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第17話 和彦の弱点

「殺してないよ」


その聞き覚えのある声に一部の人間を除いた全員が驚き、振り返る。


「秀雄さん!?」


寿々菜が叫んだ。

胸に赤い血を滲ませながらそこに立っているのは、なんと死んだはずの秀雄ではないか。


「ど、どうして?どうして秀雄さんがいるんですか?死んだんじゃないんですか?」


寿々菜以外は驚きの余り声も出せないのか、ただただ目を丸くして秀雄を見ている。だが、和彦に驚いた様子はなく、口の片端を上げてニヤリと笑った。


「お。やっと来たか。もう死んだ振りはおしまいか?」

「やはり岩城さんは気づいてたんですね。さすがです」


と、秀雄が微笑む。


「今まで何度か本物の死体を見たことがあるから、一目ですぐに分かった。武上だって気づくはずなのに、なんでだか『死んでる』なんて嘘を言うから、これはなんかあるなと思ったんだ」

「ばれてたか」


武上が息を吐きながらそう言った。


「当たり前だ。死体に誰も近づけなかったり、死体見に行くのを渋ったり、秀雄の死体しかない部屋のドアをノックしたり、秀雄のポケットから一発で鍵見つけたり・・・不自然すぎだっつーの」

「それもそうだな」


唖然としていた祭路が我に返り、秀雄に駆け寄ろうとした。が、その祭路を押しのけて玲子が秀雄に抱きつき、ついでに熱烈なキスをする。秀雄は恥ずかしいのか単に窒息しそうなのか、真っ赤だ。


「秀雄さん!生きてたのね!よかったわ!」

「し、心配かけて悪かったね、玲子。玲子を疑ってたわけじゃないんだけど、この計画は知っている人が少ないほうがいいと思って、武上さんと僕だけで実行したんだ。これはもちろん、血糊だよ。僕が準備した」


と、自分の胸を指差す。


「実はパーティの招待状も岩城さんにしか送っていない。刑事のお友達もご一緒にどうぞって添えてね。武上さんにはここで直接協力をお願いしたんだ」

「じゃあ、秀雄さんが死んだ---って思って私達が集まってた時に、刑事さんが『招待客に断りの電話を入れた』って言ってたのは・・・」


玲子が秀雄に抱きついたまま武上に振り返ると、武上は肩をすくめた。


「でたらめです。もちろん地元の警察に連絡もしていません」

「なーんだ、そうだったのね」


一方、玲子に抱きつかれたままで苦しそうな秀雄も、モンさんの方を見る。


「モンさん、悪いね。モンさんがせっかくパソコンで作ってくれた招待状、岩城さん宛ての以外は送っていないんだ」

「坊ちゃんが生きっとったんじゃ。構わんよ。今回作ったテンプレートを活用して、次は坊ちゃんの結婚式の招待状を作ればいいんじゃ」

「モンさん・・・」


和彦が「げっ」と言ってモンさんを睨む。


「あの仰々しい招待状、てめーが作ったのか!?」

「そうじゃ」

「こう見えてモンさんはパソコンに強いんですよ」


秀雄がフォローを入れる。


「ほら、あそこに飾ってある壷。あれもモンさんがネットオークションで競り落としたんです」

「・・・携帯も知らないくせに」

「んん?もしかしてケータイっちゅーんは、コレのことか?」


そう言ってモンさんが取り出したのは最新のスマートフォンである!


「知ってんじゃねーか!つーか、持ってんじゃねーか!」

「これはスマホっちゅーんじゃ。最近のワカモンはそんなことも知らんのか」

「て、てめー・・・」

「ここは電波が届かんから、ワシが自前のプチ電波塔を作って使えるようにしたんじゃ」

「あ、モンさん、ついに完成したんですか?」

「はい、坊ちゃん。これからはここでもスマホが使えますぞ」

「助かるなあ。さすがモンさん。仕事がはかどるよ」


唖然というか呆然というか、とにかくポカンとしている和彦、別の意味でポカンとしてる祭路・上山・駿太郎、苦笑いの武上、恋人達の再会(?)にウルウルしている寿々菜を取りあえずおいておいて、次に秀雄が視線を向けたのは・・・母・静香である。


「お母さん」

「秀雄・・・」


2人の表情が硬くなる。しかし先にいつも通りの声を出したのは静香の方だった。


「やっと死んだ振りは止めたのね」

「気づいてたの?」

「当たり前です。私はあなたの・・・母親ですよ」


秀雄の表情も和らぐ。


「うん。お母さんがお父さんと僕のことを愛してくれてるのが分かったから、死んだ振りをした甲斐があったよ。試すみたいなことをしてごめん」

「秀雄、」

「おい、ちょい待った」


寿々菜ウルウル度急上昇のこの場面で和彦が冷静に突っ込みを入れる。


「あんた、秀雄が死んだ時悲しんでたじゃないか」

「それは秀雄が死んだからじゃないわ。親として子供に思いつめさせたことを後悔してたのよ」

「外で泣いてたのも?」

「泣いてたいた?私が}


静香が斜め上の宙に視線を泳がせながら回想する。


「ああ、あれは花粉が目にしみたからよ。私、花粉症なの」

「・・・適当に言ってみるもんだな」


部屋の中に明るい笑い声が響く。その笑い声には静香の声も混ざっていた。

こうして、長きに渡る祭路家の呪縛は無事解かれたのだった---




そして。


「和彦!」


武上が見覚えのある招待状を片手に和彦の所属する弱小・門野プロダクションの事務所にやってきたのは、祭路家のドタバタから1ヶ月が経った頃だった。和彦はいい加減祭路家のことを忘れていたのだが、昨日武上と同じ招待状を受けとって思い出したところだ。


「武上さん、こんにちは」


そう言って小さな事務所で武上を迎えたのは寿々菜の笑顔である。お怒りモードだった武上のスイッチが一瞬で右から左に振れる。


「あ、あれ、寿々菜さん?こんにちは。今日はどうしたんですか?事務所にいるなんて珍し・・・くないですね!そうか、お仕事ですよね、うん、そうですよね」


若干厳しいが、そこは目を瞑ろう。まあ、寿々菜も元々深く考える性質たちではない。


「お仕事きてないかなー、と思って来てみたんですけどやっぱりなくって、郵便物の仕分けのお手伝いしてました」

「そうですか!素晴らしいお仕事じゃないですか!」

「はい。全部KAZUへのファンレターです!さすが和彦さん、凄いですよね!」

「・・・」


思い出した。その和彦に用があってやってきたのだ。


「それで、その和彦は?」

「今社長とお話してて・・・あ、来ましたよ」


「社長室」と呼ぶには「社長」に申し訳ないような、ちっこい、もとい、控えめな部屋から和彦とマネージャーの山崎が出てくる。山登りを拒否して今回和彦に同行しなかった山崎だが、そこでの和彦の活躍を寿々菜から聞き(だいぶ誇張されてはいたが・・・)、地団太を踏んだものだ。

そうそう、今日武上がここに来たのは、その山登りと関係がある!


「おー、武上じゃねーか。相変わらず暇そうだな」

「忙しいに決まってるだろ!たまたまこの近くで聞き込みしてたから寄ったんだ。お前に用があってな」

「よく俺がここにいるって分かったな。どっかで撮影しててもおかしくないのに」

「山崎さんに電話して聞いた」


和彦が「余計なことを」と山崎に視線を送る。


「武上さんが急用だとおっしゃるので」

「ほー。この俺を足止めするくらいなんだから、よっぽどの急用なんだろうな、武上」


そう和彦が言うや否や、武上が手に持っていた招待状を和彦につきつけた。


「なんだ、これは」

「何って祭路家からの招待状だろ。俺のところにも来た」


和彦がうっとうしそうに目の前の招待状を手で払う。


「てっきり秀雄と玲子の結婚式の招待状かと思ったら、駿太郎と上山だったな。駿太郎の逢引の相手は上山か。あのマセガキめ」

「ガキじゃない。駿太郎さんはああ見えてもう30歳だ」

「はぁ?」

「秀雄さんが自殺の芝居の相談を俺にしに来た時、人間関係を色々教えてくれた。秀雄さんの前の恋人は上山さんで、玲子さんと出会って上山さんを振ろうとしたが、実は上山さんが先に駿太郎さんと浮気してたらしい。秀雄さんは苦笑いしながら、年上の男性には敵いませんね、って言ってた」

「あのガキが30・・・ありえん」


和彦はどちらかと言えば大人っぽく見られる方だが、駿太郎もどう贔屓目に(?)見ても20代前半だ!


「『るろうに剣心』みたいな奴だな」

「お前はまた懐かしい漫画を・・・」

「ルロウニケンシンってなんですかあ?」

「なんだ、スゥは『るろうに剣心』も知らないのか」

「山崎さんは知ってるんですか」

「もちろんだ。あんな名作、知らない人はいない」

「よし、じゃあ今から俺が漫喫連れてってやるよ」


そう言って寿々菜を連れてこの場を逃げようとした和彦だが、それを見逃す武上ではない。(ついでに言うと、マネージャーの山崎も次の仕事があるので見逃せない)


「待て。こないだの秀雄さんの誕生日パーティの招待状にはこんなものは入ってなかったよな?」


武上が厚手の封筒から招待状とは別の、地図のような物が書かれた紙を取り出す。


「この前の招待状は武上には来てなかっただろ」

「お前が俺に渡したんだろ。その中にこんな地図はなかった。招待状だけだった」

「そーだったっけー?」


すっとぼける和彦。代わりに寿々菜がその地図を覗き込む。


「私のところにも昨日この招待状が届きました。そう言えばこんな地図が入ってましたけど・・・何の地図かよく分からなかったです」

「ヘリポートの地図ですよ」


武上が憤然として言う。


「あんな金持ちが徒歩やバイクで山を登ったり下ったりするなんておかしいと思ってたんだ!ちゃんと専用のヘリポートとヘリを持ってるじゃないか、和彦!」

「ふーん」

「ふーん、じゃない!なんでわざわざトレッキングしなきゃいけなかったんだ!前に招待された時だって、ヘリが準備されてたんだろ!?」

「へー。知らなかったなー」

「お、お前な・・・」

「武上さん、武上さん」


すっとぼけ続ける和彦に代わり、今度は山崎が小声で武上を呼ぶ。


「なんですかっ!」

「実は・・・和彦さん、ヘリがダメなんですよ」

「・・・は?」

「飛行機も。飛ぶ乗り物が苦手なんです」

「・・・」

「海外ロケの時とか大変なんですよ、飛行機は嫌だって渋っちゃって。まあ、無理矢理乗せますけどね」

「・・・・・・」

「『御園探偵』のロケで祭路さんのお宅に行く時も、スタッフはみんなヘリだったんですが、和彦さんだけ歩きだったんで、それに付き添った僕は大変でしたよ」

「・・・・・・・・・」


寿々菜の頭の上に昔懐かしい裸電球が灯る。閃きマークだ。


「そう言えば、雑誌に載ってた和彦さんのプロフィールに『苦手なもの:飛行機』って書いてありました!そうそう、私それ読んで『かわいいなあ』って思ったんでした」

「マネージャーは『かわいいなあ』じゃ済まないぞ・・・もちろん、和彦さんのためなら、火の中でも水の中でも山の中でも付き合うがな!」

「わ、私だって富士山にだって登りますよ!」


寿々菜と山崎が変な意地を張り合っている横で、武上がイタチ目で和彦を見る。


「へぇ~、飛ぶ乗り物が苦手、ねえ」

「な、なんだよ」

「ほぉ~」

「だから、なんだよ」

「べつに~」

「・・・」



前に和彦達と新幹線で京都旅行をしたっけな。

次は飛行機で北海道だ。



こうして武上は1人で密かに北海道旅行の計画を始めたのであった・・・。







―――「アイドル探偵 10 憎さあまって可愛さ100倍?編」 完 ―――





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