西宮の思い
僕はどちらの味方でもない、でも西宮さんの言うとおり安井をいじめから解放することは正しいと思う。でも奈々子さんも僕も安井には散々ひどい目に会わされてきた。だから両方の味方と言った方が正しいかもしれない。
だから僕は思いきって奈々子さんに言う「奈々子さん」
「何よ!」
と不機嫌そうに言葉を返す奈々子さん、きっと今の奈々子さんには僕の気持ちを理解することは出来ないかもしれない。
でも「奈々子さん、やっぱりいじめはよくないよ」
「何よアツジ、あなたは涼子の味方なの!?」
奈々子さんはすごくいきり立っている。今の僕に奈々子さんを説得するには少し難しいかもしれない。
「僕はどちらの味方でもない。でも涼子さんの言うとおりいじめは良くないよ。僕もいじめられた時、命に関わるほど嫌な思いをしてきたからね」
「だったら安井なんていじめられて当然じゃない、あなたまさか涼子の言うとおりあたしが心の狭い人間だと思っているんでしょ」
「思っていないよ。ただ奈々子さん、奈々子さんが安井にやられた時の気持ちを考えてみてよ」
すると何か思案している様子で奈々子さんはその目を閉じた。
そして「あー私が安井にいじめられたとき何で私がこんな目に会わなくてはいけないと思ったよ」
そこで涼子さんは「そうだよ。確かに安井は嫌な奴だし、救いようのない人かもしれない。でも考えてみて、私だって安井にひどいことをされた。でも光さんの言うとおり、悪意を悪意でぶつけてはいけないよ」
奈々子さんは「別に悪意で安井の事を放置しているわけじゃないわ。あんな奴いじめられて当然よ」
そこで翔子さんは「涼子ちゃんの言うとおりだと、うちは思うんだけどな。うちも安井にはひどいことをされてきた」
奈々子さんは「あんたもひどいことをされてきたの、いったい何をされてきたの?」
「急にぶつかってきて髪の毛を引っ張られた時があったわ」
「何よそのくらいの事で」
「その位の事じゃない、うちにとって死活問題だったんだから」
確かに奈々子さんの言うとおりその程度の事かと思ったが、おとなしい翔子さんにとっては本当に死活問題なんだろう。
そこで涼子さんは「だったらこの件に関しては私と翔子とアツジで解決させる方向にしていくよ」
奈々子さんは「勝手にすれば、あんな奴死んでしまえばいいんだわ」
奈々子さんは安井に対して凄くひどい目に会わされてきたのだから仕方がない。この件に関しては奈々子さん抜きでやっていくしかないな。
話がすんだところで光さんと桃子の奮発したとんかつが運ばれてきた。
「うわーこれはおいしそうだ。ねえ、奈々子さん」
「分かったわよ。あたしも安井のいじめを阻止するために協力してあげるよ」
「どういう風の吹き回しよ。奈々子は安井のことを憎んでいるんでしょ」
「どういう風の吹き回しもないでしょ。あたし達は友達なんだから、あたしが安井に手を差し伸べるのがそんなに悪いことなの?」
すると涼子さんは奈々子さんに抱きついて「さすがはライバル兼友達関係ね」
「だからってあたしは安井の事を許したわけじゃないから」
そこで僕が「それは僕も同じ気持ちだよ。安井は僕にとって許せない奴だったからね」
そこで光さんが、「とにかく話は後、みんなのご飯が冷めないうちに食べてよ」
メインはとんかつだが、白いご飯にトマトやキャベツの栄養の整ったメニューになっている。とんかつとご飯で何杯でもいけるが、この後僕たちは勉強をしなくちゃいけないので食べ過ぎると勉強に集中できなくなるからな。
みんなご飯を食べ終わると桃子と光さんは後片付けもしてくれて助かっている。
でも毎回来てもっらって食器まで洗ってもらうのは悪い気がして、僕もその作業を手伝った。
光さんが「ねえ、安井君の事どうするつもりなの?」
「僕達は安井がいじめられているのを阻止しに行きます」
「あっ君って心が広いのね。あんなひどい目に会わされた相手でもその手を差し伸べるなんて」
「僕はそんなに心の広い人間じゃないですよ」
「まあ、自分から心の広い人間だと言う怪しい奴はいないわ。あっ君は私が見込んだとおりの心の広い男の子だよ」
その時、光さんと出会った時の事を思い出す。
僕は泣き虫で光さんに助けられてばかりの子供だった。
でも今思うと僕も成長して強くなったのかもしれない。
だって学校に行き始めて安井をぶっ飛ばして、今では安井は僕と立場が逆になってしまった。
本当に安井は嫌な奴だよ、それに僕も奈々子さんも許されてはいけない事をされてきた。それに西宮さんも。まあ僕が心が広いわけではない、西宮さんの後押しで僕達は安井にその手を差し伸べるつもりでもあった。
そして桃子と光さんはこれから図書館に行くのか?二人して僕の家から出て行った。
二人は言っていたよ。「明日もご飯を作りに行くからね」と。
僕が強くなれたのは光さんや奈々子さん、それに英明塾のみんなと、そして西宮さんと斎藤に出会えたからだ。人間は一人では生きていけないと言うのが身をもって知ったことだ。それに人間は一人では心の成長は出来ない。
僕は知っている一人の無力を。
次の日も新聞配達を終わらせて、今日も僕たちが勝つことになった。
僕は西宮さんに、奈々子さんは斎藤さんにそれぞれジュースをご馳走になった。
そして学校に行くとき、僕は西宮さんと一緒に安井に声をかけた。
「何だよお前ら、俺に色々な嫌な事をされてこの様を見て面白がっているんだろう。そうだよ俺の父親が市議会議員を辞職されて、すべて俺のせいになって、今では俺をかまう奴は一人もいないよ。お前らも俺をいじめに来たんだろ。それとも俺に報復でもするのか?」
そこで僕が「そんな事はしないよ。安井君もいじめられていじめられてた僕の気持ちを分かってくれたと思ってね」
「けっ、そんな気持ち分かる分けねえだろ」
どこまでも性根の腐った奴だ。僕は本当に安井はいじめられて当然だと確信した。
そこで西宮さんが「安井君、もっと自分の気持ちに素直になって見ればいいんじゃないの?」
「バカ言うなよ。俺は元々性根の腐った男だよ。てめえらよりにもそれにどういう風の吹き回しだよ。お前達は散々俺にひどいことをされてきたのに今更、俺を助けようなんて。やっぱりお前ら野良猫を拾って優越感にでも浸っているんだろう」
そこで僕が「優越感も何もないよ。やっぱり君がいじめられているところを見ると、心が痛むよ」
すると安井は馬鹿笑いをして「心が痛むだ?いじめてたときも思ったがお前は痛い人間だな」
僕は開き直り「その通りだよ。僕は痛い人間だよ。安井君にいじめられていたときから」
「何開き直っているんだよ。かっこつけるのもいい加減にしろよ」
こいつまたぶっ飛ばしてやりたい。
「とにかく俺のことはほおって置くんだな。別にいじめられても俺は平気だから。お前らの助けなんて入らないから」
話はそれで終わってしまった。彼にとって僕たちの助けなんて入らないみたいだ。
僕と西宮さんは話し合って、とりあえず今日のところはほおって置くことにした。
授業中、クラスのいじめっ子が安井をめがけて、消しゴムのかすやら、丸めた紙を投げつけたりしていた。
だが安井はもうケロリとしていて何も言わずに頬杖をついて目をつむって黙っていた。
休み時間、僕と西宮さんは話し合って安井をいじめる連中に声をかけていじめをやめるように言った。
安井をいじめる連中は西宮さんの威厳もあって、「分かったよ」と了承してくれた。
だが授業が始まると、安井はクラスにはいなかった。
安井の奴また、いじめが嫌になって帰って行ったのだろうか。
だったらまた明日、安井と話し合えるだろう。




