成敗!(失敗)
彼の言葉に神経を逆なでされたバルバトスは、目を血走らせながらドイッチュに命令。
ドイッチュもまた、赤い目を見開いてマナを練り上げる。
「死ねぇぇぇぇぇぇ!!」
キエェェェ、としか聞こえないキンキン声でドイッチュが【空気砲】を打ち放つ。
いくら頭に血が上っていようとも、先ほどの【焦熱地獄】を放てるほどの力は残っていなかったらしい。
中級魔術が恐るべき殺意を宿してリオンに迫る。
彼はどっしり腰を落とし、前に盾を構えた。
馬鹿か。
盾を構えようと、魔術に吹き飛ばされて終わりだ!
「ブヘァッ!!」
バルバトスの予測通り、【空気砲】を食らったリオンは野太い声を放ちながら後方に吹き飛ばされ、ゴロゴロと何回転も石畳を転がる。
死んではいないかもしれないが、いまの一撃でバルバトスは幾分溜飲を下げた。
だが、隣のドイッチュは違う。
ブシュッと湿った音と共に、ドイッチュの鼻から大量の血液が噴出した。
彼はそのまま血を吹き出しながら、後方に倒れ込んだ。
「な、に?」
一体何が起ったのかさっぱりわからない。
相手はなにも攻撃をしていない。
なのに、魔術を放ったと思ったら、隣のドイッチュが倒れたのだ。
マナが枯渇したわけではないだろう。枯渇すれば、単純に意識を失うだけだ。
彼の姿は、まるで見えない魔術で顔面を打ち抜かれたかのような……。
まさか、奴は魔術を反射したのか!?
「おいアンタ、自分が傷付かない場所から見下ろして、文句ばっかり言うのが偉い人の役割なのかよ。へっ、王様ってのはツイ廃やヤフコメ民と同じだな!!」
「…………ッ!!」
彼の言う『ツイ廃』や『ヤフコメ民』という言葉の意味は知らないが、最上級の侮蔑用語ということだけは判った。
途端にバルバトスの頭の中でブチ、という音が響き渡った。
「殺せ……。その男を殺せぇぇぇぇぇぇ!!」
口角泡を飛ばし、バルバトスは叫んだ。
彼の中を荒ぶる激情を抑えるには、そうする以外の道はなかった。
国王の指示を聞き、いままで港の制圧を行っていた兵士達が、続々とリオンに向かって行く。
国王の豹変に訝しげな顔をしていた兵士達も、何故かリオンの顔を見た途端に一気に顔を赤くする。
まるでユステル王国の全市民にとって、彼は親の仇であるかのような変貌ぶりであった。
己の周りに駆けつけた大量の兵士を眺め、リオンが足をガクガクさせながらそれでも顎を上げる。
「かかったな! さあマギカさん、やっておしまいなさい!!」
まさか新手か!?
警戒感を高めた兵士が身を強ばらせる。
リオンが声を上げ、1秒、2秒……。
10秒立っても、なにも起らない。
「あれ? マギカ、なんでだよ。オレちゃんと説明したよな!? ほら! ここで颯爽と登場して『マギカ見参、成敗!!』って言う段取りだろ! ほら暴れん坊勇者からの命令だぞ! ちょ、ちょっとぉマギカさぁん!!」
少しずつ包囲網が狭まり、リオンが身を屈めて顔を青くする。
どうやら他に仲間がいたが、裏切られたらしい。
それもそうだろう。
この数の兵士相手に攻撃を仕掛けるなど、特攻にしてもあり得ない。
無駄死にするだけである。
「っふん」
これで終わりだな。
まったく馬鹿らしい。とんだ茶番に付き合わされたものだ。
ドラゴン戦でかなり海に投げ出され、さらに失う予定ではなかった兵士を失ってしまった。
総勢5000は積んできたが、いま現在、一体何名が生き残っていることやら……。それを考えると頭が痛い。
包囲網が狭まるのを眺めながら、バルバトスが深いため息をついたとき、
「動かないで」
背後から突然声が聞こえ、同時に殺気の塊が全身にぶつけられる。
人は息を吐ききったとき、心に隙が生まれる。
その隙を狙って、相手はバルバトスに声をかけたのだろう。
それだけで相当手練れであることがわかる。
さらに、声をかけられてもなお、その人物の気配が読めない。
「兵を引いて」
「……お前は、何者だ?」
さすがに兵を引くと頷くはずがない。
だが素直に答えれば、人質になりかねない。
この場はうまく会話を引き延ばして、誰かが曲者の存在に気付くのを待つ他ないだろう。
そういう意図から、バルバトスはあえて話題をずらした。
「教皇庁指定危険因子No5。マキア・エクステート・テロル」
「な……」
しかし、ずらした先に伸びていたのは、さらに恐ろしい未来であった。
危険因子が、まさかこの領域に2人も揃っているとは……。
おまけに相手は、おそらく王を殺せる【階位】を持っている。
ただの隠密が相手であれば、【王の威圧】を用いて黙らせることも出来ただろう。
だが相手にはそれが通用しない。
そればかりか、殺生与奪まで握られているとは……。
バルバトスの背中に汗が流れる。
火照った体を伝うそれが、やけに冷たく感じた。
「……一体、何が望みだ?」
「攻撃の即時中止」
「出来ないと言えば?」
訊ねた途端に、悪寒が体を駆け抜けた。
1秒で5度。
バルバトスは自らが死ぬ未来を見た。
「聞く?」
答えるまでもないだろう? とマキアは言う。
たしかにその通りだ。
多くの者達と会食し、下らない会話を延々と聞き続けた経験のあるバルバトスは、短い文節で話を終えようとする彼女の意図が手に取るように理解できた。
「判った。その話は呑んだ。善処したいところだが、現在あのように、兵士達が暴れ回ってしまっている」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「…………」
現在兵士達は正気を失ったかのように、リオンへと襲いかかっている。
時々背中をツンツンと槍で刺されているにもかかわらず、彼は元気に泣きながら走り回っている。
凄いのか、哀れなのか、馬鹿なのか……。
反応に困ってしまう。
その姿を見れば、こちらにとって驚異ではないと判るのだが、兵士は一様に、まるで魔術でも掛けられたかのようにリオンを追い回している。
「あれでは、しばらくは撤退など出来まい?」
「ん」
短い頷きに、バルバトスは内心ほくそ笑む。
所詮は亜人。
いくら危険因子だろうと、種族なりの頭しか持ち合わせていない。
馬鹿はどこまで言っても馬鹿である。
こちらから話を誘導し、都合の良いように仕向けて彼女を遠ざけられればこちらの勝ち。
自らの近くを兵士で固めてしまえば、彼女だってそうそう手は出せまい。
「じゃあ――」
「大丈夫、心配するな。俺だって無駄に死にたくはない。ここで身を引いて、本国に帰還する。そのための時間が欲しい。ただ、帰還するには少しばかり時間がかかる。予想外の出来事が起って船が破損しているのだ。それを修繕してからでないと、ユステルに戻る前に沈没してしまう。そのくらいの時間は与えてもらえるのだろう?」
「…………ん」
小さい頷きが聞こえ、バルバトスの背中からすっと殺気が引いていく。
その変化に、少しだけ胸を安堵させる。
「常に見てる。余計なことをすれば、どうなるか――」
「ああ、ああ! わかってる!」
再び殺気が背中を貫き、バルバトスは慌てて何度も頷いた。
そうしているうちに、背後からの殺気が突如消散。
ゆっくりと振り返るが、そこにはもう誰もいない。
バルバトスは床に崩れ落ちるくらい安堵し、甲板で港を眺める兵士と、そして未だに港で馬鹿をやっている兵士たちに強い怨嗟を向ける。
奴等、俺が死にそうだったっていうのに、誰1人気付きやがらねぇ!!
俺は王だぞ?
王を守るのが家臣の務めだろうが!!
「貴様ら!!」
胸の中に渦巻く黒々とした嚇怒を、バルバトスは【王の威圧】として噴出した。
「死にたくなければ、今すぐ船に戻れ」




