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恋人はライバル関係  作者: 柴田盟
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本当にもう叫ぶことしか出来ない

「本当は凄く不安なんでしょ」


「そうだよ。不安だよ。でもアツジにこの不安な気持ちを埋められる事は出来ないでしょ」


 悔しいが確かにそうだ。僕は奈々子さんの涙に何も添えるものがない。

 いったいどうしたら良いのか僕には分からない。


 だから「明日、豊川先生と洋平さんの所に行こう」と僕は言った。奈々子さんのお母さんの兄弟の美奈子さんを探すには豊川先生と洋平さんしかいない。

 涙を飾る奈々子さんを僕は今抱きしめている。

 これ以上奈々子さんを悲しませたくはない。

 僕は奈々子さんの彼氏としてこのぐらいの事しかできない。

 もし奈々子さんのお母さんが死んでしまったら、僕は奈々子さんを束縛してでも奈々子さんを抱きしめ続ける。

 本当は奈々子さんのお母さんが死んでしまう事なんて考えたくないのだが、もし仮の話だ。

 本当に考えたくもない事だが、奈々子さんのお母さんが死んでしまったら、奈々子さんのその心は粉々に崩れてお母さんの後を追いかねない状況だ。

 万が一に備えて僕は奈々子さんを守らなくてはいけない。

 豊川先生と洋平さんを僕は信じているが、本当に考えたくない事だが、奈々子さんのお母さんが死んでしまった時の事も考えなくては行けなくなっている状況だ。

 僕に今出来る事は奈々子さんの側にいる事だ。

 それぐらいしか僕には出来ない。





 そんな事を奈々子さんの側にいる僕達に残酷な訃報が届いた。

 次の日の朝、奈々子さんのお母さんは自殺をはかり死んでしまったのだ。

 橋から飛び降りて、死んでしまったのだ。

 その訃報を聞いた奈々子さんは何がおかしいのか笑っていた。

 僕は何で奈々子さんが笑っているのかを僕には分かった。

 人は極度の境地に立たされると、笑ってしまうのだと聞いたことがある。

 もはや奈々子さんは悲しくて悲しくて涙が出ない程笑っていた。

 その奈々子さんの笑い声を聞いて僕は気が気でなく、奈々子さんを抱きしめるのだが、「気安く私に抱きつかないでくれる」と言われて僕は女の子の奈々子さんにどこにそんな力があるのかすごい力で吹き飛ばされてしまった。

 豊川先生や洋平さんのせいにして事を収めてしまおうと考えたが、考えてみれば豊川先生も洋平さんも良くやってくれた。

 そんな二人を僕は責める権利何てないと思っていた。

 おかしくなってしまった奈々子さんに僕は黙って見ているしかないのか?

 奈々子さんの心はもう取り留めもないほど壊れていることが僕には分かった。

 奈々子さんのお母さんの遺体が運ばれている病室の前で奈々子さんは大きな声で笑っていた。それはもううるさいぐらいに、看護婦さんに注意を受けても笑っていた。

 僕はそんな奈々子さんの事を見て何もできない僕がふがいないと思っていた。

 だから僕は光さんの携帯に連絡した。


 すると光さんは十分ぐらいで駆けつけてくれた。

 奈々子さんが光さんを目にすると、笑うのをやめて、思いきり震えだし、光さんに抱きついて泣いてしまった。


「そうかそうか、豊川先生でもダメだったんだね」


 奈々子さんは光さんの胸で泣いていた。

 すごい声をあげながら泣いていた。

 本当は奈々子さんの涙を僕の胸の中で泣かせるのが本来の事だと思うが、光さんにはそれが出来て僕には出来ない事だと言う事に本当にふがいないと思っていた。

 そして僕は考えた。


 奈々子さんと別れようと。


 今奈々子さんに必要な人は豊川先生か光さん位だ。

 そう思うと僕は奈々子さんの彼氏としてふさわしくない存在だと思った。

 僕は奈々子さんにとって必要のない人間だと思って、大泣きしている奈々子さんを後にして去ろうとすると、光さんが「あっ君、どこに行こうと言うの?」


「僕には奈々子さんの涙を受け止める事が出来なかった。僕は奈々子さんに必要とされていない人間なんだよ」


 すると光さんは奈々子さんから離れて、威圧的な目を向けてきて、近づき思いきり僕の頬を叩かれてしまった。


「何を言っているの?あなたは奈々子ちゃんの彼氏でしょ。あなたの奈々子ちゃんに対する気持ちはその程度の物だったの?」


 僕は涙をこらえながら、「僕にはもう奈々子さんの涙を受け止め切れない」


「見損なったよあっ君」


 僕はそそくさにその場を離れて、病院から出て行った。

 病院から出て、思いきり走り、すぐにばててしまった。

 そこで息を切らしながら、僕の目の前が真っ暗に染まってしまった。

 僕にとって奈々子さんはとても大切な存在だと言う事に気づかされる。

 でも僕には奈々子さんの涙を受け止める事が出来なかった。

 僕はひと目もはばからずその場で叫んだ。いや叫ぶしかなかった。

 奈々子さんを失った今、光さんも豊川先生も失ったことになった。

 何の為に僕は生きているのだろう?

 その真実を真に受けた瞬間、僕の目の前が真っ暗に染まってしまった。


 僕は家に戻り、体躯座りをしながら止めどなく流れてくる涙を拭っていた。

 奈々子さんのお母さんは絶対に諦めないと言う約束をしたにも関わらず、その命を絶った。奈々子さんと言うかけがえのない娘を持ちながら。


 僕はもういらない人間なんだろうな。

 悲しくて悲しくて何もやる気にもなれない。

 明日からどのように過ごせば良いのか?

 図書館には行けないし、豊川先生の英名塾にも行けない。

 だったら学校に行くしかないんだろうな。

 学校には僕を敵視する人間はたくさんいる。

 でもこれは罰なのかもしれない。

 だったらその罰を僕は受けに行かなければならない。


 そして次の日僕は学校に行く事になった。


 学校の校門の前で挨拶をする篠原先生がいた。


「おう!長谷川、お前ちゃんと学校に来られるようになったのか?」


 と嬉しそうに僕に言う篠原先生。

 僕は小声で「はい」と返事をして学校の中へと入っていく。


 僕がクラスに入ると「あいつ長谷川じゃん」「あの不登校の」


 僕は自分の席へと行く。


 ホームルームが始まり、担任の篠原先生が「谷口、号令を頼む」


「きりーつ、礼」


 僕も同じように立ち上がり礼をして座るとお尻に激痛が走った。

 お尻をさすってみるとがびょうが刺さっていた。

 後ろにいるのは僕の事を目の敵にしている安井だ。僕の痛みの反応を見てあざ笑っている。

 でも僕はもう気にしなかった。

 人間は弱いものを見るといじめたがる本能のような習性を持っていると実感した。

 そして僕は思った。これは罰なのだと。

 安井はニヤニヤと薄気味悪い笑みを浮かべながら僕の後ろにいる。

 本当にここは地獄のような所だ。

 

 午前の授業が終わり昼休みになると、安井は仲間を連れて僕を体育倉庫に連れていかれた。


「みんな顔はやめておけよ」


 安井はそういって、僕の腹や足やお尻に暴力を振るってきた。


 何で僕はこんな地獄にいるのだろう?

 痛くて叫びたくても声が出ないように口をガムテープでふさがれて罵倒や暴力の繰り返し。


 安井は言っていたよ。君が来るのをずっと待っていたよって。

 さらに「今日はデパートで万引きするんだけれども、長谷川君の度胸を試させてもらえないかな?」

 ここは本当に地獄だ。

 でもこれは罰なのだ。

 奈々子さんの涙を受け止め切れなかった事の。

 きっと奈々子さんは涙で目の前が真っ暗になる程の辛さを味わっているに違いない。

 奈々子さんの苦しみからしたらこんな事屁でもない。

 僕の居場所はもうどこにもない。

 あると言ったら地獄のような学校しかないのだ。

 殴られ罵倒されて僕は薄れいく意識の中で安井の声が聞こえたのだ。


「それ以上やったら死んじゃうぞ」


 情もかけらもないドライな声で仲間たちにやめさせる。

 薄れいく意識の中で僕は見たんだ。連中の笑っている姿を。

 そして僕は思うんだ。これは罰なのだと。


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