魂くらい、消えたっていい
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足が動かなくとも、手が1本しかなくとも、諦めずに攻撃を躱し続ける。
こうなることをアルトはもう8年前に想定し、実際に訓練を行っていた。
想定した相手はガミジンであったが。
実際、龍牙の短剣を奪い合ったレバンティとの鬼ごっこで、アルトは相手の攻撃を目を瞑りながら避ける練習をした。
おまけにイノハでも日那でも、アルトは常に最低最悪の状況を想定した訓練を積んできている。
手足がもがれても生きている限り、最後まで足掻き続けるために。
この世界の神は、万能ではない。
かつて神代戦争でも、神同士は戦わなかった。
この世界で、神が一度も戦ったことがないのであれば、神は戦闘経験がないかもしれないのではないか?
そうアルトが予想した通り、あらゆる戦闘を経験したアルトにはフォルセルスがどこを攻撃するかが面白いほど読み取れた。
アルトは決して対策なしに、相手に立ち向かわない。
部屋に入ってすぐに、アルトは部屋中にあらゆる【罠】をセットしていた。
その罠の一つ、【ハック】を発動しながら次々と攻撃を避けた。
面の攻撃も、【グレイブ】を設置した場所に移動して、その中でやり過ごした。
ユステルでガミジンの宝具を防いだ手法と同じ。
すべての経験に無駄などない。
かつてネイシスが口にした言葉だ。
まさに、その通り。
無駄なんてない。
アルトの経験のすべてがこの時、この瞬間に繋がっていた。
だが、残念だ。
アルトの体はもう動かない。
固まっているだけで精一杯。
【ハック】に押される度に、HPがガリガリ削れていくのが手に取るように判った。
やっとフォルセルスの動きが見えてきた。
弱点とまでは行かないが、試したいことがいくつも頭に浮かぶ。
だが、もう動かない。
体から急速に熱が失せる。
気合いで作動させていた【罠】も動かなくなった。
魔術回路はズタズタで、マナが練り上げられない。
フォルセルスの抜き手が迫る。
それを、アルトは黙って見ているしかなかった。
……いや、アルトはもう、なにも見えていない。
ただ戦闘態勢を維持したまま、彼は、意識を失っていた。
「やっぱり逃げなかったんだね……」
突如意識の暗闇の中に現われた靄がうにょにょと動いた。
「本当なら、神の力を目にしたときにでも逃げられたはずだ。そうする権利が君にはあった。君は我々に、勝手に利用されたにすぎないんだから。神から逃げたって、誰も非難する者はいない。我々だって君を非難しない。きっとハンナだってそうだ。でも、君は逃げなかった。どうして逃げなかった? ……なんて愚問かな」
「そうですね」
ハンナを助けたかった。
言葉にすれば、なんて軽い台詞だろう。
なんて少ない言葉なのだろう。
けれどアルトは、その言葉がいかに軽く響こうとも気にはしない。
それが自分にとって、世界の中心であり続けることだけが重要なのだから。
「じゃあ、約束通り君の余命は我々がもらい受ける。このあと、魂は必ず砕けるだろう。その欠片一つにいたるまで、一切が君のものではなくなる。それで、本当にいいんだね?」
「はい」
当然のようにアルトは頷いた。
魂がどうなろうとも、端からアルトは気にしてはいない。
だってハンナを助けると決めたときから、常に彼はそう在ったのだから。
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「……な!?」
胸に手刀を差し込むフォルセルスは目を見開いた。
アルトの目がぎょろっとフォルセルスを睨んだ。
心臓を潰したのに……何故生きている!!
背筋に冷たいものが抜けた。
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働きを止めた瞳が、次第に動きを取り戻す。
モノクロの風景を捕らえ、人物を捕らえ、そして一気に色が付く。
フォルセルスが、恐ろしい表情を浮かべている。
まるでアルトのことを万年単位で怨んできた敵であるかのように。
(怨まれるようなことをした覚えはないんだけど……)
アルトは頭を掻きながら立ち上がる。
体にはもう、痛みはない。
軽傷はまだ治る気配がないが、致命的な怪我から優先的に回復していっている。
特に心臓は、早くも鼓動を刻み始めた。
「まるで……リオンになった気分だ」
感心すると同時に、リオンが如何に規格外かを思い知らされる。
なんでリオンはこんなにチートなのに、あんなに情けないのだろう?
いつもピーピー泣いてジョバジョバ鼻水を垂らして、足をガクンガクン震わせて。
でも、だからこそ、誰も恨めない。
気がつくと、懐に入り込まれてしまっている。
強大な力におごりが無かったからこそ彼は、神に愛されたのだ。
エルメティアが注いだ自然数。
28の愛。
己の肋骨を埋めこむほどの異常で偏狭な愛情が、アルトの胸で雑草を焼くように静かに、ゆっくりと広がっていく。
『べべべ、別にアンタを愛してるわけじゃないんだからね!』
心臓がバクンと一度大きく跳ねた。
小刻みに鼓動が早くなる。
その変化にアルトは思わず苦笑した。
まるで他人が体の中に入り込んだみたいだ。
いや、実際アルトの比喩は正鵠を射ている。
教皇の命を犠牲にしてフォルセルスが降臨したように、アルトの体にはいま、〝穴蔵同盟〟の分け御霊が入り込んでいた。
『おぉ……ここが変態の体か』
『儂、初めて人に入ったぞ!』
『ちょ、ちょっと押さないでよ!』
『仕方ないじゃろ! 狭いんじゃから』
『んっしょ……』
『こらメヒト! アンタ勝手に自分の場所を確保しないでよ!』
『エル、うるせぇ』
『アグニはどうしてど真ん中であぐらかいてんのよ!? 邪魔よ邪魔!!』
『耳にキンキン響くから叫ぶでない!』
『ならアルは精錬辞めてよ! トンカチがカンカンうるさいじゃない!』
『まあまあみんな。器が小さいんだから譲り合って――』
仲裁に入ったネイシスの言葉にアルトの心がバキリという音を立てた。
(何も悪いことをしてないのに、器が小さいとか、酷い……)
胸の中で、まるで宴会を始めたような神々の声に、アルトは肩を落とす。
なんでこの神達が穴蔵に閉じ込められたのかが、少しだけ判った気がする。
『ちょっとメヒト。そこどきなさいよ!』
『ヤダ』
『いいわ、こうなったら実力行使――ボゲラブゲパッ!! ……ぐぬぬ、やったわねぇ!?』
『っふ』
「………………。さて!」
なんだか殴り合いのような幻聴が聞こえる気がするが、アルトは無視をして気持ちを切り替える。
「お前も、降臨を? いやしかしその身では……」
アルトの中に神の分け御霊が入り込んだのが判ったのだろう。
彼は眉根を寄せて口を曲げる。
「なんと愚かな……。魂を消し去るつもりか!」
「アシュトレイトさんの体に降臨している神様が驚くようなことじゃないのでは?」
「アシュトレイトは教皇だ。魂の保護くらいしている。だがお前はただの平民。その体に神が降りれば、魂ごと消えるぞ」
「なるほど。――で?」
アルトの顔から表情が消えた。
「魂が消えたからなんですか?」
自然と集中力の高まっていく。
――戦いのための、助走。
「魂くらい、消えてもいい。たったそれだけで、親友を救えるのなら……」
初めからアルトはそのつもりだった。
魂など要らない。
ハンナを救うことこそが、今世のアルトの存在意義なのだから。
そして現在、アルトの体には力がある。
ハンナを守り抜くに足る力が……。
「――ッ!」
アルトは全力で一歩、踏み出した。
しかし、
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!」
あまりに体が素早く、力強く動き過ぎて、アルトが壊れた壁の向こう。建物の外へと飛び出してしまった。
慌てて【ハック】を発動。
「のわぁぁぁぁぁぁぁ!!」
それも、凶悪な力でアルトを反対側へと押し出した。
体からなにかが飛び出すのではないかというくらい、尋常でない力がアルトを部屋に引き戻し、押し流し、また部屋の外へと放り出される。
再度、今度は力を抑えて【ハック】を発動。
狙ったポイントに着地できるよう【風魔術】で壁を作り出した。
「ぶぼぁ!!」
「…………」
顔面から空気の壁に激突し、アルトは鼻血を垂らしながらゆっくりとずり落ちていく。
『ぷぎゃぁぁぁぁぁ!』
『これはなんというか……』
『馬鹿じゃな』
『馬鹿』
『あちゃぁ……』
胸の中が散々だ。
おまけに醜態を間近で見物していたフォルセルスが軽く引いている。
「……お前は、なにがしたい?」
「ええと……あははは」
いまの体をまったく扱いきれない。
まるでレベルが極端に上がったあとの戦闘のようだ。
「ちょ、ちょっとタイム!」
アルトは手を前に差し出してフォルセルスに念じる。
緊張感もへったくれもないが、兎に角現状を確認するべきだ。
そうでなければ、戦闘に集中できないし、出来たとしてもまたエクストリーム自殺をしてしまいかねない。
一体どれほどステータスがあがったのか。
アルトはステータスプレートを起動し、
【Lv】156
【格】★★★★★
【HP】4637→21817
【MP】22137→100895
【SP】15877→35077
【筋力】2964→17020
【体力】2301→16006
【敏捷】1872→24212
【魔力】10140→43400
【精神力】9906→31840
【器用さ】2546→15794
……いつ自分は人間を辞めたのだろう?
すさまじいステータスだ。
Lv156→Lv155
アルトが眺めている間に、突如レベルが1つダウンした。
ステータスは下がっていないし、体調に変化もない。
これは無理矢理神が降臨したデメリットなのか、はたまた魂の欠落がレベルの数値に表れているのか……。
「なるほど。これはつまり――」
アルトにはもう、時間がない。
深呼吸をして、アルトはステータスを収納する。
とにかく、レベルのことはひとまず忘れよう。
まずはこの壊れステータスを使えるようにならなければ。
「すみません。お待たせしました」
「あ、ああ」
タイムと言われ、不意打ちをしないあたり正義の神というべきか……。
なんだか穴蔵同盟と同じ臭いを感じてならない。
やはり類は友を呼ぶは、世界の真理らしい。
『あ゛? アンタ喧嘩売ってんの?』
すみません。
エルメティアに凄まれ、アルトはつい萎縮する。
『あんなのと、一緒にしないでよ! アタシは特別なんだから!!』
「…………」
だめだ。言葉を聞けば聞くほど、どこぞの阿呆な勇者を思い出してしまう。
この親あってあの子あり。
子は親にどうしても似てしまうのだろう。
良かったねリオン。
君が馬鹿なのは、君のせいじゃないんだ!
『ぐぬぬぬぬ……』
歯がみするエルメティアを無視し、アルトはフォルセルスに臨む。




