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第16話 殺してないよ

「私の両親と祭路の両親は旧友で、私は幼い頃親に連れられてよくここに来ていたわ。祭路とも何度か会ったけど、歳が離れていたから余り話す事はなかった」


静香は誰に向かって話すでもなく話したが、寿々菜にはそれが静香が意図的に祭路を見ないようにしているように思えた。

ただ、そこにあるのは憎しみではないようだ。


「だから私はここに来てもいつも退屈で、1人で庭を散歩していたの。そんな時、ここの使用人の花子さんに会った。彼女は庭でリンゴを摘んでいたわ。御主人様の好物なのよと嬉しそうに教えてくれた」


そう言えば駿太郎も同じことを言っていた。ただ駿太郎の言う「御主人様」は祭路ではなく、その息子の秀雄のことだったわけだ。


「私と花子さんはすぐに仲良くなったわ。一人っ子で友達も少ない私にとって花子さんは姉のような存在だった。だから私は大きくなってもよく1人でここに遊びに来てたの」


それを聞いた祭路が驚く。


「そうだったのか」

「ええ。屋敷の中には入らず庭で花子さんと話してばかりいたから、あなたは知らないでしょうね」

「ああ・・・今初めて知った」

「でも私は当時からあなたのことをよく知っていたわ。花子さんからいつも聞かされていたもの。花子さんが二十歳位の時に2人がこっそり付き合い始めたことも聞いたわ。花子さんはとても幸せそうだった」

「・・・」

「私も2人がこのまま幸せになれたらいいな、と思っていた。ところがある日、いつものようにここの庭に来たら・・・花子さんがうつ伏せに倒れていた」


静香の声が悲しみとも怒りともとれる震えを帯びる。


「死んでいるのはすぐに分かったわ。近くに便箋が・・・遺書が落ちていて、私はそれを読んで花子さんが祭路を刺し殺したことを償うために自殺したのだと知った。確かに花子さんのエプロンのポケットには血のついたナイフが入っていたわ」


ここで静香はようやく祭路を見た。それは先ほどの曖昧な声とは違って、周囲を震え上がらせるような激しい怒りを湛えた視線だったが、しかしその視線の正面にいる祭路には何故か怯える様子は見られない。


「花子さんを振った祭路を恨んだけど、祭路自身も死んでいるのだからもう仕方がないと思った。それにその時私は、祭路の婚約者候補が自分だなんて知らなかったの。それなのに、祭路は生きているし、いきなり親に祭路と結婚しろと言われるし・・・。もちろん私は花子さんを死なせた祭路と結婚するなんて絶対に嫌だった。だけど思いついたの。このチャンスを利用して、花子さんの代わりに祭路に復讐しようって」

「花子の代わりに復讐、ね」


和彦が小馬鹿にしたように笑った。


「その為に祭路と結婚したのか」

「そうよ」

「そりゃ嘘だな」

「・・・なんですって?」


はっきりと言い切る和彦に静香の怒りの視線が向かう。


「だってそうだろ。本当に花子に代わって祭路に復讐しようと思うなら、祭路と結婚なんかせずにさっさと祭路を殺せばいいだろ」

「本人を殺すだけが復讐じゃないわ」

「なるほど。それであんたは祭路と結婚し、秀雄を生んだ。そして秀雄を殺した」

「・・・」

「つまりあんたは祭路本人を殺さず、祭路の大事な息子を殺すことで復讐をしたんだ」


静香が息を吸い込み、そのまま息を止めて下唇を噛んだ。その様子が寿々菜には、和彦に・・・いや、祭路に何か言いたいのを懸命に堪えているように見えた。

そしてそれは祭路も同じだった。


「おばさま・・・」


玲子がよろめきながら静香に言う。


「本当なんですか?本当におば様が秀雄さんを・・・?」

「・・・それは・・・」

「やっぱ嘘だな」


戸惑う静香を見て、和彦は確信を持ってそう言った。


「・・・嘘じゃないわ」

「じゃあなんでわざわざ秀雄に脅迫状を出した?そんなことしたら秀雄は警戒するだけだろ。第一、復讐のために子供まで産むか?」

「・・・」

「仮にそうだったとしても、なんで24年も育て続けた。もっと早く殺せばいいだろ」

「立派な息子に育てば育つほど、それを失った時の祭路のショックが大きいと思ったのよ」

「それはあんただって同じだろ」

「そんなこと、」

「それにしたって24年は長すぎる。何の愛情も無く24年間も子供を育てるなんてできない。ましてや殺すためだけに育てるなんて」


いつの間にか和彦の口調は真剣になっていた。その真剣さに静香達は言葉を失い、寿々菜と武上も驚きながらも引き込まれていった。


和彦と静香の距離が一歩縮まり、静香の視線が床に落ちる。


「親は、特に母親は、どうしたって子供を可愛く思ってしまう。そりゃ育ててる途中に挫ける母親もいるけど、産む前から殺そうと思って子供を産んで育てるなんて、できっこない」

「・・・」

「どうして祭路と結婚した?どうして秀雄を産んだ?どうして24年間も一生懸命秀雄を育てた?」

「・・・」

「それに、どうして泣いてた」


ハッとして静香が顔をあげる。


「教えてやろうか。答えは簡単だ。あんたは祭路を愛してるんだ」

「・・・まさか」

「自分の気持ちを隠してたのか、自分でも自分の気持ちに気づいてなかったのか知らねーけど、あんたは祭路を愛してたから祭路と結婚し、祭路の子供を産み、育てた。秀雄のことも愛してたはずだ。だけど花子の無念を忘れたわけでもない。だからあんたは悩み、結局秀雄を殺せないまま24年が経ったんだ」

「・・・」

「ところが秀雄が急に玲子と結婚すると言い出した。秀雄が結婚して孫でもできたら、ますます秀雄を殺しにくくなる。嫁を悲しませることにもなる。だからあんたは秀雄の結婚に反対した。別に玲子のことが気に食わなかったわけじゃない。俺は気に食わねーけど」


と、わざわざ付け加えた和彦を玲子は睨んだが、それは先ほどよりもだいぶ穏やかになっていた。


「だけど秀雄は結婚をやめようとしない。そこであんたは秀雄が結婚する前に昔の計画を実行に移すことしにした。2通目の手紙はあんたの決心の表れだ。だけど同時に、秀雄に警戒を促すものでもある。あんたの中で、秀雄を殺してやるって復讐心と、殺したくないって母性が葛藤してたんだ」


何も言わなくなった静香に、祭路が近づいた。静香は顔を上げない。


「24年間も苦しんでいたのか・・・。気がつかなかった。すまない」


祭路の手が静香の肩に触れる。


「だが、私が気づかなかったのには理由がある。岩城さんの言う通り、お前は間違いなく秀雄を愛していた。息子を愛する普通の母親だった。私のことも愛してくれていた。だから気がつかなかった。許してくれ」

「あなた・・・」

「それにもう1つ、お前に・・・いや、花子に謝らないといけないことがある。あの頃私は本当に花子を愛していたんだ。だからこそ冷たく振った。それが裏目に出てあんなことになり、お前まで苦しめた挙句・・・お前に秀雄を殺させるなんてことをさせてしまっ、」

「殺してないよ」


その時、突然扉の方から声がして、祭路の言葉を遮った。




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