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恋人はライバル関係  作者: 柴田盟
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演じきれない心に

 光さんの問題集を終えて、僕の得意分野だからと言って奈々子さんは僕にジュースをおごらされてしまった。

 大好きなホッとレモンを飲みながら、いつもの元気な奈々子さんだ。

 でも僕には分かる、その笑顔の裏にお母さんを心配している気持ちが存在していると鈍感な僕にも見える。

 笑っているのか?泣いているのか?今の僕には分からない。

 いや分かるはずだ。奈々子さんは今、心の中で泣いている。


「アツジ、そろそろ新聞配達の仕事に出かけないと」


 本当に奈々子さんの笑顔はきらめいている。それはどんなに心の奥底に悲しみを抱えていようとも、彼氏である僕にも分からない程だ。

 奈々子さんの笑顔の裏の涙に添える花はないが、今僕は奈々子さんを抱きしめている。


「ちょっとアツジ、どうしたの」


「もう無理しなくても良いんだよ」


 僕はこの時奈々子さんの笑顔の裏の涙に触れてしまった。

 すると奈々子さんは止めどなく涙を流してしまった。

 そうだ。奈々子さんの笑顔の裏の涙に僕は触れてしまった。


「あれ、どうしたんだろう?目にゴミでも入ったのかしら」


「だから、もう無理しなくて良いんだよ。新聞配達は奈々子さんのお母さんが元気になったら、その時にしよう」


「大丈夫だよ、あたしは元気だよ」


「ダメだ。それは僕が許さない。また思いを大きくさせて自殺未遂何てされたら僕が困るし、光さんや英名塾のみんなも悲しむよ」


「・・・大丈夫なのに」


 ここで僕は密かに誓ったのだ。悲しみを抱えながらも、笑顔を演じている奈々子さんに欺かれないようにと。

 今、奈々子さんの笑顔の裏の涙に添える花はお母さんの白血病が治る事だと。

 そうすれば、奈々子さんの真実の笑顔が見えてくると。


 新聞配達の仕事はいったんやめて、奈々子さんを家に招待した。


「どうしたのアツジ、あたしは自分の家に帰れるけれども」


「また、奈々子さんに自殺されたらたまらないからね」


「あたし、そんな事はしないよ」


「でもダメ、奈々子さんのお母さんが元気になるまで、奈々子さんは僕の部屋にいてもらいます」


「分かったよアツジ、あたしはお母さんが元気になるまで、アツジから離れないよ」


 それで良いんだ。また奈々子さんを一人にさせて自殺をさせるような事はさせたくない。

 奈々子さんはもっと人に甘える勉強をした方が良いと思うが、本人にそんな事を言ったら怒られそうなので黙っていた。

 そうだ。夕飯の事を忘れていた。

 こんな時に桃子が家にご飯を作ってくれると嬉しいのだが、桃子を頼るわけにも行かないだろう。桃子は今年で六年生だ。しかも桃子は進学校に行くと言っていたっけ。

 まあ、それはともかく奈々子さんと一緒に買い物に出かけた。


「奈々子さんは何食べたい?」


「それはアツジが決めてよ。あたしはアツジが作った物なら何でも食べれるから」


「そういわずに言ってごらんよ。本当は何が食べたいの?」


「じゃあ、遠慮なく言うよ。あたしはオムライスが食べたい」


「オムライスか、良いねじゃあ早速材料を調達しよう」


 材料は卵にケチャップだ。それぐらいは家にあるのだが、あいにく野菜がないので野菜だけでも買いに行くとしよう。

 こうして二人で買い物に出かけるなんて僕達はまるで新婚のような気がしてきて、それも悪くないと思っている。

 今は奈々子さんに無理はさせたくない。

 それはその笑顔の裏にお母さんの事があるので、こんな時に気持ちに負担をかけるといけないのであまり無理をさせてはいけないと思っている。

 とにかく奈々子さんのお母さんが無事に帰って来るまでの時間だ。

 後の事は豊川先生と洋平さんに任せるしかない。


 とりあえず買い物も済んで、早速僕は台所に立ち奈々子さんのリクエストのオムライスを作る事となった。


 僕が料理を作ろうとすると奈々子さんは「あたしも手伝うよ!」明るい笑顔で言う物だから僕は「奈々子さんはテレビでも見ていて」と断った。


 悲しみを抱えながらも笑顔を取り繕う奈々子さん。

 普通の人だったらすぐにその花のような笑顔に騙されてしまうだろう。

 本当に奈々子さんは面倒な人だ。

 でも僕はそんな奈々子さんの事が好きなのだ。

 今の奈々子さんにはお母さんの事でいっぱいなのに奈々子さんはそれに対して大丈夫なような振る舞いをしている。

 だからこのような時は奈々子さんにあまり心に負担をかけないようにしてあげたい。

 奈々子さんの笑顔は誰でも人を魅了させてしまう。

 時々、奈々子さんは表情を曇らせる時があるが、それは真の理解者である光さんや豊川先生にしか見せないのだろう。あの時もそういえば表情を曇らせた時、光さんがいた。

 どうして僕にその不安そうな顔を見せてくれないのだろう?

 でも奈々子さんは泣いていてもゴミが入ったと言って、絶対にその心を僕に打ち明けたりしない。

 今、奈々子さんを一人にさせたら、また自殺を考えてしまうかもしれない。

 だから恋人である僕が奈々子さんの側にいるしかない。

 奈々子さんは僕の大事な恋人だ。

 何て色々と考えながら奈々子さんのリクエスト通りのオムライスを作っている。

 そしてオムライスとサラダの盛り付けをして奈々子さんが待っている僕の部屋の居間へと向かう。


「奈々子さん、オムライス出来上がったよ」


「待っていました!」

 また奈々子さんは笑顔を取り繕って、僕を欺こうとしている。


「じゃあ、いただこうか?」


「うん。いただきます」


 奈々子さんはケチャップを取って、オムライスに♡マークを付けて「どう、アツジ、あたしのオムライスは♡マークだよ」なんて笑って見せている。


「凄いな奈々子さん、僕のオムライスも♡マークにしてよ」


「それぐらいお安い御用よ」


 僕のオムライスにも奈々子さんの♡マークを付けてくれてさあ、まずはおいしいか奈々子さんに実食してもらう。ちゃんと味見はしてあるし、作ってみたところおいしいはずだ。


 奈々子さんが食べるところを僕は見つめる。

 すると奈々子さんは僕の視線に気が付いて、「どうしたのよ。アツジ、あたしの顔に何かついているの」


「いや、別にそういう訳じゃないけれども」


「なるほど、今のアツジの心はあたしがおいしいかどうかその反応を見てみたいんでしょ」


「あはは、その通りだよ、よく僕の心を読むね」


「アツジは単純だからすぐにアツジの考えていることが分かっちゃうのよね」


 奈々子さんの発言に少しイラっとしたが、ここは我慢した。

 そして奈々子さんはスプーンを取り、オムライスをすくって口元に運び咀嚼した。


「このオムライス百点満点だよ」


 と奈々子さんに絶賛されて僕は心の底から喜んでしまった。


「本当にアツジは料理がうまいね。今度あたしのオムライスを食べさせてあげるよ。あたしのオムライスはアツジのオムライスを超える事、間違いなしね」


 その意気だと言いたいところだが今の奈々子さんにはお母さんが危篤と言う悲しみを抱えているので何とも言えなかった。

 いやここは言うところだと思って、「どうして、奈々子さんはお母さんが危篤状態なのに僕にその悲しみの仕草を見せてくれないの?」


「ゴメン、あたしトイレに行ってくるね」


 僕はトイレに行こうとする奈々子さんの手を取った。


「またトイレで泣く気?」


 すると奈々子さんの瞳から頬を伝う涙が零れ落ちて来た。


「あれ、またゴミが入っちゃったのかな?」


「もう僕はごまかせないよ。泣くなら一人で泣かないでよ。僕にも奈々子さんの悲しみを分けてよ」


 そして奈々子さんの瞳から涙が押し寄せるように出てきて、奈々子さんは僕に抱きついてきた。


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