僕達は俳優や女優よりも色んな事を演じている
桃子と光さん特性のカレーライスを食べる僕と奈々子さん。
「何これ、凄くおいしいんだけど、僕こんなおいしいものを食べたのは初めてだよ」
桃子が「光さんに隠し味を教えてもらってうちと一緒に作ったんだよ。うちも光さんのようなこんなにおいしいカレーを作れるような女性になりたい」
桃子が光さんを気に入ってしまったようだ。
奈々子さんも同じように食べている。
そこで光さんが「奈々子ちゃん、家に引きこもっていたって言うけれど、あっ君に手を引かれてやってきたの?」
そこで僕が「いや違いますよ。奈々子さんの涙はとうの昔に癒えていましたもん。配達所に行ったら、もうすでに配達所にいましたから」
「奈々子ちゃん。大丈夫なの!?」
奈々子さんはにっこりと笑って「大丈夫ですよ」と言った。
それが偽りの笑顔なのかは分からないが、僕は嘘でもいいから、やはり奈々子さんは笑って欲しい。
悲しみをぶっ飛ばしてよ奈々子さん。
奈々子さんは一人じゃないんだ。
笑う門に福来りだ。
奈々子さんは泣くことによってストレスを発散させるタイプなんだな。
だからさっき配達所で僕を見た瞬間に安堵の涙を僕の前で見せてくれた。
奈々子さんはもう思いきり泣いたのだから、今度は思いきり笑う時だよ。
奈々子さんは涙を見せられる仲間が少なからずにいる。
それは光さんと豊川先生と、そして僕だ。
それらは一億円払っても取り返せない物だ。
カレーライスを食べ終わり、光さんと桃子は後片付けに入った。
「僕も手伝うよ」
桃子がお皿を洗って光さんが水道で流して、そして僕がそれを拭く係と言うローテーションでやった。
そしてあっという間に後片付けは済んだ。
そこで光さんが奈々子さんに「奈々子ちゃん。無理しないでね。もし何か困ったことが合ったら、ちゃんとあっ君に言うんだよ」
「はい」
「じゃあ、私と桃子ちゃんは帰るけれど、二人で変な事をしちゃだめだよ」
「しませんよ」
「あっ、それとあっ君はこのまま学校に行くつもりなの?」
「はい。そのつもりです」
「だったら奈々子ちゃんもあっ君と同じ学校に行ったら?」
「エッ!?アツジ学校に行き始めたの!?」
「そうだけど言ってなかったっけ!?」
「そんなの初耳だよ。アツジ学校でいじめとかされなかったの!?」
「もうされていないよ。僕を誰だと思っているの。そんなに僕の事が心配なら僕と同じ中学に編入してくれば良いじゃない」
「そうね、あたし達は義務教育を学校で終わらせなければいけないしね」
「それじゃあ、決まりね。奈々子ちゃんはあっ君と同じ中学に行きちゃんと学業をこなすこと」
「うちも応援しているから」
あれから一か月十二月を目途に、奈々子さんは僕が通っている学校に編入することが出来た。
僕達はクラスは違えど、期末試験で、僕が一番を取り奈々子さんが二番を取っていた。みんな学校に行っているんだからちゃんと学業をこなしているのかと思って、試験に臨むと圧倒的に僕と奈々子さんが一番二番を取ってしまった。
学校で習うよりも、図書館で勉強していた方が身に付くと分かった。
だったら学校なんかに行かずに図書館で勉強していれば良いんじゃないかと僕は正直に思った。
クラスメイトの人達には僕と奈々子さんは近づくなオーラを発して、誰も近寄らないようにさせている。
休み時間になると僕と奈々子さんは屋上に行き、期末試験で僕が勝ったのだから、ジュースでもおごってもらう事にした。
学校の授業は余りにも簡単すぎて面白くなかった。
ちなみに僕をいじめていた安井は不登校になってしまった。
様を見ろと言ってやりたかったが、何か複雑な気分だった。
それに僕に気のある女の子はかなりたくさんいたし、奈々子さんを取り囲むように男子はいた。いつも下駄箱を開けると、たまにラブレターが入っていたりする。
下校時間、僕と奈々子さんはそのまま新聞配達の仕事に向かった。
学校から配達所まで自転車で十分という近くで助かっている。
「奈々子さん、今日もラブレターを貰ったの?」
「何々、アツジ、あたしがラブレターを貰ったことに妬いているの?」
「いや僕は奈々子さんを信じているから、それに僕もラブレターを貰ったりして、毎回ごめんなさいを言うのが煩わしくなってきて」
すると奈々子さんは威圧的な視線を向けてきて「何、アツジ、あんたもラブレターを貰っているの!?」
「いやいや貰っているけれど、僕にはもう奈々子さんと言う彼女がいるから毎度断っているけれどね」
「二股なんてしてみなさい!その時はぶっ殺してあげるから」
「奈々子さん、そんな物騒な言葉を使わないでよ!」
「じゃあ、奈々子さんも二股なんてしないでよ!」
「何、アツジあたしの事が信じられないと言うの!?」
「別にそういう訳じゃないけれど、ああーもう配達所に到着するよ」
「この話はとにかく新聞配達の仕事が済んだらにしましょう」
僕達は配達所に到着して、同僚や社長に挨拶をして新聞に一部ずつチラシを入れる作業に移った。
奈々子さんのお母さんが亡くなってから、一か月が経過した。
その間奈々子さんは僕や光さんに涙を見せたことがない。
だからと言って、まだ僕も光さんも心配だった。
奈々子さん一人にするとまた自殺を考えてしまうんじゃないかと思って、最近は僕の家に泊まらせている。
唯一の親族が亡くなったのだ、そう簡単に悲しみから解放される事はないと思っている。
新聞に一部ずつチラシを入れている奈々子さんを見て僕は思った。
本当に奈々子さんは悲しい顔せずに、作業に取り掛かっている。
でも奈々子さんはパンクした時に初めてその涙を見せてくれた。
僕はそんな奈々子さんをチラチラと見て作業に取り掛かった。
「何アツジ、あたしの事をチラチラ見て」
「いや別にゴメン」
「アツジ、あたしに見蕩れた?」
「そういう訳じゃないんだけど」
「とにかく仕事に専念しなさい!」
「分かりました」
新聞のチラシ入れも終わり、僕と奈々子さんは配達に出かける事になった。
悲しみや心の傷は誰もが持っている。それは奈々子さんだけじゃない。みんなそうだ。僕は奈々子さんの悲しい笑顔を見て分かった事だった。
こうして奈々子さんと付き合っていると色々と勉強になる事が多い。
本当に人間と言う物は俳優や女優よりも涙がこぼれそうでも平常心を演じている。
この新聞配達だって本当はしんどくてやりたくない気持ちにもなるが、みんなそうなのかもしれない。
でも僕は奈々子さんと勝負している時は本当に楽しいと思っている。
とにかく奈々子さんに負けないようにしないといけない。
そんな事を考えながらいつものルートを巡り、僕は配達をしている。
こんな楽しい勝負をしながらお金がもらえるなんてラッキーだと思わなければならない。
そう思って仕事をしているとあっという間に仕事が片付き、今日は奈々子さんはまだ戻ってきてはいなかった。
どうやら新聞配達の仕事は僕の勝ちのようだ。
奈々子さんが新聞配達の仕事から帰ってくると、先に戻ってきた僕の顔を見て、悔しそうな顔をしていた。
「奈々子さん。今日は僕の勝ちだね」
「仕方がないわね。負けを認めるしかないわ」
いつもの平常心を保っている奈々子さんだ。
もしこのような時、奈々子さんが笑顔を演じていたら危険信号だと思った方が良いと僕は思っている。
どうやら僕は奈々子さんの繊細な心を知ることが出来て本当に嬉しい。
負けた奈々子さんは自販機に向かって、冷たいブラックコーヒーのボタンを押して僕に押し付けた。
「はいよ。アツジ」
「僕これ苦手だよ」




