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Twelve Coins Of Hades ―戦国真田十二文銭―  作者: 大培燕
第五章 決裂、上田城 ―三成発起篇―
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第四十五話 決断 ―三成と信幸―

「秀忠様!小諸まで退かなければ」

「ならぬ!戦線が下がらないまま、総大将だけ退くわけには」

「御命が危のうござるのですぞ!」


 染谷台付近の秀忠本陣は、今まさに奇襲を受けようとしていた。昌幸が潜ませていた伏兵二百余りが、混乱に乗じて秀忠の首を狙ったのである。この一日は、秀忠にとってあまりに重すぎた。その精神的疲労が判断を遅らせている間に……本来ならとるにとらない数であるはずの奇襲部隊が迫る。


「う、うわぁぁ!?」


 秀忠の親衛隊も大いに混乱していた。この奇襲を凌いでも、真田の用兵はあまりに巧み過ぎる。予想外の事態の連続に、思考を停止するのも無理はなかった。万事休す、そう思われた時であった。


「真田軍背後より、更なる軍勢を確認致しました!」

「こ、この上まだ増えるのかぁ!?」

「いえ、旗印が……違いまする、あれは……」


 目を細めて見極めた近習は、すぐさま目を疑った。何しろ、存在しない大名家の旗印である。


「三つ鱗……?北条家の旗印でござる!」

「何ぃ!?いや、どこの家かはどうでも良い!真田を攻撃するのか、しないのか」


 と言っている間に、三つ鱗を掲げる五百余りの兵達が真田の奇襲部隊の後方を突いた。真田と言えども寡兵であった即席部隊は、堪らず西に位置する上田城へ敗走した。

 秀忠を救った英雄部隊は、すぐさま本陣の守りへと着いた。指揮官が秀忠に謁見を願い出る。兜を脱ぐと総白髪の頭に、夥しい顔の皺。壮年の武将である事は確実であった。


「先程は助かった。名を聞こう、指揮官殿」

「今は亡き、相模の獅子・北条氏康、加えて氏政・氏直様が軍師……多目周防守元忠ためすおうのかみもとただでございまする」

「何?あの、多目周防か」


 武田家の山本勘助、上杉家の宇佐美定満とならんで語り草になっている北条の軍師。まだ伝説が生き延びていた事、さらに自らの力となってくれた事に秀忠は感激した。


「しかし何故ここに?」

「現在の主の命なれば」

「誰じゃ?」

「真田伊豆守信幸にございまする」

「い、伊豆……」


――儂は、間違えたのか。


 秀忠は、信幸が内通者ではなく、自分に味方している事を悟った。当然の措置とはいえ、彼への対応を完全に誤った自分を呪った。同時に、この多目元忠をも従えている信幸の手際には驚愕さえした。

 ともかくこの周防の活躍により本陣は立て直し、牧野・本多・大久保隊の負傷者の回収に励んだ。



                    ******


「加賀十二万石・丹羽長重、北ノ庄八万石・青木一矩、加賀五万石・山口宗永、同じく五万石・織田秀雄、それから……」

「もうよい」


 西軍へ加担した北陸諸将の名前を聞いて、家康は溜め息をつく。ただでさえ、大谷吉継の仕掛けた情報戦により脅威を与えられ、徳川方の最大戦力である前田利長軍の南下は遅れているというのに……。これで前田家との合流は一層難しくなった。

 この交渉のほとんどを行ったのも吉継である。今や完全に三成の右腕と化している。たった一人の男に三万近い軍勢の足止めをされているうえ、万を超える兵力を北陸からブン獲られた事になる。


――敵に回すと、ここまで恐ろしい男だったとは……。


 吉継を所詮敦賀五万石の小大名と、高を括っていた自分に業腹の家康。さらに彼の前には、より大きな問題がふんぞり返っている。中山道を行った息子・秀忠隊三万八千からの連絡が、パッタリと途絶えてしまっている事である。当然、岐阜城の本多忠勝・井伊直政からも、秀忠の所在について連絡は無い。

 当然、文も出した。『九月十日までに美濃に参陣すべし』。分かり易い期限までつけたにも関わらず、一切の連絡は無い。つまり文は届いていないか、返書を出す余裕もないと考えるのが妥当である。以上の事柄から道中で戦闘があった事は明らかであり、手こずる相手など一人しか有り得ない。


――真田昌幸……またしてもあの男か。


 もはや上杉討伐へ向かう前の、余裕綽々だった家康はいない。上杉に秀康一万五千、真田に秀忠三万八千……結局中央の戦に仕える徳川家の現状戦力は、家康本隊の三万余り。二百四十万石を誇る家康の動員には、徳川方の誰もが期待していたし、それを見込んで東軍についた諸将がほとんどなのだが……。このままでは最悪、見限られる可能性まで出て来た。


「大殿、如何致します……?」

「むぅ、大津城の現状はどうじゃ?」

「それが……未だ定かならず」

「一番知りたき事柄ぞ……忠勝・直政、それに藤堂高虎との連絡を密にせよ」

「はっ」


 だが、ここまで来ると自らが見た物のみを、家康は信じたくなっていた。様子見に徹していた家康が美濃・赤坂への出陣を決意するのに、時間は一日とかからなかった。

 遂に天下を左右する一戦の下準備が、整い切ろうとしていたのである……。


                     ******


 一方、上田・小諸では周防の用兵により、徳川軍が落ち着きを取り戻していた。秀忠は榊原康政や仙石秀久など、大名格の軍勢を押し出してきたため、寡兵の真田は一旦上田城へ退かざるを得なかった。


「むう、本陣の奇襲が止められるとは……今日一日で決着をつけるはずだったのだがな」

「見破ったのは兄上でしょうな」

「恐らくそうだろう。全く、忌々しい嫡男よ。榊原の三千の兵は、無策で当たればこちらが危うい。暫くはけんだ、源次郎」

「御意。向こうも同じ考えでいてくれれば、時間が稼げる。中央で三成殿が内府を討ち取る可能性が増しまするな」

「……源次郎」

「はっ」

「其方、この一日で」


 大分賢くなったな。そう言いかけて昌幸は口を紡いだ。まだだ、まだ言ってはならないと、必死に自分に言い聞かせた。まだまだこの次男坊には、成長して貰わなければ困るのだ。今日の戦で、色んな事が見えてきたのだろう。戦術の幅、考えの幅が明らかに広がっている。考えてみれば昌幸の息子・信幸の弟なのである。ただの愚鈍であるはずがなかった。信繁に欠けていた物……それは実戦でやれるという自信だったのかもしれない。


                     ******


「では、秀忠公は無事なのだな?」

「はい。秀忠様は伊豆守殿の働きに感謝しておりました。先を読んだその働き、大義なり、と」


 周防を使った信幸の機転によって、秀忠は命を救われた。これでようやく、信幸は秀忠の信頼を得た。論功行賞で役に立つだろう。だが逆にいえば、上田城へ出陣する可能性もあるという事になる。

 しかし信幸に動く気はない。上田への出陣要請が出たら、周防を行かせようと思っていたからである。


「それで、周防……多目元忠は如何にしておるのだ?使者殿」

「こちらへ向かっておりまする」

「何、軍装でか!?」

「はぁ」

「不味い!頼康、皆に伝達!奇襲に備えよ!」

「え?え!?」


 使者の言を聞いた信幸は緩み切った自軍の兵達に戦支度を命じるが、時すでに遅し。周防は砥石城に到着してしまった。


「と、殿!周防殿はまさか」

「奴ならここで裏切る事は有り得る。門は開けるな!」

「しかし、同盟者を無碍にするわけにも」

「む……」


 周防は信幸に、手子生城での敗戦の恨みがある。そう仄めかしていた。もしかしたら昌幸と結託しているという可能性もある。ここで砥石城を乗っ取られれば、上田城との連携が復活してしまう……。敵か、味方か。ここに至って判断に迷うところであったが、埒が明かないので周防と、数名の護衛のみを通す事にした。


「失礼をお許しあれ、周防殿」

「全くだ。功労者に対して労いの言葉どころか、警戒を持って迎えるとは」

「……」

「だが、正解じゃ」


 信幸は周防を睨み付ける。やはりこの男の腹は、そういう方向に捻じ曲がっていたらしい。


「秀忠を助けたとなれば、普通の大名なら私を思い通りに動かせる駒だと確信する。そこが謀反を産む、ところだったのだがなぁ」

「俺を殺そうとしたのか」

「隙があれば、そうするつもりであった。いや、そうできた」

「……何が望みだ」

「連れて行け、美濃へ」


 信幸は驚いた。それほどまでに意外な発言であった。今迄の周防への警戒が、信幸の中で若干緩んだ。


「美濃……どういうつもりだ」

「大戦が起こるのだろう?情報は手に入れておる」

「どうするつもりだ」

「決まっておろう。死に場所よ。儂は齢七十を超えておる。お主を殺す事で花道を作ろうとしたが……お主の警戒という名の敬意に免じて、止めてやろう」

「……」

「その代わり、大戦に連れて行け。本当は単独で行きたいところだが、領地がない私には大義がない。お主の配下としてなら、存分に我が智をふるえるからな」

「断る」


 周防は舌打ちした。この回答を予想していたかのようであった。


「儂は、行かぬ。友と戦う事になる」

「石田、治部少輔か。失望させてくれる」

「失望だと?」

「お主は、何も捨てようとしておらぬ。二者択一の選択を迫られても、そのどちらも守ろうとしておる。大甘だ。氏康公なら、即座に片方を捨てられただろうよ」

「全てを守って、何が悪い」

「恐れておる、日和っておるのよ。お主は冷徹なフリをして他人に当たるが親を、嫁を、友を、弟を失う事を恐れておる。戦国大名失格、落第者じゃ」

「聞き捨てならぬ!」

「なるほど、沼田三万石で満足するわけだ。お前はその程度の器の様だな」

「……」

「今あるものを捨てる覚悟なくば、大功は立てられぬ。内股膏薬に明日は無い。真田幸隆、真田昌幸でさえその都度旗色を明らかにしてきたのだ」


 周防の言葉に、信幸は返す言葉も無かった。


「美濃へは」

「……行かぬ」

「お主はそうやって、いつまでも玉虫色でいるがいい。今のこの城なら、いつでも落とせる。だが腑抜けの守る城なぞ、欲しくも無いわ。一の丸に逗留させてもらう。よいな?」

「勝手にしろ」


 周防は、軍勢を砥石城内に入れたが乗っ取りはしなかった。まるで信幸を憐れむかのように。 


                    ******


――ザー、ザー。


 そして夜が更けた。信幸の心の疲労を表すかのように、豪雨が降りしきる。時は西暦1600年、9月5日。信幸は中央からの戦勝報告を待っていたが、家康から秀忠への連絡は一通の文も届かない。三成と家康は、ぶつかり合ったのか、はたまたぶつかり合っている最中なのか。


――どちらにしろ、俺はその場には行けない。野戦なら、内府殿が勝つだろう。あとは、三成の助命が叶う事を願うのみだ……。


 三成は腹を切らされる可能性が高い。だが上手くやれば……島流しで済ませられるのではないか。そう信幸は考えた。隠岐か、佐渡かに流してしまえば、復帰は難しい。その嘆願を、自分がすればよい。これが最良の形である。


 家族を持った信幸には、何かを捨てるという選択肢は無かった。このまま、このまま行ってくれれば。賢いが故、切れ者であるが故。全てを守る選択を続けた。

 もう少しで、全てが終わる。そう考えていた時であった。


――ゴトッ。


「誰だ!」

「殿」

「……才蔵か。この間はすまなんだな」

「勿体なきお言葉。それで、一つお伝えしなければならぬ事が」

「何だ」

「密使を捕えましてございます」

「密使?」


 誰からの、と言いかけて信幸は口を閉じた。それを聞いてしまうと、全てが壊れる予感がした。だが、才蔵は迷わなかった。


「石田、治部少輔様からの、密使でございます」

「……確かか?」

「はっ。書状の花押を確かめられるとよろしいかと。如何致しまするか」

「……離れに待たせておけ」

「離れに?」

「見張りをつけろ」


 信幸は書状を才蔵から受け取ると、震える手で中身を確かめた。


――何だ、これは!?


 記載されていた事。それは信幸の西軍加担への礼から始まった。その文章を見た瞬間に、信幸は昌幸の策である事に気づいた。恐らく、論功行賞で有利に立つため、信幸が敵になったという負の要素を隠したのだ。

 そして続きの事柄は、九月十日を目途に、美濃・赤坂へ相手を引きずり出す策がある事。西軍は七、八万の軍勢を持っている事。そして極めつけは……。


「才蔵……才蔵!」

「はっ」

「この布陣図……確認するが、お主のデタラメではないだろうな」

「……花押を」

「分かっておる!」


 筆跡も三成の物、花押も三成の物。間違いなく三成の直筆であった。だが、その布陣図は滅茶苦茶であった。家康本隊三万を、毛利軍二万、石田軍一万、そして島津、立花、小早川ら……他の諸将で囲んでいる。どうあっても家康が負けるという布陣であった。

 当然、三成が希望的観測で書いた物である事は予想がついた。だが……全くのデタラメであるはずが無い。文書と言う物は誇張して書くことで、指揮を上げるのに利用するものだが全くの誤情報は与えない。つまり兵数以外は全くの嘘偽りではない、と見るべきであった。


――馬鹿な。内府殿がこの様な状況に陥るなど……!?


 信幸は落ち着いて考えた。家康の事である、恐らく若手の大名を狙って調略の手筈はしているだろう。だが、その調略が十割型成功する保証など、どこにもない。

 野戦なら、必ず家康が勝つと思っていた。だがこの現状が本当なら、むしろ分が悪いではないか。信幸は体から溢れ出る冷や汗を止められない。家康が負ける。それだけはあってはならない。家康が負けるという事は、三成が勝つだけでなく、上杉が勝つという事。領土拡大し、越後を悠々と取り返した『あの』主従は、次に天下を狙うだろう。それだけは許してはならない気がした。上杉を中心とした天下……上手く続く気がしない。


――徳川を勝たせるには……秀忠公を連れて行くしかない!


 現在9月5日。五日で三万の大軍が、赤坂まで辿り着けるかどうかは疑問……というより不可能に近い。開戦の時期など状況で幾らでも変わる。つまり、今すぐ出発しその旨を家康に伝えられれば、数で状況を打開できる。そして三成は、西軍は信幸を味方だと思っている。六文銭を掲げて美濃へ着陣すれば、この状況を利用して多大な戦功を挙げられる可能性が高い。


 これは日本最大級の大戦である。この合戦に参加し、武名を上げる。それは将たる者にとって、何よりも心躍る事であった。先日、才蔵に言われた事。それは本心をついていたのかもしれない。そして布陣図には、かねてより決着をつけたいと思っていた男の名前もあるではないか。戦人としての優劣を、信幸の心は決めたがっていた。

 だが……それは、この書状を届けた友を、三成を裏切るという事になる。


――いや、裏切りではない。三成が勘違いしているだけ……奴の勝手な思い違いを、俺が利用する。それだけではないか……。


 もし本当に武功を立てたいのなら、ここは迷うべきでは無い。だが三成は、友であった。信幸は、決断を迷っている自分に気づき、思い切り首を振る。何とか中立を保てないかと、考えを巡らせる。が。 


「この書状、使者に託したのはこれのみか?」

「自分以外にも……複数の使者に持たせたと、使者は申しておりました」

「くそったれが!」


 複数持たせたという事は、下手をすれば徳川の哨戒に引っかかる可能性がある。この書状と同一の内容が秀忠に見聞されれば、(事実でないにしろ)信幸が西軍に加担したという証拠になってしまう。逆にこの書状と、使者の首を持っていけば、家康の窮地を救えるばかりか、来る決戦に遅参寸前である秀忠も救う事になる。一刻も早く、決断しなければならなかった。


「そうか。小松が言っていたのは……」


 出陣前、小松が言っていた事を思い出す。


『もし、岐路に立たされ……二者択一になったら、迷わず私を切り捨てて下さいませ。案じ召されるな、私は恨み申しませぬ。努々、どちらもとろうと思い召さるな。優柔不断は武将の恥なれば。必ず、択一の選択を遂げるのです』


 周防の言も、胃にズシリと圧し掛かる。


『恐れておる、日和っておるのよ。お主は冷徹なフリをして他人に当たるが親を、嫁を、友を、弟を失う事を恐れておる。戦国大名失格、落第者じゃ』


 信幸は思った。ここでこの選択を一生保留出来たら、どんなに幸せだろうと。ここでこの手紙を握り潰し、見なかった事に出来たら、どんなに幸せだろうと。


「……」

「殿、使者殿を待たせておりまする。如何致し……」

「黙れ!」

「はっ、も、申し訳」

「……すまぬ。静かにせよ、才蔵」


 もはや、利では選べない。自分が守りたいものを、本当に守りたいものを一つだけ選ばなければならない。もう一度、書状に目を通す。連絡事項、布陣図に続く三つ目の書状に、三成の感謝の気持ちが添えられていた。


―――――――――――――――


 そなたが我が大坂方へ加担してくれた事、誠に有難く思う。秀頼様を守りたい気持ちは、其方も同じだったと思うと、この上なく心強い。我百万の軍を得た心地也。

 思えばあの測量の時より、我らは共に歩んでまいった。幾度となく酒を酌み交わし、政について議論を行い、戦についての考証もしてきた。忘れもしない、大坂での仕事が嫌になった時、愚痴を聞いてくれたりもして下さったな。今だから言うが、我らの屋敷を近所にしたのは、俺が太閤殿下にお願いしての事なのだ。

 此度の戦が終わったら、また大坂で酒を飲みたく思う。だから上田で戦うにしても赤坂へ参陣するにしても、無事である事を第一に願う。其方なら、上手くやれると信じている。故に今しばらく、其方の智力をお借り致す事、許されよ。


                            さいつ殿へ

                            石田治部少輔

                            ―――――――――――――――


 その文章に三成との記憶が蘇る。 

 恩があった。沼田や上田の検地を手伝ってくれた恩。唐入りへの参加を止めてくれた恩、悩みを話し合い、共に解決して来た恩。


――三成……!何故、ここまで俺を苦しめる!


 この手紙を、心から憎んだ。日和見を決して許さないこの手紙の存在が、親の仇の様に憎い。

 小松と忠勝への裏切りか。三成への裏切りか。小松は、例えそうなっても気にしない旨を伝えてくれた。だが、裏切れば疎遠となる事は明白であった。信幸は小松も、三成も。どちらも欲しかった。二者択一から逃げ続けたツケが、今回ってきた事。それを信幸は自覚した。

 

 もう、日和見は出来ない。戦国大名・真田信幸。どちらかを捨てる、決断の時である。

 

 才蔵は、信幸の顔を仰ぎ見た。暗闇の中の信幸は、どの様な顔をしているか見えない。否、例え見えたとしても、それがどんな表情か読み取る事は出来ないかもしれなかった。


「才蔵」

「はっ!」

「離れに行くぞ」


 そして半刻後、信幸の腹は決まった。離れへ待たせてある使者の元へ、才蔵と共にゆっくりと歩み寄る。使者は信之の、怒・哀の入り混じった複雑で、尚且つ迫力のある表情に思わずのけぞった。


「い、伊豆守様……!?」


 使者の怯えきった顔を見て、ますます信幸の表情、息遣い、心拍。生命を司る全てが乱れていく。


 保留したい回答義務だった。だが、どんなに神に願おうとも、戦国大名の宿命からは逃げられない。


――これが俺の答えだ、小松。


「才蔵」

「はっ」

「その使者を、」























                    「斬れ」














 文字通りの決断であった。信幸は雨で表情を隠しながら、使者の首と書状を持って秀忠の元へ向かった。

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