表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Twelve Coins Of Hades ―戦国真田十二文銭―  作者: 大培燕
第六章 関ヶ原、二人の博徒 ―義将昇天篇―
55/99

第五十三話 天下分け目、開戦

 9月15日朝に届いた周防からの文を見て、信幸と忠政は愕然とした。


「義兄上、これは……」

「失策であった……。自体がそこまで切迫しておったとは」


 三成の手紙にあった布陣図を見た時には、絶対に有り得ない布陣だと信幸は考えた。家康が無策のまま石田・毛利に囲まれるはずがない、と。しかし現実には限りなくそれに近い……否。むしろそれ以上の状況になっていた。


――大津城と、田辺城が落ちていたとは……。畜生め!


 信幸は、西軍の数が更に増えるという事を頭から外してしまっていた。まだ現地についていないのに、根拠の無い余裕をかましていた自分に腹が立つ。家康は万全を期す性格である事は知っているため、自分達の到着までは絶対に動かないと思っていた。だが、この状況では動くしかない。


「忠政、急ぐぞ!もう戦は始まっておる。否、下手をすると終わっているやも知れぬ!」

「承ってござる!某とて父上に恥をかかすわけにはいきませぬ」


 東美濃の秀忠軍は行軍速度を上げた。


                 ******


 9月16日早朝。霧は晴れていた。


「南宮山の抑えには池田輝政5000、浅野幸長6000、山内一豊2000、有馬豊氏1000の着陣を確認」

「約15000……南宮山から攻められれば、ただでは済むまいな」

「黒田殿は、毛利の返り忠は確実であると」

「分かっておる。故に最低限の手勢のみを配置し、手薄にしたのだ」


 家康と直政、忠勝は配陣図を眺めていた。これらの軍に加え、一応家康本隊の三万が南宮山のやや北西の桃配山……南宮山へ攻め上れる位置にいるが、逆に言えば背後を突かれる可能性もある。

その代わり、西軍主力は手厚く出迎えてやった。福島正則、藤堂高虎、京極高知ら10000は宇喜多隊と睨み合い。黒田長政、細川忠興ら16000は石田・島津隊の真正面である。言うまでもなく、石田隊への攻撃陣の数が最も多い。

 だが、備えを厚くし過ぎたという感もあった。このままでは、徳川家が何もしないまま合戦が経過する可能性が高い。


「直政。頼まれてくれるか」

「元よりそのつもりでござる。御免!」


 直政は自軍3000、娘婿の家康四男・松平忠吉3000を引き連れて最前線へ向かった。戦場の誉、一番槍を手に入れるため、福島正則を出し抜きに行ったのである。


「さて、後は松尾山だな……」


 小早川秀秋の軍勢は一万を超える。福島正則らが横っ腹を突かれたら、一溜りもなく壊滅する見通しが強い。福島正則は、『密偵を送り込んだから心配無用』と言っていたが……。


「始まってみれば、不確定要素ばかりではないか……」

「殿。戦ってのはそういうモンじゃあねぇですかい」

「まぁのう。どっしりと構えるか」

「ハッハ、それでこそ我が殿。では、俺も行って参りやす。忠朝、行くぞ」

「はっ!」


 ※軍監である忠勝は500の手勢のみを率いて関ヶ原へ向かった。目の前の血湧き肉踊らせる布陣を見て、忠勝は手勢の少なさを嘆いた。忠政に預けた本隊が、今ここに欲しかった。


「この俺が軍監とはなぁ。縦横無尽に駆け回った、姉川が懐かしいわ」

「何か?父上」

「何でもねぇ。行くぞ!」


 壮大な布陣を見て忠朝は思う。また生きて姉に、小松に会えるだろうかと。


                    ******


「まだだ……まだ撃つなよ」


 睨み合う福島、宇喜多の鉄砲隊。普段なら我先にと撃ちかけるところだが、普段では無い。両軍とも、数千人単位の敵味方に囲まれているのだ。軽率な動きは壊滅に繋がる。

 正則は、宇喜多勢が前進するのを待っていた。そしてそれは秀家も同じである。一斉射を狙っている両軍の先陣は、膠着状態に陥っていた。


「来い……どうした出て来い、備前宰相殿!」

「撃ってくるまでは撃つな。足並み揃った足音が聴こえたら斉射じゃ。宇喜多が暗殺だけでない事を見せてやろうぞ」


 これだけの膠着状態が続いてなお、攻撃を我慢できる両隊の練度は高かった。それもその筈、連戦苦戦だった唐入りを乗り越えた二家なのだ。


「流石に宇喜多であるな……」


 正則の緊張から来る汗は、激しさを増していく。兵数では宇喜多が勝るが、御家騒動の後なので軍としての纏まりは正則が上。伯仲の両家、ぶつかれば激戦は必至であった。正則の気が立つのも当然である。と、そこへ直政が尋ねてくる。


「福島殿、家康公よりご指示にございます」

「何だ井伊侍従!今戦端を開こうとしている最中ぞ、去ね!邪魔をするな」

「まぁまぁ」



 と、正則がもっともな言い分で直政に憤っている隙に、井伊・松平隊が福島軍の前へ出た。


「どけ!徳川家臣といえど、邪魔だてすれば容赦せぬ!」

「左様な事ではござらぬ。小早川の内応の事で……」

「何?」


 直政が興味を引く話題を出したので、正則も可児才蔵ら重臣も、直政と忠吉の抜け駆けに気づかない。


「密偵を送っているという事でございましたな。流石は福島様。しかし、具体的にはどなたを忍ばせたので?」

「そりゃあ、おおと……」

「今だ!撃て!」

 

 直政は突然振り返って指示を飛ばした。正則が気づいた時には、既に忠吉と井伊隊は突出している。仰天の光景である。


「し、しまった!おのれ井伊侍従、卑怯也!」

「構うな!鉄砲隊、ってぇー!」


――パァン。


 一番槍は徳川四天王・井伊直政。並びに松平忠吉。その銃声が天下分け目の開戦を告げた。


                *****


「じゅ、銃声だぁ!開戦だぁ!」

「落ち着け、相手を見定めよ……コラ、足軽共!下知を待たぬか!」


 幕を切って落とした関ヶ原の合戦。興奮状態に陥った若き雑兵達は、血気盛んに敵地へ駆けこんだり、緊張で声帯が凍ってしまったり、普段の挙動を保てない。『死ぬかもしれない』という確かな予感を、誰しもが抱いているのだ。

 その中にあって冷たく燃えるのは、輿の上で采配を揮う男。唐入りをも生き抜いた歴戦の将・大谷吉継である。


「者共、聞け。福島正則らと当たるのが我が望みであった。が、どうやら宇喜多が交戦中につき、別隊に狙いを定める」

「殿……して、何処を!?」

「軍前に見えるは三ツ餅の旗。狙うは、藤堂高虎隊だ!平塚・戸田隊に前進命令を、敵の倍の数で押しつぶす!」

「御意に!」


 開戦前から、吉継は合戦の鍵を福島・藤堂の二隊であると考えていた。猛将の率いる福島隊は東軍の精神的支柱であり、高虎の場合は西軍の他大名に謀略・内応をけしかけているかもしれないという危険性がある。この二つの軍が消えてくれれば戦闘は一気に楽になる筈なのだ。


――まずは、内応の可能性を消す!


 平塚・戸田隊が高虎軍に鉄砲を放つ。これに呼応した高虎の鉄砲隊が応戦する。吉継はここが見極めどころだと考えた。


「私をもそっと前に!」

「しかし殿、危のうございまする」

「言うとおりにせよ愚か者共!ここからでは『味方が見えぬ』!」

「は、はぁ」


 輿の担ぎ手に命じて、最前線近くまで進む吉継。辿り着くと味方の鉄砲隊を見張る。


――パン、パパン。パァン、パン。チュン、チュン。


 銃声から察するに、敵方の撃った弾は五発。味方は誰も倒れない。


――パパン。パパパン。パン、パン。


「ぐわぁっ!?」


 更に七発。味方の一人が被弾するも、かすり傷の様だった。


「鉄砲隊、被害を報せ!」

「耳や肩、その他軽傷多数!討死はほとんどいない模様にございます」


 このやり取りから吉継は確信に至り、醜く崩れきった顔でニヤリと笑う。


――高虎の鉄砲隊。射撃の精度……低し!


 吉継は九州戦役を始め、共に戦ってきた高虎の功績・実力は知っている。しかし最近は水軍での戦闘が多く、唐入りでも鉄砲はあまり使っていなかった関係からか、鉄砲隊の練度だけは落ちていると気づいた。


「為広に前進を命じよ!敵の弾幕は潜り抜けられる。挨拶代りに、足軽でかき乱せ!」

「はっ!」


 高虎への無言の圧力。お前らの鉄砲程度なら、覚悟を固めるまでもなく掻い潜る事ができる。その事実を突き付けてやることにしたのである。


「平塚隊、かかれぇ!」

「でやぁぁ!」


 近づく為広の軍に、鉄砲隊の反応が遅れている。どうやら統率が上手く取れていない様であった。吉継は指揮官の影響力が低い事を察する。


「大谷隊、続け、続けい!平塚隊の逆側から攻めよ!」


 両脇からの攻撃に、鉄砲隊は反応できていない。統率が崩壊すると、平塚・戸田・大谷軍は難無く高虎軍の懐に潜り込んだ。


「槍隊、出番だぞ!」

「我らが武勇、今こそ見せん。戸田勝成隊、参るぞ!」


 勝成らの槍が高虎の兵力を削ぐ。吉継はこれで高虎が少しでも焦ってくれる事を期待した。しかし。


「鉄砲隊を下げよ。槍部隊で一旦、大谷軍を押し戻すぞ」


 高虎もまた、熱いながらも冷静だった。六尺(約180cm)を遥かに超える自らの巨躯を前進させ、大声で士気を保つ。唐入りでは水軍を率いていたため、今一つ勘の戻っていなかったかに見えた高虎軍だが、主君が出て来れば話は別である。死にもの狂いで戸田隊に槍を振るう。高虎の前進距離に比例して、大谷隊は押し戻されていく。


「今だ、殿しんがりがそのまま堪えている間に全軍後退。京極高知の軍と合流せよ!」


 統率が乱れ、敵の反撃が来ない一瞬を見出した高虎は、その隙をついて部隊を下がらせる。松尾山を睨んでいる京極高知の軍と合流し、一旦軍を立て直す算段である。その手際に吉継は対応しきれず、取り逃がす。※根城坂で島津軍相手に見せた機転・寡兵での戦上手は健在であった。 


 後退は成功したものの、被害はそれなりに負ってしまった。そのやられ様に高虎は独り言ちる。


「鉄砲隊は練度が足らんようだ。いざという時のために温存すべきだな」


 それもその筈、高虎が大規模の鉄砲隊を用いた経験は少ない。有用性を認め実戦投入したものの瞬時に統率の乱れと精度の甘さを感じ取った高虎は、射撃を弓隊中心に切り替える。この野戦での判断力が高虎の真骨頂。京極高知と合流すると、散々大谷隊に撹乱された兵は既に落ち着きを取り戻していた。


「ちっ、流石に藤堂。簡単には死んでくれぬか」


 大谷隊は舌打ちをすると、松尾山を見やる。小早川は、まだ動いていなかった。


                   ******


 その松尾山では、小早川家家老・稲葉正成が戦況を見極めようと躍起になっていた。東軍に一番有利になる場面を選んで、松尾山を駆け下りる。それが出来れば、自分達は戦功第一の名誉を手に入れられるのである。

 が、眼下で見せつけられた大谷吉継の活躍が、彼の脳裏に不安を植え付ける。


――徳川方、本当に勝てるのか……?


 正成は政治手腕は確かだが、戦の経験が足りない。この大戦の流れは彼一人ではとても見極められそうもなかった。正成は、確かな者に意見を求める事にした。


親次ちかつぐ殿、如何に見る?」


 先陣の部将、元大友家の志賀親次に尋ねた。親次は文禄の役で大友義統に撤退を進言するという失策を犯すまでは、大友家でも宗茂らと共に名将として名を馳せていた。その判断力に正成は頼ろうとした。


「何故、某などに聞くのです」

「『天正の楠木正成』とまで呼ばれた其方だ。信に値しよう」

「我が軍の先鋒、松野主馬の意見は」

「ふん、奴の心は大坂方にあるではないか。左様な者の意見は糞の役にも立たぬわ」


 正成は密かに親次を信頼していた。何しろ彼は元福島家家臣。噂では正則の策で密偵として送られて来たとも聞いている。東軍寄りの正成にとっては貴重な仲間であった。


「お主と儂の思いは同じはず。さて同志よ、現状をどう見るか?」

「……目前の状況は、大谷隊が圧しておりまするな。ただ藤堂殿が無策とも思えませぬ故、いずれ拮抗するのではございますまいか。今の所、笹尾山の戦況が分からぬ限りは」

「そ、そうか……」

「ただし」


 その緊張を演出する低い声に、正成の背筋は伸び切る。親次は正成に向き直って、睨み付ける様に見つめる。


「あれほど疑り深かった大谷隊がどういう訳か、我が軍に対して無警戒にござる。今なら簡単に背後を突けましょうな」

「やはり、そう思うか!」

「ただし!」


 虚を突かれたのかビクッ、と正成の体が震える。利益だけでなく、危険性も親次は提案する。


「元々警戒していた分、脇坂隊らと大谷隊が連携、挟撃策を取って来る可能性大にて。大津城からの援軍も来るやもしれませぬし、討死の覚悟は必要でしょうな」

「むむぅ……其方は、如何したいのだ」


 正成は親次の、ひいては福島家の真意を確かめようとした。


「『我が主』としては、どちらに味方したいかは明白。さりとて、某も命は惜しうございます故」

「ぬぬぅ」

「如何致します、御家老」

「……見極め、未だ成らず。結局のところ最後に決めるのは、秀秋様であるしな」


 判断を保留した正成は陣の奥へ引っ込んでいく。明らかに迷っていた。その様子を見て、親次は密かに一笑した。


――どうやら、時間はまだある様だな。



※軍艦……戦における監督役。戦目付。

※根城坂の戦い……島津義久・義弘率いる島津軍と豊臣軍の戦。宮部継潤らの救援のため、高虎は宇喜多勢と共にたった五百の兵で突っ込み戦果をあげた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ