてアスターくんを強引にクランに引き込もうとしてると思われてるのか?
「いや、だからアシュラ!!」
「大丈夫!アスターはボクが守るからね!!」
アスターくんの言葉にまったく耳を貸さず、一人やる気になっている女性・・・アシュラちゃんだっけ?
確かに夢中になると周りが見えなくなるタイプのようだ。まあ、アスターくんを守ろうっていう気概だけは伝わってくるが・・・空回りしてるよね。普段のアスターくんの苦労が手に取るように分かる。アスターくん、なんか疲れた顔をしてるし。
アスターくんは目線だけこちらを向けると、相方が迷惑をかけてすいません、と言わんばかりに頭を下げる。俺のほうも、気にすんな、という意味を込めて首を振る。
さて、アシュラちゃんはまっすぐに物怖じせず、俺を睨みつけてくる。そのまっすぐな瞳は嫌いじゃないが・・・人に迷惑をかけるのは良くない。彼女を心配しているアスターくん相手にならなおさらだ。だったら・・・
「・・・よし!ならアスターくんを賭けてPvPで決闘だ!!」
「望む所だー!!」
「えええええええ!!」
アスターくんが目が飛び出そうなほど驚いている。そりゃそうだろうな。本人の意思を無視して本人を賭けて戦おうっていうんだからな。そしてアシュラちゃん、君、受けちゃ駄目だろう。そんなことできるか!それなら仕方ない今日は退散しよう的な展開に持っていきたかったのに。よほど腕に自信があるんだろうが・・・
「ボクが勝ったらもうアスターに近づかないでよ!」
・・・駄目だなこりゃあ。
「じゃあ、俺が勝ったら俺とアスターくんの話をちゃんと聞けよ?」
「もちろんだよ!!」
うーん、完全にあれだな。頭に血が上っているというか、視野が狭くなっているというか、言ってる言葉は聞こえてるが言ってる意味が理解できてないというか・・・明らかにおかしい賭けの内容に疑問を持てよ。
「・・・勝てないと思うんだけどなぁ。」ボソッ
「え?何か言った?アスター?」
「・・・」
アスターくんは呆れて目をつぶって離れていった。ついでにアスターくんがボソッと言った言葉、離れた場所にいる俺にも聞こえたのに、彼女には届かなかったようだ。
うーん。なんか彼女、そのうちとんでもない大失敗しそうだな。ここはいっちょう、年上(多分)として教えてあげるとしよう。・・・今この状況がすでに失敗なのだと。
「クルー。」
「あーうー?」
心配そうに近寄ってくるアーテルと、何してるの?と言わんばかりに首をかしげているミコトちゃん。・・・うん、この子は全然状況がわかってないな。
「こっちは大丈夫だ。ミコトちゃんと一緒に離れてみてろ、アーテル。」
「クル!!」
アーテルは離れてみているアスターくんの隣まで歩いて行った。あ、アスターくんがミコトちゃんを抱っこしてる。・・・なんか和むな。
「ミコトにまで手を出すなんて!!」
「君、いい加減にしないとマジでぶっ飛ばすぞ。」
どうもとんでもない誤解をしているアシュラちゃん。俺がいつミコトちゃんに手を出したというんだ。まだ自己紹介しかしてねぇよ。・・・うん、この子はちょっと痛い目を見た方が良いね。
アシュラちゃんからPvP申請が入ったので受諾する。そういえばPvPをしたこと、ほとんどないな。確か、アテナたちをナンパしていたアホと、妙なノリで襲ってきたベルバアルくらいか。あとはNPCばかりだったな。
珍しい展開だがトーナメントに向けてはむしろ好都合かもしれない。・・・もっとPvPの機会を増やした方が良いかもな。
「やいアンタ!刀一本だけで相手をする気!?」
「アルクだ。」
って言われて気付いたが、今装備してるのはいつもの戦闘服を除いて【霊刀ムラクモ】と【エナジーフェザーマント】だけか。マントは防御には使えても攻撃には使えないから、武器は刀だけ。いつもなら【豪剣アディオン】と【攻鎧アルドギア】を装備するんだが・・・
「それで十分だろ?アシュラちゃんの方こそ武器を使わないのか?」
「アシュラちゃんって言うな!ボクの武器はこの拳だい!!」
そう言って襲い掛かってくるアシュラちゃん。なかなか速いな。そして綺麗な型にはまった突きや蹴りを繰り出してくる。当然当たったら痛そうなので避ける。
余談だがPvPのルールは1対1で、乱入不可、眷属は召喚できる。制限時間は30分という設定だ。他はともかく乱入不可という設定はプレイヤーやNPCの乱入を防ぐものだ。この設定をしておけば【邪霊】が近づいてくることもない。・・・外で見てるアスターくんたちは普通に襲われるはずだから見学でも気を付けてほしい。
なんて余計なことを考えつつ避ける避ける。
「クッ!当たらない!?」
「スキルも使わず倒そうなんて甘いんじゃないか?」
そう軽く返すものの実際にはあまり余裕はない。なんせただのパンチやキックでも風圧がね、凄いんですよ。猛スピードで車が横切ったみたいな風圧がバンバン来るわけですよ。直撃したら悲惨なことになるだろう事は簡単に予想できる。
そして彼女はスキルを使っていない。少なくともそんな様子は微塵も見受けられない。つまり、この攻撃は彼女の素のステータスによるものだということだ。そしてもう一つ、綺麗な攻撃の型・・・
「リアル武道経験者か。」
誰に言うわけでもないが、そんな言葉が自然と出ていた。リアルとほとんど変わらない五感を再現しているこのゲームではリアルでの動きがそのまま反映される。単純なパワーやスピードはゲームのステータス依存だが、スキルによらない動きはリアルでの本人の動きそのものになる。
【体術】や【格闘】なんかのスキルも存在するが、それにはリアルでの武道未経験者向けの補助動作が含まれている。だからこそ素人でもそれなりに戦えるのだが・・・スタート地点が高い方が、つまりリアルで武道経験者のほうがある程度有利になることは仕方がないと思う。ずるい?だったらリアルでも運動しなさい。
「確かにアシュラは武道経験者です。いつもやり過ぎるので注意してください。」
「ちょっとアスター!なにばらしてんのさ!!」
俺の声が聞こえたのか外野のアスターくんが答えてくれる。・・・アシュラちゃんが言うばらしたっていうのは武道経験者だってことか?いつもやり過ぎるってことか?どっちだろう。
「チェイヤー!!」
「おっと!そんな直線的な攻撃なんて当たんないぞ。・・・それにしてもこの角、なんの角だ?」
「ひやぁ!!」
アシュラちゃんのハイキックを華麗によけ、彼女の背後に回ると頭の両側に生えている角に触る。10センチほど大きさだがゴツゴツしている立派な角だ。
「それはドラゴンの角です!彼女は【竜人】という種族なんですよー!」
・・・へぇー、そうなんだ。
教えてくれてありがとうアスターくん。
でもできれば知りたくない情報だったかなー。
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