楽しくなりそうな予感
「絵もうまく描けていたじゃない。それとアツジ君が奈々子のヌードモデルになっていたなんて」
涼子さんは言う。僕は顔から火が出そうなほど、恥ずかしい気持ちに翻弄されていた。それは奈々子さんも同じ気持ちである。
「そんなに恥ずかしがる程の事じゃないよ。あなた達恋人同士なんでしょ」
「あたし達が恋人同士だからと言って、あなたは見てはいけない物を見てしまったわね」
「だって偶然アツジ君のスケッチを見つけてしまったんだもん。気になるのが当然じゃん」
「そうよね。気になるのが当然よね」
突然奈々子さんは笑顔を取り繕い、涼子さんに言った。
これはもう奈々子さんは西宮さんの事を嫌いになった証でもある。
奈々子さんは嫌いな相手に笑顔を取り繕ってあしらう癖があるからな。
「どうしたの奈々子、急に優しくなって」
「別にあたしはいつものあたしだよ」
ニコニコの奈々子さん。これはまずい事になってしまったな。
「もしかして奈々子、怒っている?」
「これが怒っているように見える?」
「見える」
さすがは鋭い西宮さん。奈々子さんの怒りを買ってしまったことに気が付いたらしい。
ニコニコしている奈々子さん。
西宮さんは「ゴメン私達が悪かったよ、機嫌治してくれないかな」
「治すも何もないわよ!!」
と突然奈々子さんは怒り出した。
これはもしかしたら奈々子さん、機嫌をなおして、西宮さんを許したのかもしれない。
「ごめんなさい。奈々子、私達せっかく出来た友達に絶交されたくないと思ってさ」
「だったら、もうこんな事はしない?」
「うん。しない。だから本当にごめんなさい」
奈々子さんは大きく息をついて「分かった。もうあたし達の嫌がる事はしないね」
「うん。そのつもり」
するといつもの奈々子さんに戻り、「小説の書き方だけれども、あなた達は何を描きたいの?」
「小説って私達にも書けるの?」
「もちろん。あたし達はこれからネット小説に投稿して評価を貰うつもり」
「凄い。ネットに投稿するの?」
「あたしとアツジはこれからその作業の準備をするつもりなんだけれども」
「えー凄い。ネットを通してあなた達がこれから書く小説が全世界に配信されるの?」
「全世界とまではいかないけれど、日本だから日本中の人達にあたし達の小説を投稿するの」
そういう事で僕と奈々子さんはネットを開いて、ワードに描いた小説をネット小説の投稿欄に乗せる作業をした。
「あなた達はどういう経緯で小説何て書こうと思ったの?」
そこで僕が「光さんが小説を書く事を知って僕達も描いたいと思っただよ」
「あなた達は光さんって言うさっきの人の影響されたのね」
「そうだよ。光さんは僕達に希望をくれた人でもあるのだから、あの人がいなければ、僕と奈々子さんは付き合ったりはしなかったよ」
「あの光さんって言う人は何者なの?」
「さっき言っていた通り、図書館の司書のバイトをしている今は通信制の高校生。彼女はテレビで、夏休みが終わる頃、『学校が嫌なら図書館においでよ』と言って、だから僕は学校を休んで図書館に行ったんだよ」
「そういえばアツジ君は安井達にいじめられていたね」
「そのいじめが耐えられなくなって僕は図書館に行って、それで話は飛ぶんだけど、家族から離れて過ごすことになり、いつも図書館でマンガ読んだり、ライトノベルを読んだりして過ごしていたんだよ。それで勉強は嫌いじゃなかったから、僕も光さんと同じように将来通信制の高校に入っていく予定なんだけれどもね。でも学校には何とか行けるようになったしね」
「そうなんだ。いつも私思っていたんだけど、安井にいじめられているアツジ君を見て、私も含めて、みんなかわいそうだと思っていたんだよね」
その涼子さんの言葉にとてつもない怒りを感じた。
それってつまり僕に同情していたことになる。
奈々子さんは以前、学校で片親だからと言って同情をされて学校を行く事を断念したんだっけ。
その奈々子さんの気持ちが分かった。
同情をされるとこんな屈辱的な気持ちに翻弄されてしまうなんて。
「どうしたの?アツジ君そんな浮かない顔をして」
「いや別に・・・」
「私達に同情されて、嫌な気持ちになった?」
「いや、なってないよ」
「いや、なったよ。顔に書いてあるもん」
この涼子さんと言う人はどこまでも鋭い女性で結構侮れないと思った。
僕はこの涼子さんの事が苦手な感じがした。
そこで涼子さんは手を叩いて「さて辛気臭い事は私は嫌いだから、早速絵には自信がないけれど、小説の書き方だけでも教えてよ」
「教えてって言っても、とにかく小説は・・・」
そこで僕はパソコンを取り出してユーチューブを立ち上げて小説の描き方を教える動画を見せてあげた。
西宮さんと斎藤さんは僕の言われた通り、小説の書き方の動画を見ている。
新たなライバル登場って感じか、西宮さんと斎藤さんは小説の書き方講座を見て闘志を燃やし尽くしている。
僕は西宮さんの事は苦手だが、その闘志は本物のようで僕達のライバルとしては認められる。
僕と奈々子さんは互いのパソコンで書いた小説をネットに投稿した。
投稿し終えると、僕と奈々子さんは見つめ合って。
「アツジどちらがアクセス回数が多いか勝負ね」
「ああ、奈々子さん僕だって負けないよ」
「もちろんあたしだって」
奈々子さんの闘志と僕の闘志がぶつかり合う。
投稿して僕と奈々子さんは早速新しい小説を書いた。
僕と奈々子さんの闘志をぶつけ合いながら。
そうだ。この調子で小説を書いていくんだ。
すると動画を見終わった西宮さんと斎藤さんもパソコンを広げて闘志を燃やし尽くして小説に没頭した。
どうやら西宮さんと斎藤さんも小説の書き方を覚えたらしい。
まあ、小説は絵と違って文章を描くのだから描こうとすれば誰でも描けるものだ。その小説が面白いかつまらないかは別として、でも西宮さんと斎藤さんもきっと面白い小説を描くだろうと思って僕達は気が抜けなかった。
僕は西宮さんの事が少し苦手だ、でもライバルは少しぐらい苦手な方が闘志を燃やし尽くせるのかもしれない。
その証拠に僕は西宮さんの事を敵認定している。
そして気が付けば時計は午後十一時を示していた。
僕達のやりたい事は時が足りない程だ。
「そろそろ、お開きにしてまた明日にしよう」
と僕が言う。
「もっと書きたい、アイディアが止まらない」
と西宮さんは言う。
「ちょっと涼子、明日新聞配達よ、あと四時間しか眠れないわよ」
と奈々子さんは言う。
「じゃあ、今日はアツジ君の家に泊めてもらおうかしら」
僕は狼狽える。
「そんなに驚くことはないでしょ私達はもう友達なんだから、いや友達兼ライバル関係なんだから」
友達兼ライバル関係か、だから僕は「泊めて行っても良いけれど、布団は二枚しかないから」
「じゃあ、こうしよう」
涼子さんと翔子さんは共に一つの布団の中に入って、僕と奈々子さんは一つの布団の中に入る羽目になってしまった。
奈々子さんと同じ布団の中に入るのは初めての事だった。奈々子さんの女の子特有の良い香りがしてすとんと眠りにつけた。
それよりも西宮さんと斎藤さんか?
僕達はえらい人達にライバル認定をされてしまった。
これからどうなるのだろうか?
西宮さんは苦手なタイプの人だが、悪い人でもなさそうだし、別に友達としてライバルとして付き合うなら問題はないだろうと思う。
でもこれから何か楽しくなってきそうな予感がしてきた。
西宮さんと斎藤さん、本当に愉快な人達だ。
僕も負けてはいられない。




