ぶつかり合う双方の気持ち
新聞配達の仕事が終わり、今日は奈々子さんと無駄話をしていたせいか?西宮さんチームに負けてしまった。
「奈々子にアツジ君、今日は私達が勝ったのだから、ジュースをおごってもらおうかしら」
「そんな事よりもどういう事よ、涼子、あの安井をいじめから解放しようとしたそうじゃない」
「アツジ君ね」
「それよりもどういう事なのよ」
「どういう事も何もないわよ。私はいじめはいけないと思って安井君がいじめられているのを阻止しに行ったわけだよ」
「じゃあ、どうして?あなたはアツジと同じクラスだったんでしょ。安井がアツジをいじめている時、なんで助けてあげられなかったの?」
「それは・・・」
「あなたもしかして安井の事が好きなの?」
「そういう訳はないよ。私はアツジ君がいじめられている時、安井君すごく怖かったし、それに安井に加担する者は何人もいた。だからあの時は凄く怖かったから安井君に一言言おうとしたんだけど、それが出来なかった」
悔しそうに拳を握り締める西宮さん。
「とにかく涼子、安井の事はほおっておきなさい。私達は安井に散々ひどい目にあわされてきたんだから」
「・・・」
涼子さんは黙っているが、きっとまた安井の肩を持つだろう。でも安井にやられたことを思い出すと腹の底から怒りがこみ上げてくるが。本当に奈々子さんの言う通り、このまま野放しにして良いのだろうか?
そういう事で僕達はいつものように僕の家で勉強する事となった。涼子さんの方を見てみると、安井の事を気にしているのか?目がうつろんでいた。それに勉強に集中できてない感じだ。もしかして西宮さん、あの野蛮な安井の事が好きなのだろうか?好きだから僕が以前学校で安井にいじめられていた時、何も言わなかったのだろうか?いやそれはないだろう、西宮さんに声をかけられたとき、『あの安井を撃退してしまうなんて』とか言っていたし。
今日勉強に励んだのだが、西宮さんは何か安井の事でも気にしているのか?今一闘志が感じられず、ライバル意識が持てなかった。それに斎藤さんも西宮さんの友達だからか?西宮さんの事を気にかけているような感じがして、勉強に集中できてない感じだ。
実を言うと僕もそうなんだ。安井にはひどい事をされてきたが、このまま安井がいじめられているのを見ているのは心が痛々しくなってくる。
今日は僕達は燃えるような闘志で勉強することが出来なかった。
そこで奈々子さんが「何をいつまでも安井の事でうじうじ悩んでいるのよ。あいつはいじめられて当然な奴なの、そんなしけた面で勉強しているとこっちまで、勉強に集中できなくなってくるよ」
涼子さんが「それもそうだね。でもやっぱりいじめはいけないよ」
「まだそんな事を言っているの、いい加減にしないよ、すっ飛ばすわよ」
悩むような仕草をしている涼子さん。
「本当にあなたはあたしに絞められたいようね」
そういって奈々子さんは西宮さんの所にとびかかろうとすると、斎藤さんが「ダメ!」と言って奈々子さんを羽交い絞めにした。
「ちょっと翔子あなたどういうつもりよ」
「とにかくケンカは良くないよ。奈々子ちゃん、とりあえず頭を冷やしてよ」
そんなケンカの真っ最中に現れたのが光さんと桃子だった。
「何をやっているのあなた達」
光さんが言う。
どうやら光さんと桃子は僕達の為にご飯を作りにやって来たみたいだ。
丁度いいので光さんにケンカの事情を説明した。
「なるほど、あの私達に危害を加えた安井君がいじめられている所を西宮さんが助けて、それで納得のいかない奈々子ちゃんはいじめられて当然だと言うのね。その事で勉強に集中できなくなりケンカしちゃったのね」
「あの光さん。私が安井君をいじめから助けようとしたことは間違っているのでしょうか?」
西宮さんは光さんに聞く。
「間違ってはいないわ」
「何を言っているんですか光さん。光さんもあの安井に散々な事をされてきたでしょ。レイプされそうになったし、挙句の果てに殺されかけた事だってあるんですよ」
「確かにそう思うと怒りがこみ上げてくる気持ちには駆られるね」
「でしょ。光さんもそう思うでしょ」
「でもね、奈々子ちゃん罪は許せないけれど、人を憎んではいけないわ。悪意で悪意をぶつけちゃいけないわ」
「別にあたしは悪意をぶつけている訳じゃない。ただあんな奴いじめられて当然だと思っているだけだよ」
「それを悪意と言うのよ」
「どういう事ですか?」
「涼子ちゃんのやっている事は間違っていないわ。たとえどんなひどい事をされたとしても、いじめを野放しにするのは悪意に等しいわ」
「光さんも安井にひどい事をされたでしょ。何でそんな安井の肩を持つの?涼子は安井にひどい事をされてないから安井をいじめから解放しようなんて思えるんだよ」
そこで涼子さんは「私だって黙っていたけれど、安井君にひどい事をされたことがあったわ」
「涼子は何をされたの?」
「でかちび女と言われて、乳をもまれてしまいにはあそこも触られた事があったわ」
「そんな事をされてあなたは安井をいじめから解放しようと思ったの?」
コクリと頷く涼子さん。
「あなたどうかしているわ。あなた正気なの?そんなひどい事をされて安井をいじめから解放させようとするなんて」
「正気も正気よ。私はあなたみたいな心の狭い女じゃないから」
「じゃあ、あたしが心の狭い人間だと思っているの?」
「その通りよ、高々いじめられたからって、安井をほおっておくなんて」
「この女!」
そういって奈々子さんは涼子さんにとびかかろうとしたところ、光さんに止められた。
「はいはい、とにかく二人共落ち着いて、私は奈々子ちゃんの気持ちも分かるし、涼子ちゃんの気持ちも分かるわ」
奈々子さんは「光さん、あなたはどっちの味方なんですか?」
「両方よ。安井君を憎む気持ちも分かるし現に私も安井君にひどい事をされてきた。でも涼子ちゃんの気持ちも分かる、涼子ちゃんも安井にひどい事をされたにも関わらず、安井君に助け舟を出そうとしたことも。
それよりもご飯にしましょう。今日は奮発してみんなにトンカツを作ってあげるから」
まだ話は終わっていないようだが、このまま話し込んでしまったらせっかく来てくれた桃子と光さんの手料理が食べられなくなる。
それに僕は奈々子さんの気持ちも分からなくない、でも涼子さんの気持ちも分からなくはない。
安井をいじめられたまま見過ごすのか?それとも涼子さんのように安井に助け舟を出すのだろうか。
まさに葛藤だ。心の中で奈々子さんの気持ちと涼子さんの気持ちがせめぎ合っている。
そんな葛藤の中僕の気持ちは涼子さんの気持ちに染まっていく。
でも涼子さんの気持ちに便乗したら奈々子さんは独りぼっちになってしまい死んでしまったお母さんの事を思い出して深い闇に消えてしまうんじゃないかと僕は危惧した。
そこで一つ僕の心の中で一つ整理がついてしまった。
西宮さんの言う事が正しいと。でもそんな事を言ったら奈々子さんの心は一人になってしまうだろう。どうにか奈々子さんを説得するすべはないのか?
僕は奈々子さんを説得しようと試みた。
「奈々子さん」
「何よ!」
奈々子さんは不機嫌そうに僕に返事をした。
今の奈々子さんに西宮さんの言う事が正しいとはとても言えなかった。
とにかく今の奈々子さんに何を言っても無駄だ。
まあ、でも奈々子さんの気持ちも分かる。僕なんか学校で安井に散々な思いをしてきた。
そう思うと奈々子さんの気持ちに染まりあがってしまう。
僕はどちらの味方なのか分からなくなってしまう。




