第六十六話 咆哮、そして昇天
「……」
南宮山には松尾山城の様な堅城は無い。三成捕縛、そして自家以外の全ての大名家の敗走を知った毛利秀元、安国寺恵瓊、そして吉川広家は愕然とした。毛利家の参戦は東軍を敗北寸前まで追い込んだものの、結局は秀忠の登場でひっくり返された。敗軍の将となってしまったのである。
「秀元様」
「無念じゃ……。広家、交渉を頼めるか……」
「……っ」
広家は小早川の決起が憎たらしくて仕方がなかった。内応の約束もしていたし、本領安堵の約束も取り付けていた。それなのに、実態は裏切りという事になってしまった。
「恵瓊殿、交渉は貴殿の十八番であろう」
「では、広家殿が後見人という事で」
「ちっ……」
八万以上の大軍に囲まれた毛利家は、暗闇の中で降伏した。ここに、西軍の戦闘能力は零となったのである。
藤堂良政、松野重元、大橋掃部、渡辺新之丞、平塚為広、戸田勝成、大谷吉継、島津豊久、島左近、多目元忠……。名だたる将達の屍と共に、両軍合わせて二万人以上の犠牲を生んだ。
そして広家は、そのまま大坂城への使者となったのである。
******
翌朝、赤坂へ移動した東軍諸侯の前に、捕縛された三成が『敵方の総大将』として晒された。驚いたのは散々三成に苦しめられた、笹尾山方面担当の大名達、そして信幸であった。
福島正則が、我先にと三成に近づいて言葉を投げる。
「何故生きておる。恥さらしが」
「……」
「お主は天下の謀反人ぞ? 生き延びればこうなる事は分かっていたろうが」
「まだ、何が起こるか分からぬ故な」
「戯言を! お主の往生際の悪さが」
「正則よ」
声色を変えて三成は正則を睨む。その気迫に正則は会話の主導権を奪われた。
「分かっておるのだろうな? 自分のした事を。お主の行動次第で、豊臣を助けられたものを」
「馬鹿が! これは豊臣内部の」
「愚か者が。俺を殺して、豊臣の世の平静が保てると思うなよ」
「ふんっ……」
正則は呆れ顔で去って行く。入れ替わりに黒田長政がやって来て、羽織を三成の肩に掛けようとした。
「無用だ、松寿……甲斐守長政よ。夜討ちまでしようとした貴様に、そこまでされる道理はない」
「治部殿、今の其方は敗軍の将だ。我々を苦しめた貴方に、敬意を表させてはくれまいか」
「糞餓鬼が。勝手に致せ」
更に入れ替わりに忠興がやって来ると、猛然と三成を殴った。その上、愛刀『歌仙兼定』まで抜こうとしたので、正則と長政が慌てて羽交い絞めにする。
「放せ、放せぇぇぇ!!」
三成にはまだ、役目がある。この場で忠興に斬られては家康が困る為、この場から忠興を外す事にした。先の二人に対しては強気だった三成の目が、忠興に対する罪悪感から弱弱しく感じられた。
高虎や、親友の田中吉政がやって来ても、どこか気の無い返事を続ける。その空気が一変したのは、最後の一人が目の前に来てからである。
「お主か……お主だろうな」
「三成殿……」
信幸である。これまでの諸将と違い、膝をついて目線を同じ高さにしている。せめてもの慰めのつもりなのか、最後に本来の友情を取り繕おうとしたのか。いずれにしろ、三成には侮辱に思えた。
「良かったのう。お主がおらなんだら、俺が、豊臣が勝っていた」
「……」
「のう、方々。異存あるまい。この戦、真田伊豆守信幸が戦功第一。そうであろう?」
三成は、どこにそんな元気が余っているのかという程に声を張った。嘲笑気味の甲高い声を張った。
「栄転は間違いなしだな。領地はどこだ? 信濃か、甲斐か。ひょっとすると米沢というのも有り得るのう。上杉の、我が友・兼続の代わりに」
「三成……」
「お主は、俺を誑かした。お前が味方してくれると知った時、俺がどんなに嬉しかったか分かるか? 西軍諸侯に、どんなに大きな力か説いて回った時の気持ちが分かるか?」
「それは」
全て昌幸の誤報である。だがそれを逆手にとったのは、間違いなく信幸本人。『それは違う』と自分から弁明をしても、何の説得力もない。今何かを言えるのは、三成に対し強気に出る事ができ、且つ信幸と交友のある細川忠興だけである。しかし悲しいかな、忠興はつい先程席を外した。信幸は言われるがままになるしかない。
「お前のためなら、来世までの友誼を誓ったお前のためなら、俺はどんな事もできた。貫高制も苦労して認めて貰った。打ち首覚悟で、真田の唐入りを免除してもらうよう殿下に頼みもした」
「……」
「その結果がこの姿よ。忘れるな。俺はお前が六文を持って三途の川を渡りし後、鬼となって待っておる。この先栄転を遂げたお前がどんな幸を授かろうと、必ずだ」
「……」
「聴こえたか」
「 聴 こ え た の か 信 幸 ッ ! ! 」
まるで稲妻の様なその声量に、その場にいた全員の背筋が凍った。まるで幼児が父親に叱られる様な雄弁な感覚に、全員が陥った。そして悟る。自分達がどれほどの人物を相手にしていたか。何故、福島、黒田や細川があれほどまでに苦戦を強いられたのか。
――これが、日ノ本一の気概か……ッ!?
形はどうであれ、家康に歯向かう。誰にも出来ない事を三成と上杉はやってのけた。それが如何に気概のいる行動であったかを、理解せざるを得なかった。それを分かっていたのは先にぶつかり合った正則と長政、そして信幸だけであった。
「もう良いであろう、婿殿」
忠勝が割って入る。三成は忠勝を睨むが、その前に信幸の表情が目に入った。
蒼白であった。まるで毒にでも当てられたかのように。
「……ッ」
三成は顔を背けた。その三成の前に、家康が現れる。
「内府……」
「その辺にしておけ、治部少輔殿。此度は天晴なる戦ぶりであった」
「そ奴が裏切らなければ、俺が勝っていた。秀頼君を救えていた!」
「裏切る……?」
家康は信幸が裏切っていない事を知っている。だがここで三成の傷を抉れば、舌を噛み切られかねない。折角忠興の手から隔離したのに、それでは意味が無い。ここは黙っておくことにした。
「其方ほどの手腕、ここで失うには惜しい。再び、『豊家』に尽くさぬか?」
「俺の心は、今も豊家にある。内府殿の手を借りるまでもない」
「左様か、残念至極」
もとより、家康に助けるつもりはない。ただ『温情をかけようとした』という既成事実が欲しいだけである。三成は分かっていた。既に豊臣政権が、家康の私物となっている事を。
「豊家の事は、我ら五大老が引き受ける。ご案じ召されるな」
「……くれぐれも、頼み申す。努々、転覆など考えなさるな。努々な」
家康は真顔になり、三成と目線を同等にすると、ニコリと笑って答える。
「無論にござる。……さらばじゃ、治部少輔三成。日ノ本一の無謀人よ」
最後の言葉を残して、諸将と共に去って行く。項垂れる信幸も、忠勝に肩を抱かれながら去って行く。姿が見えなくなってから、三成はガックリと項垂れる。
――全て終わったというのか……。
塵となるまで諦めないはずだった。しかし、あの家康の目を見れば、誰であっても終わりだと思える。三成以上の気概を持つ物は、もうこの日ノ本にはいない。それを家康は知っている。
後は誰にも邪魔されずに、秀頼を料理するだけ。あの目はそう語っているのだ。
「まだだ……まだ俺が終わらせはしない……!」
しかし、次の瞬間には激しい倦怠感と空腹に襲われる。三成は叫んだ事を後悔した。虚無感と、疲れだけが体に残る不毛な行為であった。
******
大坂城へ命からがら戻った宗茂と義弘は、直ぐに毛利輝元へ面会を申し出た。しかし、再戦の意志が無い事を見るや、直ぐに九州行きの舟に乗る事になる。
「※仇を討たんのか」
「下らん。この状況で討つ仇など、あの父が喜ぶものか」
「ふっ……じゃっどん、惜しい奴を失くしてしもうた」
「中務大輔か」
「それはあ奴も、覚悟しちょった事。治部少輔の事じゃ」
「なるほど。上杉が降伏すれば、日ノ本にはもう家康に逆らえる者はいない」
二人は、輝元の気概の無さに落胆していたのである。西国で最強の兵力を誇る毛利があれでは、再戦の見込みは無いと言っていい。
「毛利も改易だろうな」
「いや、恐らく毛利は生き延びる」
宗茂は驚きながら振り返る。そこには、ボロボロになった親次が立っていた。
「親次! よくぞ、よくぞ生きておった!」
宗茂は瞳に涙を滲ませながら、友の肩を抱いた。小早川残党狩りの目を掻い潜って、親次もこの舟に便乗していたのである。が、その目は笑っていなかった。
「宗茂。心して聞け。この先何が起ころうと、沙汰があるまで決して京へ昇るな」
「……何かあるのか?」
「毛利は助かる。そしてお前の命も助かる。それは、お前がジッとしていればの話だ。絶対に動くな」
宗茂はその言葉を聴くと、血の気が引くような気持になった。親次の傷が開くかもしれないほどの勢いで掴みかかる。
「まさか、秀包か!?」
「……」
「舟を、舟を戻せ! 儂は大坂へ戻る!」
「宗茂! 落ち着け!」
「黙れ! 友を救えるなら、この命惜しくなど無いわ!」
「秀包も!」
親次は宗茂を殴る。宗茂はそれこそ仇の様に親次を睨む。今度は親次が涙目になりながら、宗茂の肩を抱いて諭す。
「秀包殿も……全く同じ事を思っておるのだ」
「余計なお世話だ!」
「毛利本家を守るのが、あの方の役目! それを邪魔するのは……面目躍如の遮りとなろうぞ!」
「左様な……」
無力感に襲われた宗茂は、海に向かって叫ぶ。
「命など惜しくない……惜しくないのだ。戻れ、秀包ぇぇ!!」
******
その後の家康の行動は迅速であった。三成の佐和山城へは、調略に悉く失敗した黒田長政を焚き付けると、脱兎の如く汚名返上に向かった。問題は大坂城の毛利輝元であったが、家康には吉川広家と、もう一つの切り札があった。
「輝元様、立花・島津を返した今、抗戦の意志は無い者と存じまする」
「本領を安堵するならば、今すぐにでも立ち退こう。が、それは無いのであろう。その上儂に腹を切れと。そう申すのだな?」
「それは……」
「悪いが、腹を切る謂れは無い。この大坂城には、田辺城から接収した兵もおるのだ。斬れというなら、抗う」
「ご安心を。腹を切っていただくのは、殿ではございませぬ」
「何?」
輝元の表情が緩む。広家は手応えを感じながら話を続けた。
「安国寺恵瓊殿、毛利元康殿。そして……小早川秀包殿。この御三方の首と引き換えに、内府様は周防一国を安堵すると仰りました」
「周防一国だと!? に、二十万石も無いではないか!」
「輝元様は大坂方の総大将、仕方がありませぬ。 滅亡か存続か、二つに一つにござる!」
「ご決断を……秀包様は、毛利家存続のために首を差し出すと」
輝元には分かっていた。援軍の来ない籠城に勝ち目など無いと。織田にも屈しなかった二人の叔父なら、野戦をもう一度挑むかもしれない。だが、輝元にその気概はない。戦わずして存続が出来るなら、そちらを選ぶしかない。そして元からそのつもりだったからこそ、島津と立花を返したのだ。
「……内府殿に、誓紙を求めよ」
******
「話を聞くと、治部殿は其方を誤解しているらしいな」
六条河原へ向かう途中、秀包は信幸に話しかける。
「福島殿に聞いた。貴殿は初めから徳川方だったと。何故、治部殿に本当の事を言わなんだか」
「……」
「聞いておるのか、伊豆守殿」
「何故、左様に呑気でいられるのだ……? その方、死ぬのだぞ? 胴と首が離れるのだぞ?」
「そうだ。毛利と、友と、一人の青年を救って死ぬのでござる」
秀包は、家康に注文を付けていた。毛利家の主戦派として、処刑されてやる。ただし、毛利家の存続と、小早川秀秋・立花宗茂の命の保障をして欲しいと。小早川・立花の改易は免れないにしても、命だけは救いたかった。
「救うとは、そういう事だ。儂は毛利の名に恥じぬ戦をしたと、自負しておるしな」
「……」
「貴殿さえ来なければ、勝っていたのだが」
「……」
「左様な顔をするな。お主が討ち取らないでいてくれたお蔭で、儂は多くの命を救えるのだ」
「俺が憎くないのか」
「憎んでこの状況が変わるわけでもないしのぉ。しかし、変な話ではないか」
「何が」
「三途の川を渡る儂より、貴殿の方が顔色が悪そうに見える。儂も何度も吐いたはずだが、其方には負けそうだ」
信幸は顔を背けた。今の悟りを開いた秀包の前では、何もかもを見透かされてしまいそうだった。
「お主の様な人間を知っている。死を覚悟した人間とは、なぜそうも雄々しくなれるのだ? ……生き残った人間が惨めでならぬ」
「元々雄々しいからこうなったのだ。出る杭は打たれる。治部殿もそうさ」
六条河原に着くと、野次馬で溢れかえっていた。先の死中引き回しで彼らに石礫を投げつけていた町民達が、また飽きもせずやってきたのだ。
秀包はその中に、見知った顔を見つけた。
「金吾様!?」
秀秋の目からは、既に涙が零れかけていた。近くに堀田正吉が立って、羽交い絞めにしている。彼の身を護る様に秀包が頼んだ。最後の命令だった。
「放せ正吉! 義兄上が、義兄上を救わねば!」
「なりませぬ! 秀包様を愚弄なさるおつもりか。だから来るなと申されたのです」
「義兄上は、儂の身代わりとなってあの決断をしてくれたのだ! 儂が、儂が優柔不断でさえなければ……ッ! 自分で大坂方についておれば義兄上は!」
――困った義弟じゃ。あれほど、来るなと言うたのに……。
秀包はニッコリと笑顔を投げかけて、安心させようとする。先に来ている三成と目が合うと、ついでに彼にも同じ事をした。三成の顔は気丈そのもので、その必要は無かったが。
「忝い、伊豆守信幸殿。貴殿の心遣い、忘れはせぬぞ」
「憎んでくれ。でなければ俺は」
「デウスの加護があらん事を」
「止めろ!」
秀包は十字を切った。信幸は秀包を殴ってやりたい気分に駆られたが、介錯人の催促に冷静さを取り戻した。最後に、自分なりに名誉を与えてやらなければならない。その事に気づけた。
「小早川……毛利藤四郎秀包。死ぬまで貴殿は俺の頭から離れぬだろう。天晴である」
「本望なり。さらばだ」
秀包は秀秋をもう一度見る。まだ正吉と争って、秀包を助けようとしている。
――お願いだ高位の弟よ、心配させずに逝かせてくれ。末っ子の自分が、たった一人の弟を守ったのだと、地獄で待つ兄達に胸を張らせて欲しいのだ。
秀包は荒々しく畳まで連れて行かれると、躊躇なく前傾姿勢をとった。処刑人への配慮である。
――宗茂。お前は怒っているだろう。自分を侮った俺を、愚かなりと怒っているだろう。だが、お前は常人ではない。恨みつらみは捨てられる……。だから黙って行ったのだ。
「言い残す事は」
「……健やかに。どうか心を健やかに。残る弟と、友人『達』と、そして貴殿への言葉だ」
「……痛み入り申す」
――偉大なる二人の父よ。藤四郎が今、参ります。
元就、隆景、そして先に逝った元康ら、八人の兄弟の待つ場所へ……秀包は飛び立った。享年三十四。彼の命は嘆願となり、毛利家と立花宗茂、小早川秀秋の命を救ったのである。
秀秋の悲痛の叫びが、六条河原を包み込んだ事は言うまでもない。
******
「痛み入る、吉政。貴殿のお蔭で良き旅路であった」
「悪く思うな、等とは言わぬ。儂を憎んでくれて構わぬ」
「馬鹿を申せ。俺が左様に狭量だと思うか?」
三成は、大トリであった。最も罪の重い罪人として、血生臭い六条河原に迎え入れられた。相変わらず石礫が飛んでくる。三成の体は痣だらけである。
三成はもはや、石礫による痛みによってのみ生を感じ取っていた。これがなければ落ち着かない。
「何か言い残す事は」
「喉が渇いた。白湯をくれ」
「あるわけがなかろう。悪いがな」
『白湯くらい持って来ぬか。気が利かぬのう、お主らは』
三成は、自分以外の子飼いに秀吉がいつもそう言っていた事を思い出した。『佐吉は気が利く』『佐吉は頭が良い』。そう言われる事が誇らしかった。
「……まだ諦めぬ。その白刃が落とされる、最後の一瞬までは」
「気丈な事だ。敬意を贈ろう」
「忝い」
三成は、信幸を見た。彼は眼を逸らす事無く、じっとこちらを見つめていた。
「すまなかったな」
ボソリ、と三成は呟いた。介錯人にも聴こえぬほどの声量で。
この日まで、何度も頭を整理した。何十通もの信幸の手紙を、何度も何度も思い返した。そうして出した結論は一つ。この男は、途中で寝返る様な男ではない。断じてない。恐らく、最初から徳川についていたのだろう。だから、決起を思い留まる様に書状まで送って来たのだ。味方をするという書状は、信幸の意志とは無関係に書かれたものだったのだ。
だが、和解はしない。敗者から憎まれるのは戦国の世の常。ここで安易に和解するのは大きな間違いである。
三成は、諦めていない。源頼朝の様に斬首を避けて生き残り、死の淵から蘇って豊臣の世を取り戻して見せる。その気概を、この数日で取り戻した。恐ろしい男である。
――そしてその時こそ、俺は其方を許そう、さいつ殿。
三成は信幸を睨む。信幸も眼を背けず、三成を睨んでいた。
「辞世の句は」
「無い」
「……そうか」
『筑摩江や 芦間に灯す かがり火と ともに消えゆく 我が身なりけり』
前日に考えた辞世の句を胸にしまい、首を出す。太陽光を反射する白刃が眩しく、網膜に突き刺さる。
「気を付けられよ。※龍口の例もある故」
「……心配無用。空は晴れてござる」
「はっ、御誂え向きというわけだ」
三成は願った。最後の最後まで奇跡を願った。落雷を願った。願う事、それが最善。この数日間で出した答えがそれであった。義を通した自分だから、天は見捨てないでいてくれるから。
――諦めない。安心せよ、勝頼にはならぬ。ならぬぞ、信幸……。
その時、首筋に風が舞った。今迄経験した事の無い様な、鋭い風であった。三成は笑った。奇跡が起きた、やはり自分は正しかったと笑みを零した。
――ズバッ。
しかし残念ながらそれは……太刀の風圧であった。白刃は止まらず、三成の頸部を、骨を切り裂いた。享年四十一。三成はもういない。その事実を雄弁に語る光景が、信幸の眼前に転がっていた。三成の首が、転がっていた――。
※仇……島津家との戦争で宗茂の父・高橋紹運は討ち死にを遂げているため、宗茂にとって義弘は親の仇。
※龍口……鎌倉時代、執権北条時宗の命により名僧・日蓮は追放、龍口で処刑されかけるが、『奇跡』が起こり中断された。落雷が処刑人の刀を砕いたという。




