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Twelve Coins Of Hades ―戦国真田十二文銭―  作者: 大培燕
第八章 夏の陣、究極の策 ―信繁灼熱篇―
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第八十四話 忠朝、散り乱れ

「井伊殿に伝えよ。我らの刻(朝七、八時)に長宗我部に当たると」

「ははっ」


 開戦の朝、平野口(南口)。藤堂高虎は先鋒を任された事で気が引き締まっていた。冬の陣でも苦戦を強いられた長宗我部軍が相手なのだから当然と言える。何度も主君を変え、自分の能力を十割発揮できる上司を探した。そして辿り着いた人間が豊臣秀長、そして天下人・徳川家康なのだから、高虎は慧眼である。その慧眼を持って、この戦をも有利に進めようとしている。

 既に譜代扱いとなった藤堂家の忠節は、今更示すまでもない。この戦国最後となるであろう戦に求めるのはただ一つ、武功であった。何としても、盛親の首を獲る。


「藤堂は我らに当たる気か」

「真田に支援を求めまするか?」

「いらぬ。高虎の心意気、功名心。この儂が援護を求めれば、それに眼を背けて勝負を逃げた事になろう」


 盛親もまた、高虎の殺気を読み取っていた。預かった4000の兵も、今か今かと藤堂の突出を待っている。


「御身が大事でござるぞ」

「勝つ。勝った上で、大坂に勢いをつける。謂わばこれは、高虎と儂の一騎打ちじゃ」


 盛親は、故郷土佐に想いを馳せる。この戦の恩賞は土佐一国、いや場合によっては四国全体となってもおかしくはない。父祖伝来の地は、盛親の気迫を最大限にまで引き出していた。


「……撃ち方用意」


 そして一刻の睨み合いの末、高虎は軍配を高々と掲げ……。


「放てぇ!!」


 火蓋を切って落とした。


                    ******


『初日は長宗我部、真田隊にかかっておる。敵の先鋒に恐怖心を植え付けるのじゃ』


 昌幸の言葉を、真田丸の信繁は思い出していた。外堀が埋まったため冬と同じ物は使えなかったが、南口付近に設けた新たな真田丸。大坂城の特徴である急勾配を活かしきれないため冬ほどの戦果は期待できないまでも、真田家の馬出である。徳川にとっては脅威以外の何物でもない。冬の陣で数千の敵兵を葬った信繁には自信があった。


「佐助、戦況報せい」

「はっ。忍の報告では長宗我部殿、敵方の先鋒藤堂高虎軍と交戦開始した由」

「よし……上手くここまでおびき寄せてくれれば良いが」


 数に劣る長宗我部軍がジリジリと後退し、真田丸に逃げ込む。勢いのついた藤堂軍を、火縄銃の一斉射で片付ける。これが信繁と盛親が立てた作戦であった。

 だが、信繁には一抹の不安がよぎる。この手の策は、信之の最も得意とするところだからである。


――もし、藤堂と兄上が連携していたら不味いな。この程度、楽に見破るであろう。


「殿! 長宗我部隊、藤堂軍を圧倒しておる模様」

「……不味いな。足軽一千、用意せよ」


                   ******


 長宗我部軍は藤堂軍をジリジリと後退させていた。思惑と逆の展開であったが、南側から攻めるのは無理であると思わせるのが目的である。この戦果に違和感は無かった。

 だがそれこそが高虎の罠であった。長宗我部軍はグングン突出し、信繁のいる出丸との間に空間を作ってしまう。平野川を渡って、二つの軍の間に割り込む本多忠朝軍2000に気づかなかったのである。


「南に敵兵確認!」

「不味い、出丸との連携を断たれる!」


 気づいた時にはもう遅かった。盛親の軍勢4000は挟撃の形を取られてしまう。


「やられた!」

「やはりな。真田弾正の申した通りよ」


 しかし思い通りに事は進まなかった。高虎は次鋒の忠朝と密に連絡を取り、盛親の逃走路を塞いだのである。高虎は前日の夜、信之の陣に赴き策を練った。


『弟君なら、どうされる』

『馬出に誘い出しての殲滅は、真田家のお家芸にござる。冬の戦で味を占めた奴なら、まずその威力が健在である事を示しましょうな。敵もそうだが、味方へ見せたいはず』

『なるほど』

『藤堂殿なら、どうさばきまするか』

『敵の先鋒の退路を塞げば、弟君はどう動くと思う?』

『逆に、信繁を誘い出すと?』

『そういう事だ』


 高虎の策は嵌った。ただし、問題は真田が出丸から打って出た場合、長宗我部軍が邪魔で忠朝の支援に回れないという事である。だが、迷うことなく忠朝は快諾した。


「喜んで、火中の栗を拾いまする」


 忠朝を使う事を、高虎は信之に言わなかった。義弟が実の弟に殺されるかもしれないのだから、反対される事は分かり切った事。信之より、忠朝の覚悟を汲んでやるべきだと高虎は判断した。

 もし盛親か信繁のどちらかの首でも取れれば、忠朝にとって最高の名誉である。


「よし、長宗我部を押し返せ。本多軍と挟撃策に移る!」


 高虎とて、忠朝を簡単に死なせるわけにはいかない。信繁が出てくる前に、長宗我部の戦力を確実に削っておけば退却が容易になり、生存確率はあがる。流れる様な動きで挟撃策を取る。

 だが。


「長宗我部軍、我が方を押しておりまする!」

「何!? 挟まれたのに、一切の動揺が無いと申すか」


 盛親の切り替えは早かった。挟まれた際の動揺を一切見せず、挟撃が効果を発揮する前に藤堂軍を壊滅させようと考えたのだ。恐らく、出陣前に何度も兵達に言い聞かせたのだろうと高虎は分析した。


――不味い。死兵ではないか。


 劣勢に立たされた際の敵兵は弱体化するか、修羅と化すかの二択となる。覚悟を決めた長宗我部軍は正に修羅の如くであった。


「高虎の首を獲れ! さすれば、土佐は我らの手に戻ろうぞ!」

「ウオオオオッ!」


 死と隣り合わせの槍の切先は、恐るべき精度で刺さって行く。一人、また一人と藤堂家の兵が失われていく。


「井伊直孝に援軍要請、伝令走れ!」

「ははっ」


 高虎の手持ち兵力は5000。ここから退却するには、あまりに多すぎて俊敏さが足りない。


「盛親め……斯様に戦上手であったとは」

「高虎は目の前ぞ! 我が父元親、我が兄信親も見守っておろう。 土佐の墓前へ必ず参るのじゃあ!」


 しかし、ここで遂に忠朝軍2000が長宗我部軍の尻尾を掴む。


「ここが我の死に場所ぞ……推して参る!」

「盛親様! あれは本多軍にございまする」

「冬に酔っぱらって退却した暗愚か。良かろう、相手になってくれる!」


 盛親は後続の1000を切り離し、忠朝と相対させた。これで高虎の状況はいくらか好転する。


「愚か也盛親! 本多軍を甘く見たな」


 忠朝の兵もまた、死兵であった。薬草をすり潰す様に、長宗我部の兵を薙ぎ倒していく。


「こいつら、精鋭ぞ!? 油断するな」


 血走った目で忠朝は槍を揮う。瞳孔は開き、心臓は跳ねる。体中が燃えていた。


「生きて帰ろうと思うな! 死ぬことこそ殊勲、血を流す事こそ誉ぞ!」

「オオオッ!!」


 長宗我部軍は土佐に生きて帰る覚悟で高虎を圧倒した。しかし忠朝は、何処にも帰ろうとしない。殺してくれる者を探して、その瞬間が訪れるまで槍を揮う。体は疲れない。疲れても疲れた気がしない。

 そしてそれは家臣も同様であった。主君が死ぬより先に、自分が死ななければならない。その一心が、彼らの運動量を何倍にも引き出した。


「後続部隊、壊滅、敗走した由!」

「何だとぉぉぉ!?」


 遂に長宗我部軍の後部は、多数の死傷者が原因で壊滅する。盛親の残存兵力3000は、高虎と忠朝に完全に挟まれる。盛親も遂に覚悟を決める。


「これまでか……ならば潔く突撃を」

「盛親様! 真田が参りましたぞ!」

「何!?」


 信繁は5000の兵の内、2000を連れて盛親の救援に駆けつける。しかも部下ではなく大将自ら指揮を執っているではないか。


「何たる度胸、何たる勇猛さよ!」


 信繁は騎馬武者のみを先に到達させ、忠朝の足軽部隊の足を止める。盛親に余裕が生じた。


「者ども! 本多軍は真田に任せよ、我らは藤堂のみに集中する!」

「承知!」

「高虎、覚悟!」


 高虎は再び窮地に追いやられる。かと思われた。


「藤堂は……やらせぬっ」


 信繁の足軽が、本多軍をかき分ける。だが、忠朝の眼には盛親の首しか映っていなかった。


「殿、本多が隊を二分して向かって参ります!」

「何だと!? 隊を細分化して……命を捨ててこの儂を止めると言うのか!?」

「きえええええっ」


 叫び声を上げて、忠朝の決死隊が盛親に迫る。だが盛親も、高虎の部隊を追い詰めていく。


『姉上。あの二人、声をあげて笑っておられますぞ!?戦場で、信じられない!』

『ああ、いいなぁ。あの勇敢さ、大胆さ。格好いいなぁ……』

 

「くっ、ふふふ」


 忠朝は小松と見物に行った、小田原・碓氷峠の合戦を思い出していた。無謀なほどの勇猛さを見せる真田兄弟の戦ぶりに、小松がうっとりとしていた時は、幼い忠朝の心に嫉妬心を植え付けていた。

 だがその自分が今は、同等の、いや彼ら以上の勇猛さで戦っているではないか。それが可笑しくて、忠朝は笑った。


――姉上、今なら某にも惚れて下さいまするか?

 

 忠朝は一心不乱であった。相手の槍が面白い様に空を切り、自分の切先は確実に相手の出血を促していく。きっと父もかくあらん。見ている者にそう思わせる戦いぶりであった。


「皆の者、行くぞ!」


 鼓舞の声も、既に返事は聴こえない。振り返ると、六文銭の旗がはためいているのが見える。


「忠朝殿、覚悟!」


 信繁らしき男の声が、前方から聴こえる。十何年ぶりだろう、忠朝が彼の声を聴いたのは。信之と小松の祝言以来だったかもしれない。


――ああ、あなたでございましたか。


 ズブッ。


 脇腹に切先が刺さる。幼き頃なら七転八倒して泣き喚いていた痛みでも、今は笑える。笑って迎えられる。

 忠朝は、強くなったのだ。そのご褒美に、地を這う彼の薄れいく視界には、井伊の旗印が紛れ込む。長宗我部軍は、逃げ場を失った。間違いなく、忠朝の功である。


「ああ、儂の手柄じゃあ……父上ぇ、姉上ぇ……褒めて下さいませ……」


 忠朝は命を犠牲にして、長宗我部盛親の猛攻を止めた。享年三十三。

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