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穏やかな……

 政宗の天下取りの計画はいきなり頓挫する事となった。当然減封になると思っていた真田家に、なんと秀忠は中老職を与えると共に、上野国に沼田ら十万石を加増したのである。更に故・結城秀康の旧領の一部に立花宗茂が入る事となると、政宗は自分が秀忠を甘く見ていた事を知った。政宗は家康が宗茂を警戒している事を知っていたため、秀忠が家康から受けた「十五万石以上の大名にしてはならぬ」という禁を破り、宗茂に二十万石以上の領地を与える事は予測していなかった。


「何という事か。政治の眼だけなら、親父と互角ためを張るのかもしれぬ」


 しかも、頼みの綱である将軍の実弟・松平忠輝は大坂の陣で軍法を犯し、厳罰を喰らっていた。政宗の領地は増えたが、忠輝含め伊達の影響下の領地はごっそり減り、総合的に政宗の支配力は弱まってしまった。


「副将軍で満足しろという事か……うつつは甘くないのぉ」


 目論見が失敗しても、政宗は何一つ落ち込まなかった。戦い、得て、失い、また戦う。政宗の半生の中で、頓挫は負の要素ではない。成功への助走だから、落ち込む必要は無いのだ。

 事実、別の目論見は成功している。


「政宗様、お見えになりました」

「うむ、通せ」


 政宗の元へやって来たのは、大坂から救出し、片倉家に匿われていた信繁の三女・阿梅おうめ。そして信繁の次男・真田大八であった。


「昌幸殿からの文に合った通り、井戸の中に隠れておりましたところを、某が」

「抜け目ないのう、あの男は」


 昌幸と信繁の策であった。大坂城は昌幸の策に使う為、あまりに危険な状況である。かと言って信繁正室の竹林院他、信繁一族全てを一か所に纏めるのもまた、危険であった。そこで竹林院と次女・於市らは大坂の待女と共に避難。一方で阿梅と大助亡き後の長子となる大八は、片倉重長に引き取ってもらう事とした。何故、政宗が保護する気になったかと言うと……。


「秀忠公討伐の際にこの者らが手元におれば、最初から反徳川であった証拠になる故な」

「そこまで見抜いておられたのですな、あの老人」

「信繁といい、大坂で死なすには惜しい人材であった。だが逆に、徳川家にこやつ等の出自、絶対に知られてはならぬぞ」

「御意。小十郎、決して抜かりませぬ」


 阿梅は後に重長の後妻に。大八は元服し、片倉家家臣・片倉守信として仙台藩で生きて行く事となる。


                   ******


 信之は相変わらず、内政に負われる日々を送っていた。当然減ると思っていた領地が五十万石に増えたのだから、当然その分把握する情報が増える。おまけに、幕府の政治中枢にも配置されたのだからてんてこ舞いである。嬉しくも忙しい日々であった。


――本当はこの内の十万石を、弁丸に与えたかったが……。


「大殿、用水路の件ですが」

「あ、ああ……考え事をしておった、すまぬ」


 忙しい日々が、逆に信之を助けている。暇になると、すぐ信繁の事が頭に浮かんでしまうのだ。しかし、三成の時の様な、呪われているという錯覚ではない。もっと、何かしてやりたかったという念。与えられるばかりで、信之自身から与える事はほとんどなかった様に思う。 


「与えられるといっても、苦労ばかりだったがな」

「大殿、何か?」

「何でもない。さぁ、働くぞ!」


 その日、業務を片付けると、小松がある人物を連れて待っていた。


「叔父上、御無沙汰しておりました」

「於市か、よう参ったの」

「叔母上様が、織物を分けて下さるというので」


 その一言で、信之は肝を冷やした。倹約で真田家を支えてきた小松が、家中とはいえ他に分け与える織物を持っているとは。


「小松……まさか他家からブンったという噂は」

「じ、事実無根にございます!」


 小松の場合だと、冗談に聴こえないため一度噂となると始末が悪い。ともかく、目の前にある西陣織は弟の忠政が贈ってくれた物だと分かり、安堵した。


「阿呆な事を心配せずに、ほら。弁丸は斯様に大きくなりましたよ」

「おお、弁丸か」


 於市が大坂に人質に入った際、豊臣配下の武将と祝言を上げたと言う。その後生まれたのがこの弁丸であると、信之は聞かされていた。父親は残念ながら、あの壮絶な戦の最中に戦死してしまったらしいが……。


「信繁も祖父となっていたのか」

「ダンナは頼綱様と同じ立場でございますか」

「そう思うと感慨深いなぁ」


 小松と信之はクスクスと笑う。だが於市は、どこか浮かない表情をしているのが信之には引っかかった。


「川中島での生活は慣れたか」


 信之は於市を、川中島(後の松代)を任せている頼康に預けていた。罪人の娘を上田に置くのが憚られたという事もあるが、上田にいると色々と思い出すだろうと考えた温情措置である。


「はい。頼康殿も、そろそろ後夫うわおを探さねばならぬと仰られて」

「それは良い。その子のためにもそうすべきだ。大事な、信繁の孫だからな……」


 信之はその名を口にする度、喉が熱くなる。於市に至ってはもっと胸が苦しいだろう。


「では、私はこれで……」

「ゆっくりしていっても良いのだぞ?」


 そそくさと退散しようとする於市の様子が、どうも引っかかる。父と対立した叔父なのだから、多少の気後れや憎しみは生まれるだろうと覚悟はしていた。だが今の様子はまるで、信之に対し申し訳ない事でもある様な……。


――申し訳なき事? 大坂で……!!


 その時、信之の心中に雷鳴が走った。


「待て、於市!」

「えっ」


 呼び止められた於市は、怯えた様子で信之へ振り返る。信之の顔が強張っていたからだとも考えられるが、その表情を見て信之は即座に立てた仮定に、裏付けが取れた気がした。


「もしやその子は……ッ」


 言葉を紡ぎかけて、信之は寸でのところで踏みとどまる。この先を尋ねてしまったら、於市と子供を守ると言う、信繁との約束が守れなくなる可能性が高い。自分さえ尋ねさえしなければ、この事実は闇に葬る事が出来る……。


「叔父上、何か……」

「……」


 しばらく固まった信之だったが、やがて般若の様な表情を和らげて、優しい声色を使い始めた。


「いや、何でもない。良いおのこに育てるがよい。元服したら、名は俺がつけてやろう」

「はい。有難き幸せ……」


 於市を見送った後の信之は、滝の様に冷や汗をかいていた。


 信之が見えなくなると、於市は信繁の最後の言葉を思い出す。


『心に然と命じよ。儂が死んだら、必ず兄上に保護を頼むのじゃ。どの様な形であれ、儂がお膳立てはしておく故』

『叔父上が、この子を許すとは思えませぬ……』

『そうだ。出自を知れば、兄上はその子を殺す。いや、殺しとうなくとも、殺さざるを得なくなる』

『ならば、いっそ遠くへ……』

『ならぬ! 兄上の側が最も安全な場所なのだ。そうなる様に、この儂が手を打つ』


 信繁は於市を抱きしめながら、念入りに何度も説いた。


『生き残りさえすれば、この勝負は勝ちじゃ。儂に託された殿下の遺言が、約束が果たせる。例え世間からの名声が無くなっても、命さえあればよい。儂はそう考える』

『父上……』

『死ぬまで出自を秘匿せよ。お主が永眠する時、その血が残っている事を知る者は誰もおらぬ。絶対の安全を手にする事が出来る』 

『承知、致しました』

『では、儂はそろそろ出向く。兄上が待っておる故な』

『どうか、御無事で』

『……その子を、お前の息子を頼んだぞ於市、











      真田と豊臣の血を引く、秀頼君の忘れ形見を。   』










「叔父上を騙すのは……いえ、『騙されたフリ』をさせるのは、酷な事でございますね。父上……」


 輿の中の於市は、膝の上に豊臣の御曹司を乗せながら、誰にも聴こえぬ様に呟いた。こうして、人知れず

豊臣の血は存続したのである。


『次女於市と、その子を頼みまする』

『わかった、必ず助ける』


 ここ一番、約束は破らない。弟思いの信之を信じた、信繁の究極の策であった。


                     ******


 二十年後。1635年。信之は、墓前に立っていた。


「今年も、実り多き年となった。お前のお蔭じゃ、小松よ」


 小松殿は1620年に他界。人生の光を失った信之は悲しみに明け暮れたが、悲しみを紛らわすために領主として粉骨砕身。小松の死後十五年に渡り、信濃の政治は勿論、不穏な動きを偶に見せる政宗からの防波堤として江戸を守ってきた。


「お前も、信繁も頼康も皆、居らんようになってしもうたな。残ってるのは宗茂と政宗くらいじゃ。奴らが死ねば、俺ももう七十間近じゃ。ぽっくり逝くであろうな」


 ようやく、三成とまた話す事ができる。信繁や昌幸とも、しがらみなしで酒を飲めるかもしれない。


「だが、仕事は片づけてから死にたいのぉ」


 そう言うと、信之は輿に乗り帰還していった。


 帰って来た信之を、意外な人物が出迎える。


「あ、按針殿!?」

「父ヲ覚えて下さっていましたカ、光栄でス」

 

 三浦按針……の二代目。ジョゼフ・アダムスであった。


「鎖国令で国外追放になったのでは」

「私は家光様かラ保証を受けていまス。ほラ」


 二代目按針は朱印状を見せた。今でも、朱印船貿易の一端を担っているらしい。


「しかシ、どうやらそれモ限界の様でス。朱印船貿易はもうすグ、完全に活動を停止しまス」

「だろうな」

「私モ国外追放となるやモしれませン。それで、父の言っていタ伝説を聞いておこうト」

「伝説?」

「ハデスの、六文銭の伝説でス」

「ああ……話した事があったかのぉ」


 按針はどうせなら、と禁句タブーとされていた領域に踏み込んで来た。


「信之様ノ弟君、真田左衛門佐信繁様とハ、いかなル人物だったのデ?」

「何と。俺ではなく信繁の事を聞きたいのか?」

「信之様の事ハ、広く伝わっテいますのデ」


 信之は大笑いを堪え切れず、手を叩きながら按針に言った。


「あ奴の事を聞きたいなど、物好きもいたものだ。良いだろう、話してやる」

「有難キ幸セ」

「信繁は餓鬼の頃から……あっ」


 信之は思い留まった。ここで信繁の蛮勇について語ってしまうと、老い先短い(と思っている)我が身である。あの世で信繁に文句を言われかねない。もっと、英雄に相応しい出で立ちを語ってやるべきかもしれないと思い直し、唸る。


「うーむ……」

「如何なされましタ?」

「いや弟がな。後で色々と煩いのだ」

「はァ?」

「そうだな、弟は……信繁は……うん、そうだ」


 信之は大坂での信繁の堂々たる対応を思い出し、それに相応しい路線で語る事にした。


「穏やかな、我慢の心を持った男であった」











       真田信之       真田信繁




矢沢頼綱 矢沢頼康 山手殿 村松殿(霧隠才蔵)(猿飛佐助)

出浦盛清 唐沢玄蕃 禰津志摩 吉田政助

真田昌親 真田信勝 竹林院 於市 阿梅 真田大助 真田大八




       小松殿   本多忠勝


徳川秀忠 井伊直政 榊原康政 本多忠朝 本多忠政 

松平忠吉 松平忠輝 鳥居元忠 大久保忠世 大久保忠教 

岡部長盛 平岩親吉 牧野康成 

井伊直孝 榊原康勝 本多正純 船越景直 柳生宗矩




       石田三成    大谷吉継 


上杉景勝 前田利家 毛利輝元 宇喜多秀家 

豊臣秀長 浅野長政 長束正家 佐竹義宣 

渡辺新之丞 島左近 蒲生頼郷 大橋掃部 

平塚為広 戸田勝成 小西行長 大谷吉勝 

島津義弘 島津豊久 

脇坂安治 赤座直保 小川祐忠 朽木元綱 伊藤盛正


前田利常 山浦国清 藤田信吉 京極高次 京極高知

福島正則 黒田長政 藤堂高虎 細川忠興 藤堂良政 仙石秀久

中村一栄 有馬豊氏 野一色助義 寺沢広高 筒井定次 

田中吉政 池田輝政 浅野幸長 鍋島勝茂 生駒一正


          多目元忠


北条氏邦 北条氏規 北条氏盛 

成田長親 甲斐姫 大道寺政繁 富永主膳 与良与左衛門


    立花宗茂    小早川秀包    小早川秀秋


小早川隆景 吉川広家 毛利元康 安国寺恵瓊 毛利秀元 

松野重元 稲葉正成 平岡頼勝 堀田正吉 

立花直次 由布惟信 小野鎮幸 十時連貞 十時惟由




       前田慶次郎     直江兼続 


豊臣秀頼 志賀親次 可児吉長 

毛利勝永 後藤又兵衛 長宗我部盛親 

明石全登 木村重成 薄田兼相 




       豊臣秀吉       徳川家康




            武田勝頼




            真田昌幸       





         以上、今作の登場武将へ敬意を込めて




                 ――戦国真田十二文銭 完――



※この作品はフィクションです。実在する人物・地名・団体とは一切関係ありません。

完結です。拙作に最後までお付き合い下さり、誠にありがとうございました。

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