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恋人はライバル関係  作者: 柴田盟
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思いきり泣いて、思いきり笑ってよ!

 そうだ。奈々子さんは自棄を起こして何をするか分からない状況だ。


 僕は奈々子さんの家まで、自転車を使い急いで向かった。

 先ほどの奈々子さんの様子だとまさか自殺何て考えているのかもしれない。

 奈々子さんが死んでしまったら僕は生きていく自信がなくなる。

 そんな事にならないように僕は必死で奈々子さんの家に向かう。


 奈々子さんの家に到着すると、奈々子さんの家は小さなアパートの二階に位置する。

 奈々子さんの家の前に立ち止まり、僕は奈々子さんの家の呼び鈴を鳴らした。

 だが奈々子さんは出てこない。

 奈々子さんは家にいるはずだ。その証拠に奈々子さんの自転車がアパートの前に合った。


「奈々子さん!奈々子さん!」


 近所迷惑も良いところかもしれないが、僕はそんな事も気にせずに奈々子さん家の扉を叩いて、奈々子さんちのドアノブをひねり、鍵はかかっておらず、すんなりと中に入れた。


「奈々子さーん!」


 と呼ぶと奈々子さんの返事はなかった。


 僕は奈々子さんちの家の中に勝手に入って、俗室から何か水が漏れる音がした。

 俗室に入ると、奈々子さんは手首を切り裂いて、湯船に血がたまり、奈々子さんはリストカット自殺を試みている。


「何をやっているんだよ奈々子さん!」


 奈々子さんを引き上げて奈々子さんの意識はなかったが、奈々子さんは心臓の鼓動が聞こえたことで、僕は安堵の吐息を漏らしながら、携帯で119番に連絡した。

 救急隊員に事情を説明すると、血が漏れないようにわき腹をタオルか何かで締め付けておけと言われて僕はその通りにした。

 

 光さんの予想は当たった、まさか奈々子さんが自棄になり自殺しようとするなんて考えもしなかったことだ。

 理由はもちろん母親の事だろう。

 母親が危篤状態で自殺を試みた。

 奈々子さん。死んじゃいやだよ。奈々子さんのその命は奈々子さんだけの物じゃないんだよ。

 早く救急車よ早く来いと願いながら僕は奈々子さんの元にいる。

 奈々子さんは呼吸がある。

 だからまだ大丈夫だ。

 とにかく救急車が来るまるまでここにいるしかない。


 そして救急車はサイレンを鳴らしながらやってきた。

 救急隊員は奈々子さんを運んで僕は救急隊員に「あの奈々子さんは大丈夫ですか」


「大丈夫です。でももう少し遅ければ危ないところでした」


 と救急隊員は言っていた。


 僕も救急隊員の元についていき救急車に乗った。


 僕はしつこく言った。「本当に大丈夫なのですか?」と。


「軽く輸血すれば大丈夫ですね。この子の東雲奈々子さんの血液型は何ですか?」


 そういえば奈々子さんの血液型はB型と聞いたことがある。だから僕は「B型です」と言った。

 僕はどうなってしまったのか目の前が真っ暗に染まってしまった。

 この状況僕は何度も体験したことがある。

 極度の絶望を感じた時、目の前が真っ暗に染まってしまうのだ。

 僕が学校でいじめられた時に何度もこの状況に陥ったことがある。

 でも奈々子さんが無事ならその絶望感も長くは続かないだろう。

 とにかく救急隊員は大丈夫だと言っていたので、大丈夫だと僕は思っている。


 搬送された病院は奈々子さんのお母さんが入院している病院だった。

 親子そろって同じ病院に搬送されるなんてちょっと滑稽に思った。

 奈々子さんは集中治療室で治療を受けている。

 その部屋の前で僕は目を閉じて奈々子さんの無事を祈った。

 何でこんなバカな事をするんだ奈々子さんは。

 そう思いながら僕は涙が止まらなかった。

 

 そして集中治療室から一人の医師が出て来た。


「あの、奈々子さんは無事だったんでしょうか?」


「ああ、大丈夫だよ。呼吸も安定してきてもう退院しても大丈夫だよ」


「そうですか?」


 僕は安堵の吐息を漏らしながら、安心した。

 まさか奈々子さんがお母さんの事でここまで追い詰められていたなんて。

 責任は僕にある。奈々子さんの彼氏でありながら奈々子さんの気持ちが分からないなんて。

 でも奈々子さんも奈々子さんだ。その命は奈々子さんだけの物じゃないとしっかりと肝に銘じさせる必要がある。

 奈々子さんが死んだら悲しむ人はいるのに、そんな事も分からない奈々子さんに僕は目が覚めて元通りの体に戻ったら、奈々子さんをしっかりと叱らなきゃならない。


 そして中に入っても良いと言われて、奈々子さんの部屋に入っていった。

 奈々子さんは落ち着いた感じで眠っていると言うか気を失っているのか?

 とにかく奈々子さんが無事で良かった。

 奈々子さんが目覚めなきゃ僕の人生は終わってしまったかもしれないか、もしくは奈々子さんの死を僕は背負って辛い人生を送るところだったかもしれない。

 僕にだって死んでしまったら悲しむ人はいる。

 僕は奈々子さんが眠るベットでその手を握り締めた。

 相変わらず冷たい手をしている。

 聞いたことがあるが手が冷たい人は優しいんだって。

 本当に良かったと僕は奈々子さんの手を両手で握り締めた。


 そして数分後奈々子さんは目覚めた。


「奈々子さん!」


 その名を呼ぶと奈々子さんは「・・・アツジ?」


「そうだよアツジだよ」


「そうあたし生きているんだ」


「そうだよ、生きているんだよ。どうしてこんなバカな事をしたんだよ!」


「・・・アツジがあたしの命を助けてくれたの?」


「そうだよ。もう少しで危ないところだったんだから」


 すると奈々子さんは体を起こして「どうして死なせてくれなかったの!?」


 奈々子さんの言葉を聞いて僕の頭の何かがぷつんと切れた感じがした。

 そして僕は奈々子さんの頬を叩いてしまった。

 これで奈々子さんの頬を叩いたのは二度目の事だった。


「何を言っているんだ奈々子さん。お母さんの事で思い詰めて死んでしまおうなんて考えたんだろう。そんな事をしたって誰も喜びはしないし、僕や光さんや笹森君に麻美ちゃん英名塾のみんなが悲しむよ」


「だって、お母さんが・・・」


「まだ、お母さんは死んだわけじゃないでしょ。それに奈々子さんのお母さんの兄弟の美奈子さんは洋平さんと豊川先生が全力を尽くして探してもらっているみたいじゃん。だからまだ諦めるのはまだ早いよ」


 すると奈々子さんの瞳から大量の涙が零れ落ちて来た。

 その後奈々子さんは子供でも滅多に見せない泣き声で泣いた。

 僕はその姿をじっと見つめて側にいた。

 今度奈々子さんを一人にしたら何をするかわからないからだ。

 そうだよ。奈々子さん。思いきり泣いて良いから、死ぬなんて馬鹿な事は考えないでよ。

 そして思いきり僕の前、いやみんなの前で思いきり笑ってよ。

 僕は奈々子さんの前でそう呟いていた。




 奈々子さんの治療も済んで、奈々子さんは返された。

 お金は三割負担で三万円も取られてしまったが、とりあえず僕が奈々子さんの医者料を立て替えておいた。


「そんな、アツジにそんな事をされる義理はないよ」


「良いじゃないか、たまには僕にも格好つけさせてよ」


 と言って奈々子さんの医者料を僕は負担した。


「あの、アツジ」


「何?奈々子さん?」


「今日もアツジの家に泊まりたいんだけど良いかな」


「もちろん」


 僕のアパートに戻ると、桃子が僕の部屋で料理を作っていた。


「お帰り、奈々子さんにお兄ちゃん」


「ああ、ただいま」


「お邪魔します」


 桃子は「何二人共辛気臭い顔をしているの?もっと元気を出してよ、うちはそんな辛気臭いムードは嫌いだし、せっかく作った麻婆豆腐もおいしくなくなるよ」


「何だ、桃子、家にご飯を作りに来てくれていたのか?」


「それよりもこれ、うちも見たよ」


 すると桃子は昨日描いた奈々子さんのヌード姿のノートを取り出した。


「何を見ているの桃子。返しなさい」


「ヤダよ。二人で面白い事をしているんだね」


 僕と桃子のやり取りを見て奈々子さんはようやく笑ってくれた。

 そうだよ。奈々子さんには涙も魅力的だけれども、笑っていた方が良いよ。

 それよりも奈々子さんは桃子に自分がヌードモデルにされた絵を見られて恥ずかしくはないのか?そんな事もお構いなしに奈々子さんは笑ってくれている。


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