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【WEB版】最強の底辺魔術士 ~工作スキルでリスタート~  作者: 萩鵜アキ
二部一章 それぞれの思い

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決着 痛みを知るから

 長巻を振るうフォルセルスは、内心焦っていた。


 相手が強いからではない。

 とにかく、見たこともないスキルをガンガン使い、ヌルヌル動いたと思えば直角に曲がったりする。

 お前は一体どんな体の構造しているのだ? と聞きたくなるほど、その動きは人体の理屈からはかけ離れていた。


 これが人間。

 これで、人間だ。


 まったく信じられない。

 実はスライムだと言われたほうが納得する。

 何千年と人間を見てきたフォルセルスの理解を、アルトは飛び越えてしまった。


 故にフォルセルスは恐怖した。

 己の想像の及ばぬ極地を見せられると、かようなまでに恐怖するものなのか……。


 フォルセルスの長巻は、どこをどう当てても刃が立つ神剣。

 それは普段戦闘など行わない、フォルセルスにとって大切な機能である。


 熟練はカンストしているが、それはあくまで神の力で底上げしているに過ぎない。

 もしこの長巻でなければ、おそらくどのような武器を使っても切断は出来ず、鈍器にしなからないだろう。


 これが、戦闘経験の差……。

 器に溜まったエネルギーではない、ステータスの値でもない、熟練度でもない。

 純粋な戦闘の経験値。

 その違いが、圧倒的なステータス差を縮めているというのか?


 フォルセルスは全身から汗を流しながら、必死にアルトの変態的な動作に付いて行く。だが戦闘経験のない彼では、フェイントまで対応しようとして、力んで攻撃し、それが隙となって魔弾を当てられる。


 もしフォルセルスが対策なしにアルトと戦っていれば、すでに命はなかっただろう。

 現在も存命している理由は彼の魔法。


【聖上なる極壁(シユプリーム・ヴァンズ)


 これがあることで、アルトの攻撃では一切ダメージを受けない。

 反面、この魔法があることでフォルセルスは己の隙に対してあまりに無自覚だった。


「っく……。ちょこまかと!!」


 全身からマナを練り上げ、全面に放出。

 フォルセルスの恐るべき魔力で練り上げ、MPを注ぎ込んだ【マナバースト】がアルト目がけて放たれる。


 だが、また彼は床に落ちて【マナバースト】をやり過ごしてしまった。

 ……こうなれば、この建物すべてを吹き飛ばすか?


 本来ならば、英雄を殺すのに被害は最小限に留めて起きたいところである。

 だがアルトの存在は、もはや無視が出来ない。


 このままで手を焼いていては、英雄の卵がその殻を脱ぎ捨てギフト【英雄】を開放してしまうかもしれない。


 そうなれば、今以上の損失を覚悟しなければいけなくなる。

 それは、非常に不味い。

 少々荒っぽくなるが、この戦闘はすぐに終わらせるべきである。


 攻撃を繰り出し続けながら、フォルセルスは体で大量のマナを練り上げる。

 幸い、天井は抜けている。

 これでなにも邪魔をするものはない。


「……さらばだアルト。エアルガルドの他者よ。【神の塵雷(ディオ・トゥオーノ)】!!」


 体から立ち上った大量のマナが空で顕現した。


 刹那。

 巨大な雷がアルトに飛来。

 空気を破る音が劈き、あらゆるものを青く染め上げる。

 直撃した大理石が1メートルほど持ち上がり、空中で溶けて消滅する。


 輝き荒れ狂う雷を眺めるフォルセルスの頭にふと、小さな疑問が浮かんだ。

 放った魔術は最大火力。あらゆる者の抵抗を打ち破り、浄化する神の雷だ。

 たとえ堅牢な城だろうと1発で落とせるだろう。

 にもかかわらず、位堂が崩壊しないばかりか床すら抜けなかった。


 一体何故……。


 フォルセルスが黙考するあいだに、魔術が終息へと向かう。

 その強大な魔術の光の中から、手を空に突き上げた体勢で固まるアルトが現われた。


 途端にフォルセルスの思考が停止する。

 あれほどの巨大な雷の一撃を受けて、何故彼は生存しているのか?

 ただ生きているだけではない。

 彼の体には傷ひとつついていないのだ!


「な――!」


 いまの攻撃で形成を逆転できると踏んでいたフォルセルスは、傷ひとつないアルトに愕然とした。

 一体何故、彼は無傷なんだ!?




 空から雷の兆候を察知したとき、アルトは自分の周囲30センチ外側に柔らかいマナの壁を生み出した。


 そのマナが――雷撃を受け入れ、一体化し、受け流した。


「出来そうだと思ったからやったけど……はは、本当に出来ちゃった……」


 それは知識に裏付けされた技術ではない、数十年にも及ぶ人生(たたかい)で得た経験による反射だった。


「なぜ……」


 いまの攻撃がフォルセルスの最高の一撃だったのだろうか?


 いや、まだだ。

 まだ彼は、〝魔法〟を用いていない。


「っく……!! 予の力よ顕現せよ! 【浄化の聖光】!!」


 空から光が差し込み、アルトを囲い込む。

 これは以前にシズカを消し去ろうとした光だ。

 危険なので【落とし穴】に隠れてしまおう。


 そう思った矢先。

 光は驚くべき速度でアルトを包み込んだ。


「わっ!?」


 思いも寄らぬ動きに、アルトの体が硬直した。


「っくっくっく。驚いたか? シズカに放ったときとは違い、予がこの場で手ずから操作しているのだ! 逃げる暇など与えぬわ!」

「なん、だと!? っく……光に当てられたからか、体がぽかぽか温かくなって――」

「そんな効果なわけがあるか!! 光に触れれば即座に浄化されるわ!!」

「え? そうなんですか?」

「何故効かん!? まさか【概念耐性】と【聖耐性】までも身につけたわけでは――」

「なるほど、だから魔法は効かない――え? 【聖耐性】も関係あったんですか? あれ、いまいちなんの耐性を上げるものか判らなかったんですよね」


【概念耐性】は命令する魔法に対する抵抗力だけではなかったようだ。

 おまけにここまで一切働かなかった【聖耐性(ニート)】が、初めて仕事をした!


「…………」


 一人喜ぶアルトを、フォルセルスが光の失せた目で力なく眺めている。

 その視線が……痛い。


 しかしこうなると、完全に膠着状態である。

 アルトに残された時間は不明。おそらくレベルの降下速度から、一日は持たないだろう。

 その全時間を用いてフォルセルスと戦い続けるのも吝かではないが、アルトが消えればフォルセルスは間違いなくハンナを殺す。

 それではハンナを救えない。


 そうなる前に、アルトはフォルセルスを打倒しなければいけないのだが……。

 彼を屠るだけの手が、果たしてアルトに存在するだろうか?


 空から降りてくる光に照らされ続けるアルトの目の端が、僅かにキラリと光るものを捕らえた。


 ……試してみる価値はある。


 ずっと考えていた。

 もしかしたら、と。


 罠も魔術も通じるが、ダメージは入らない。

 物理は壁に阻まれて当てることすらできない。


 ほぼ絶対の防御を誇るためか、フォルセルスはアルトの攻撃にほとんど反応しない。だが一度だけ、フォルセルスが過剰に反応した攻撃があった。

 であれば、もしかしたら……。


 アルトは素早く移動し、部屋の隅に転がっていたそれを手に取った。


 それは善魔の爆発を受けても、唯一形が残っていた、オリハルコンで出来た武器。

 カーネル家の家宝として奉られ、初代ハンナ・カーネルが用いたとされる短剣。

 いつかハンナを助けたら、直接返そうと思っていた神代宝具だ。


 それがいま、アルトの手に握られた。

 短剣はアルトの力に呼応して、僅かに熱を帯びる。

 以前であれば、アルトを拒絶し冷気を伝えたのに……。

 ハンナを救うことに力を貸してくれるということか?


 ならば、借りよう。

 すべてを守る、制約を帯びた短剣の力を!


 アルトは短剣を右手で構え、左手で魔銃バレッタを握りしめる。

 アルトの殺意に気付き、フォルセルスは長巻を構える。


 本番は一度きり。

 次の攻撃で、すべてをぶつける。


「…………」

「…………」


 空気が割れそうになるほどの、緊迫感が支配する中。

 アルトは軽く息を吸って、止める。


 次の瞬間、アルトは最速の技を用いてフォルセルスに近づいた。


「させるか!!」


 長巻で一閃。

 フォルセルスの攻撃を、

 アルトは沈み込んで【回避】。


 同時に銃口を向ける。


「甘い!」


 発射する前に、長巻が接触。

 魔銃の半分を綺麗に切断した。


 だがそれは予想通り。


 アルトは、深く、深く意識を沈ませる。


 頭が割れる。

 情報処理で加熱する。


 崩れそうになるアルトの背中を、カンストした熟練度が力強く支える。


 無理を押して、魔銃を放り投げる。

 同時に【熱魔術】を放った。


 瞬間。

 明滅。


 爆音と共に、魔銃にセットされた魔石が暴発した。

 凶悪な熱が皮膚を焼く。

 衝撃が体を後ろに押し流す。

 人を消し飛ばしてあまりある衝撃のなか、アルトはさらに一歩踏み出した。


 爆発に巻き込まれてなお、フォルセルスは無事。

 だが爆発により視界を僅かに奪われたせいで、アルトの発見が僅かばかり遅れた。


 その刹那に、

 アルトは短剣を振り抜いた。

 短剣の到達より早く、フォルセルスが動いた。

 彼の脅威のステータスが、隙を埋めて飛び越える。


 このままでは間に合わない。

 ならば――。

 アルトは脳のスイッチを強く押し込む。


 瞬間。

 なにもない空間からフォルセルスの顔目がけて、4属性の魔術が吹き出した。


「――なっ!」


【刻印魔術】

 位堂に入ってから初めて用いた【罠】の発動に、さしものフォルセルスも動きが若干鈍った。


 それでも一瞬。

 彼の体は遅れを取り戻すように、先ほどよりも驚異的な速度で長巻を動かす。


 しかし、


 ――ピシッ!


「――ッ!?」


 フォルセルスの神の力で限界を超えた腕が、

 驚異的な速度に付いていけず、関節が真逆に折れた。


「抜けろぉぉぉぉ!!」


 アルトはフォルセルスの脇をすり抜け、残心。

 刀身の先から徐々に炎が消え、完全に消失すると同時に鞘へと収める。


 パチン、という音と同時に、背後のフォルセルスが床に崩れ落ちた。




 何故。


 袈裟斬りにされ、体から血液が溢れ出す。

 先ほどからフォルセルスは必死に己を【治癒魔術】で回復させる。


 しかし【治癒魔術】が完成しない。

 体中を支配した激痛が、術の完成を赦さない。

 フォルセルスの【苦痛耐性】はカンストしている。なのに、何故こんなに痛いんだ!

 あまりの痛みに、集中力が散ってしまう。


 ステータスも熟練も、確実にアルトを凌駕していた。

 与えたダメージ量はフォルセルスが圧倒的。

 にもかかわらずたった1撃受けただけで、フォルセルスは身動きが取れなくなってしまった。


「何故……。予の、防御魔法は……完璧で、あった、はず……」


 ごぼっと口から大量の血液があふれ出した。

 激痛により低下した集中力が、さらに薄まっていく。


 アルトの攻撃を受けようとしたあのとき、アシュトレイトの体がフォルセルスの力に耐えきれず壊れてしまった。

 大きなステータスで補助されていたにも拘わらずだ!


 あのようなことが起こらなければ、アルトの攻撃を確実に止められていた。

 いまこうして、床に伏せることもなかった。

 あの一瞬こそが、敗北の原因だった。


 何故そのようなことが起こったのか……。

 神であるフォルセルスにさえ、理解出来ない現象であった。


「何故、予の体は壊れた?」

「もしかしてあなたは、受肉するのが初めてだったりします?」


 それがなんだ?

 なんの関係がある?


 訳がわからず、フォルセルスは首を傾げる。


「いくらステータスで体が強靱になったって、制御しないと人の体は潰れてしまうんですよ。それは一般人でも同じです。力の入れ方を間違えると捻挫するし、筋を痛める。それが判っていなかったっていうことと、もう一つ」


 アルトはフォルセルスを眺めながら苦笑した。


「降臨した体が、悪すぎましたね」


 フォルセルスが乗り移った体は、教皇アシュトレイトのもの。いくら神の力が宿ったからといって、肉体年齢が若返るわけではない。


 すべてが神の力で異化強化されても、体の年齢までは変えられない。

 レベルも熟練も、年齢の前では無力なのだ。


 教皇の年齢は今年で85だが、ずっと神殿から出られない、軟禁のような生活を送っていた以上、筋肉は弱く、骨だって脆弱だったに違いない。


 動かないものを、己の持てる力で無理矢理動かしたからこそ、彼はアシュトレイトの腕を自壊させてしまったのだ。


「ボクとの違いはステータスだけじゃありません。人間の体の弱さを体験したことがあるかどうか。それが、今回の結果に繋がったんです」


 血を流せば目眩がするし、ちょっと棘が刺さったくらいで一日中そこが気になって仕方がない。

 足を挫けば歩けなくなるし、筋を痛めたら一生使えなくなるかもしれない。


 お腹を壊せばトイレから動けなくなるし、熱が上がれば倒れてしまう。

 堅いものを食べれば口の中がズタズタになるし、口内炎が出来たら満足に食事を楽しめなくなる。虫歯になったら最悪、精神までもが病んでしまう。


 人ならば、誰しも知っている。

 けれど神は、痛みを知らない。


 この違いは、生身の戦いでは勝敗を左右するほどに大きい。


「……これほどとは。人は、あまりに、脆弱すぎる」


 フォルセルスが絞り出すような声を発して、顔をくしゃくしゃにした。


「もし次があれば、今度は若い肉体に宿ることをお勧めします」


 もちろんその“次”は訪れない。

 そうあってもらいたいものだ。


「っふ。あいわかった。そのときを、楽しみに、して、おこう……」


 フォルセルスが笑みを浮かべた。

 いや、冗談だよ?

 二度と戦わないからね!?


 慌てたアルトを置き去りにし、フォルセルスは息を引き取った。

 最後の最後に彼は、なんと大きな爆弾を仕掛けたことか。


「…………」


 しかし、次の心配をしても仕方がない。

 なぜならアルトにはもう、明日さえないのだから。


「……よし!」


 アルトは頬を強く叩き、

 そして、


「…………ハンナ」


 ハンナが眠るベッドに近づいた。


 そこは一種の聖域だった。

 おそらく“穴蔵同盟”が守っていたのだろう。神の加護の強大な力が感じられる。

 5階の床から上を見事に消し去るほどの大立ち回りをしたって、この場所だけは何事も無かったように綺麗だった。


「助けに来たよ、ハンナ……」


 一度目の人生を無駄にし、

 二度目の命を賭けて求め続けた、

 魂よりも大切な温もりを、


 この日。この時。

 アルトはようやく手に入れた。


 Lv155→Lv94

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