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Twelve Coins Of Hades ―戦国真田十二文銭―  作者: 大培燕
第三章 忍城の試金石 ―周防逆襲篇―
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第二十二話 女の守る城

 初陣を果たし、殺人童貞を捨て去った信繁。続いて碓氷峠・磐根石いわねいしに殺到して来た大道寺軍との乱戦で、大いにその武才を開花させることとなった。


「くっ、流石は腐っても大道寺の強兵であるな。松井田城まで何とか敗走させ、勢いで攻城戦へ移りたいのだが」

「兄上、お任せあれ!」

「信繁?どうするつもりだ」

「てあぁぁぁ!」


 信繁は大道寺軍に単身、槍を持って突っ込んでいく。意表を突かれた合計千人の大軍は直線的に突き抜けるその槍を抑え込もうとしたが……。


「ふんぬっ」

「くあっ、この小僧何という力を!?」


 一人の兵卒を突き刺したまま、クレーンの様に槍を回転させる。槍を半径とする円周上にいた北条兵は忽ちなぎ倒され、軍勢は混乱を極めた。


「よくやった信繁!鉄砲隊、ってぇー!」


 中央の信繁を避けるように、信幸の鉄砲隊が両翼を狙う。堪らなくなった大道寺軍は、遂に松井田城まで後退しまったのである。これを追いかけるように真田軍が松井田城に押し掛けた。


「でかしたぞ。こうなれば俺達の勝ちだ」

「しかし、数は未だに二千近くござりますれば」

「勝頼様と同じだ。新府に籠ったのが失策であった、勝頼様とな」

「ああ、援軍がないという事でござりまするか」


 そう、この時秀吉軍は恐ろしい勢いで北条の支城を落としていた。その影響で当主・北条氏直と隠居の氏政は小田原城に籠城を開始してしまう。秀吉軍にとっては時間のかかる厄介な戦法だが、この行動によって援軍の余地は消えたのである。


「しかし、時間をかけすぎると真田や上杉の名は地に落ちまする」

「そういう事だ。あとは父上の腕の見せ所だな」

「父上の腕?」

「まぁ見ていろ。真田昌幸という武将の恐ろしさを」


 上杉・前田・真田の連合軍は松井田城の外から固める方針をとった。松井田城の周辺にある支城はどれも山城であったため、攻略が難しいと思われたが……。


「国峯城、小幡殿が開城に応じた由」

「板鼻城、落城!」

「後閑城、開城されました」


 難攻不落である山城が、真田昌幸・直江兼続・藤田ふじた信吉のぶよしらによって次々と落とされていく。信繁も、信幸でさえも驚いた。


「父上、一体どの様な話術を使ったのですか?」

「何、降伏すれば一族郎党、命は助けると言えば小城は落とせよう?」

「え……」

「まぁ、それを決めるのは儂ではないがな」


 言うは易し、行うは難し。倫理観に囚われない昌幸の奇策、否、鬼策であった。

 続いて昌幸は単独で水脈を立ち、兵糧攻めを開始した。連合軍は大坂から調達される米があるが、城内には何の援助もない。一ヵ月かかったが、遂に松井田城は開城に応じた。


「ふぅ、ようやくじゃったのぉ」

「さすがは父上でござりまするな」

「信繁、お主もようやった。関白殿下にお主の活躍も伝えよう。だがな、これは前田と上杉あっての戦法じゃ。寡兵の時には、寡兵の時の戦い方がある事を覚えておけ」

「え?は、はぁ」


 この時の昌幸の言う『寡兵の時』が何を指すのか。信幸は分かっていたが、信繁がそれを知るのは……十年後の事であった。


                    ******


「この戦もそろそろ終わってしまうのぉ。何やら寂しいのぉ」

「上杉の陣へ帰らぬか。貴様がここにいると、また俺がとばっちりを食ってしまう」

「良いではないか信幸、弁丸の初陣祝いという事で」

「弁丸ではござらぬ!源次郎信繁と呼んで下され、前田殿!」


 北条ほうじょう氏邦うじくにの守る鉢形はちがた城を前田・上杉・真田軍が包囲していた。その数は三万。後は開城を待つのみと言った状況で、軍全体が緩んだ雰囲気に包まれていた。その雰囲気につられて慶次郎が信幸の陣に遊びに来ていた。


「おぉすまんすまん。儂にぶっ飛ばされた弁丸のままではないのだなぁ。いやぁ、時の流れと言う物は恐い」

「ほぉ、そこまで言うならまた立ち合いまするか?」

「応、望むところ」

「止めんか、阿保共が!」


 自分の陣で喧嘩など、後の責任問題に発展しかねない。信幸は二人に酒を注ぐ事で事なきを得た。


「ぷはぁっ、やはり戦場で飲む酒は格別であるの!」

「うぅん、某はあまり……」

「まったく、欲の尽きない爺だ。信繁は無理に飲むなよ」

「ははは、まだまだガキだの、信繁は」

「ところでせっかく来たのだ、上杉の内情でもバラして行け」

「それはならぬ」

「それはなりませぬ、兄上」


 信繁までも、珍しく信幸を責めた。直江兼続への恩はまだ忘れていないらしかった。と、その時である。


「若殿、信繁様、失礼致します」

「佐助か、如何した」

「関白殿下より、信繁様宛の書状でござりまする」

「何ぃ!?」

「大殿にも同じ物が届いており申した」

「読め」

「しかし……」


 佐助は慶次郎の方を見やる。他家の家臣に情報を与えるのは憚られる。


「慶次郎は阿保だから良いのだ。読み聞かせよ」


 慶次郎は嬉しいやら悲しいやら、よく分からない表情で眉間をヒクヒクさせている。


「では。北条家支城・忍城おしじょう攻めにて豊臣源次郎信繁殿に三千の兵の指揮を命ず。石田治部省、直江山城守と共に、来る六月一日までに到着されたし」

「さん……ぜん?」

「馬鹿な!信繁に左様な」


 事が出来るはずがない、と言いかけた信幸だったが、五年前に弟の心を傷つけた事を思い出す。ここは寧ろ笑って励ましてやるべきであった。しかし。


「信繁。ここは昌幸殿を通して断っておいた方が良いのではないか」

「慶次郎、それは」

「昨日今日初陣を果たしたガキが、いきなり指揮を執れると思うか?」

「……」


 正論に押し黙る信幸。だが、青い信繁は反論せずにはいられない。


「初陣は遅かった事は間違いござらぬ。が、兄上は十八の時には既に指揮官であらせられた。ならば、某にもできまする!」

「まぁ、俺は上杉の者だから関係ないが、忠告はしたぞ。ではな、直江様にはよろしく言っておく」

「それは言わなくてもよい」


 憤る信繁をよそに、慶次郎は自軍の陣地へ帰って行った。今度は信幸が信繁を諌める番である。


「案ずるな。恐らく関白殿下は父上に軍監を頼んでいるはずだ」

「父上も、一緒に?」

「ああ。だから指導して貰えば良いのだ。八王子ここは俺に任せておけ。忍城に行って来い!」

「はいっ!」


 信繁は意気揚々と、昌幸の陣へ走って行った。残った佐助を信幸が睨み付ける。


「分かっておるな」

「はっ?」

「お前がついて行け。死なせるなよ、弟は真田に必要だ」

「ははっ」


                   ******


「三成殿、お久しぶりにございまするな!」

「と言っても二か月ほどだがな。息災か、信繁」


 六月一日、信繁は昌幸と共に忍城下に到着した。三成は水攻めに使う堤の工事の指揮を執っている最中であった。


「はい、兄上にもご指導頂きましたゆえ

「『信濃の獅子』か。俺も一度は会ってみたいものだ。昌幸殿も御無事で何より」

「まぁ、儂は『表裏比興』だからな。危なくなったら裏になるわさ」

「あ……申し訳ござりませぬ」

「もうよい。構わん」


 昌幸にしても、この渾名は気に入っていなかったらしい。三成に一矢報いてみたかったのだろう。


「それで、首尾しゅびは」

「殿下は水攻めをしろとの下知でしたが……正直、時間がかかりまする」


 秀吉はこの忍城攻めを、佐竹義宣さたけよしのぶを始めとする東国の大名達への示威行動として使うつもりであった。毛利や雑賀を封じ込めた水攻めは秀吉の真骨頂とも言える戦法である。『逆らえばここまでやる』という圧力を伝えようとしたのである。


「同感だな。水攻めをしている間に小田原が落ちるのではないか」

「とすると?」

「正攻法だ。こちらは一万を超える大軍なのだからな」

「兼続殿も同じ事を申しておりました。殿下の意向も尊重して、堤は工事だけでも終わらせましょう」

「うむ。『女の守る城』だからなぁ。時間をかけるわけにはいくまい」


 信繁は眉間に皺を寄せた。『女の守る城』。この忍城は豊臣連合軍の中ではそう呼ばれつつあった。

 城を守るのは、城主・成田氏長なりたうじながの娘・甲斐姫かいひめと、その親戚・成田長親なりたながちか。この二人であると専らの噂であったのだ。

 それもその筈、最も目立つ天守の縁側に、今も変わらずその娘が立っているのだから。


「女が戦場に出るなど……舐めておりまするな」

「憤るな源次郎。それが策かもしれんでな」

「ご案じめされるな父上。某が、きっと落としてご覧にいれまする!」


                   *******


 一方、天守に立つ甲斐姫は震えていた。ざっと見て一万はいる敵の前に姿をさらすことが、恐ろしくて堪らないのだ。もし落城すれば、あの屈強な連中に嬲り、犯され、殺される……。


「あ、あの……長親殿」

「何だ、甲斐」

「いつまでここに立っておればよろしいのですか?」

「う、うぅん……儂に聞かれても、答えはでぬぞ」

「では、あの軍師殿を呼んで来て下さい!もう恐ろしうて敵いませぬ!」

「しかし、あの方は寝込んでおられるのだ……」


 すると、天守に一人の老人が上って来た。


「うぅん、老体にはキツイ傾斜だな、ここは」

「ぐ、軍師様!お体に触りまする」

「はぁ?何を言っているのだ、仮病に決まっているだろう」

「け、仮病?」

「私が全快だと敵に知れたら、『女の守る城』では無くなってしまうからな」


 老人は天守から顔を出すと、ある旗印を探し、見つけた。横で見ていた甲斐姫はその眼の血管が浮き出る様を見て、背筋を凍らせる。

 目線上には、『真紅の六文銭』の旗印があった。


「見つけた……六文銭、色は違うが、六文銭……」

「あの、六文銭が如何されたので?」

「あのガキ……真田源三郎信幸。今は『信濃の獅子』だったか。私を負かしてのけた若僧め、再び我が面前に来よったな!」


 老人の腰が、見る見る内に据わって行く。闘気が体に充満していた。

 

「す、周防様……」

「残念だがあの男に復讐を遂げるまでは、私はまだまだ死ねんなぁ。フハハハ!」


 この城の本当の守り手、相模の獅子・北条氏康の元でその名を轟かせた、伝説の軍師。北条五色備『黒備え』の多目ため周防守すおうのかみ元忠もとただ。信幸がそこにいないとも知らずに、一方的な復讐の炎を燃やしていた。

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