絶望
美奈子さんが殺人事件を起こして今は指名手配をされていて、その行方が分からないだなんて。
こんなの奈々子さんが可哀そうすぎる。
「洋平さんに豊川先生、美奈子さんの行方は未だに分からない状況なのですか!?」
「ああ、逃走中となるとどこへ行方をくらましているか分からない」
そこで僕はピンときた。
「じゃあ、雅美さんが暮らしていた街に行くのはどうです?もしかしたら犯人である美奈子さんは自分の故郷を懐かしんでくるかもしれないかもしれない」
「懐かしんで来るかあ?」
「早速雅美さん達兄弟が住んでいた場所を探して見るか」
そんな時である、奈々子さんの携帯が鳴りだした。
「はい。東雲ですが」
何を話しているのか分からないが、奈々子さんは「はい」「はい」と相槌を打っている。そして奈々子さんの瞳から涙腺が故障したかのように涙で溢れかえった。
どこに行こうと言うのか?奈々子さんは突然、外に出て行ってしまった。
「奈々子さん。どうしたの!?」
奈々子さんは涙を飾りながら、外へ出て自転車にまたがり、急いで病院の方へ向かっていった。
僕も奈々子さんの後を自転車で追った。
奈々子さんは猛スピードで病院の方へと駆け出して行った。
病院に到着すると奈々子さんは自分の自転車をその場でおり捨てて、病院の中へと入っていく。
そして雅美さんが入院している病室へと向かったが、そこには雅美さんの姿はなかった。
病院にいる行きずりの看護婦さんに「お母さんは?東雲雅美はどこに行ったのですか?」
「あらそれなら、病気が悪化して今は集中治療室に入っているわ」
その看護婦さんは奈々子さんのお母さんが悪化したと言うのにドライな感じだった。
所詮看護婦といえども、他人のような扱いだ。
集中治療室に向かうと奈々子さんのお母さんの雅美さんは窓越しに見えたのだがむせながら血を吐いている。
そこで奈々子さんのお母さんの雅美さんの担当医の先生が「無理をしすぎたのだろう、昨日は病院を抜け出してホステスの仕事に出かけたのだから」
そんな話にも目もくれず奈々子さんは「お母さん。お母さん」と泣きながら連呼している。
お母さんはそんな奈々子さんと目が合って、お母さんはシレっとした感じで素っ気なかった。それはいつもの事で、奈々子さんはお母さんと呼び続ける。
そこで担当医が「お母さんに会いたいかね?」
「はい、お母さんと話がしたいです」
「集中治療室に入るには清潔でなければいけないからな」
奈々子さんは集中治療室に入り、清潔な白衣をまとっている姿をガラス越しで見守った。
奈々子さんがお母さんに接触しようとすると、『あっちに行け』と言わんばかりに拒絶した。
それでも奈々子さんは接触を試みる。
それでもお母さんは頑なに拒絶する。
僕は思ったんだ。奈々子さんはお母さんを必要としている。だから何としてでも東雲美奈子の事を探しに行かなければならない。
東雲美奈子は生きているのか死んでいるのか、この空に続く場所にいるのか分からない。
奈々子さんが集中治療室から出て来た時、奈々子さんは必死に涙をこらえている。
また奈々子さんの気持ちが大きくなりすぎたらいけないので、僕は奈々子さんを抱きしめた。
「どうしたの?アツジ、苦しいよ」
「もう一刻の猶予もないみたいだね。早くお母さんを助けるために東雲美奈子を探しに行かなければいけないね」
「でも、東雲美奈子は殺人を犯して今は指名手配中なんでしょ。警察の手が届かないようになっているようじゃ私にも分からないわ」
「探そうよ。本気で探そうよ。東雲美奈子はこの空の続く場所にいる事は間違いないのだから」
「そうねアツジの言う通りだね」
「まずは雅美さん達兄弟が暮らしていた場所に行ってみよう」
そして僕達はいったん、英名塾に戻って、豊川先生と洋平さんの所に戻る。
僕は豊川先生に「豊川先生、美奈子さんの居場所は分からずじまい何でしょ」
「でも東雲美奈子は裏に通じる人間だ。裏の世界を徹底的に探し出せばいるかもしれない」
「本当ですか!?」
僕は期待する。
「警察もどうやら美奈子さんの事を指名手配していないんだ。何やらきな臭い何かがあるような気がする」
「僕達に出来る事ってありますか?東雲兄弟の田舎を調べ上げれば見つかるかもしれない?」
「いや、それはないだろう。そんな思い付きの判断で分かるはずがないよ」
「じゃあ、どうすれば?」
「もう良いよアツジ」
そう口にしたのは奈々子さんだった。
「何が良いんだよ。これまで頑張ってお母さんの骨髄が見つけるために探し回ってきたじゃん。それで諦めちゃうの?そうしたら本当にお母さん死んでしまうよ」
「仕方がない事じゃない。もう打つ手は無くなった」
「無くなっていないよ。まだ美奈子さんがいるじゃないか!」
「でもその行方が分からないんでしょ!」
悔しそうに言う奈々子さん。
そこで豊川先生は「まだ、諦めるのは早いかもしれない」
「裏の世界の人なんでしょ。そんな人どこをどう行けば見つかるの!?」
「僕の情報網を侮られては困るな。もう一度洋平さんと一緒に東雲美奈子さんを探しに行くよ」
「・・・」
奈々子さんは黙っていたが、今一信用できていない顔をしていた。
豊川先生と洋平さんはまた日を改めて来ると良いよと言われて僕達は英名塾を後にした。
もう奈々子さんは笑顔の自分を演じきれない感じで、自転車を押しながら、トボトボと歩いている。
そんな奈々子さんの背中を見ていると、もう彼氏である僕は何を言えば良いのか分からなくなっていた。
「奈々子さん。豊川先生ならやってくれるよ。だから元気を出してよ。また明日新聞配達でもする?」
すると奈々子さんは振り向いて僕の顔を見てまた前を向いてしまった。
そうだよな。お母さんがあんな状態で今にも死にそうな時に、仮に美奈子さんが見つかっても、命の保証などない。
奈々子さんは今まさに絶望の淵に立たされているのだろう。
そんな奈々子さんに僕は何て言ったら良いのか分からない。
「アツジ。あたしはそろそろ実家に帰るから、アツジは図書館に行くと良いよ」
「図書館に行くなら奈々子さんも一緒に行こうよ。また光さんとお話ししようよ」
「ゴメン、今はそんな気分にはなれない。あたしは先に帰っているから、アツジは図書館にでも寄って、光さんの授業を受けていると良いよ」
「分かった」
そういうと、奈々子さんは押していた自転車にまたがりスイーと消えてしまった。
唯一の肉親が死にそうになるところを目撃して絶望してしまったのだろうな。もし僕が同じ立場なら部屋に引きこもってしまうかもしれない。
僕は奈々子さんに言われた通り、図書館に向かった。
図書館に行くと、窓際で光さんの姿を目撃して、光さんと目が合って、相変わらず光さんは微笑ましい笑顔を見せてくれて僕を歓迎してくれた。
図書館の管内に入ると光さんは「今日は奈々子ちゃんと一緒じゃないの?」
「はい。奈々子さん、お母さんが白血病に侵されて・・・もう末期なのかな?奈々子さんのお母さん血を吐いていたよ」
「ええ!!」
驚く光さん。続けて、
「豊川先生が探しているお母さんの骨髄は見つかったの?」
僕は目を閉じて首を左右に振った。
「そうか」
「僕にはもう奈々子さんを元気づける言葉すら見つからずに、奈々子さんは去っていったよ」
「あっ君、私からお願いがあるんだけれども、今から奈々子ちゃんの家に言って、様子を見に行ってくれないかしら?もしかしたら奈々子ちゃん、ショックを受けて何をするか分からないわ」




