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恋人はライバル関係  作者: 柴田盟
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思いが大きすぎたら言ってみようか、

 朝起きると午前三時を示していた。

 そうだ僕達は新聞配達の仕事に出かけなければならない。


「奈々子さん、奈々子さん」


 と奈々子さんを揺さぶり起こす。


「アツジ、新聞配達の時間ね」


「そうだよ。準備をしよう」


 僕と奈々子さんは朝ご飯を食べて互いにシャワーを浴びて自転車で新聞配達の仕事に行った。


 自転車で並んで仕事に向かっている途中、奈々子さんは表情を曇らせていた。

 今、豊川先生と洋平さんが奈々子さんのお母さんの雅美さんの兄弟の美奈子さんを探している途中だろう。

 本当に豊川先生は美奈子さんを探し、そしてその美奈子さんの骨髄は合うのかどうか分からないが僅かな可能性がある限り僕達は諦めていない。

 でもそんな表情を曇らせた奈々子さんを見ていると、僕はなぜかいたたまれなくなってくる。

 それにどんな言葉をかけてあげれば良いのか分からない。

 奈々子さんは同情されるのが嫌いな女性だ。それでいて片親だからと言って、同情の眼差しで世間に見られてきた。

 それで奈々子さんは学校に行けなくなったと言っていた。

 同情されるのが嫌いな割にはすぐに不安になると表情を曇らせる。

 それでは同情されてしまうのはおちだと思う。

 だから僕は自転車を思いきりこいで、「奈々子さん先行っているよ」と行って奈々子さんを置いていくつもりでダッシュで自転車をこいだ。


「ちょっとアツジ、何、先に行こうとしているのよ」


 先ほどの曇りかけた表情から元気が垣間見えた感じがした。

 そうだ。そんな奈々子さんの曇った表情など僕は見たくない。

 奈々子さんは僕の恋人兼ライバル関係なのだから、そうやって元気でいてくれないと僕が困る。

 奈々子さんのお母さんの事はとりあえず豊川先生と洋平さんに任せるしかないのだから。


 配達所に到着して社長が「おう。二人共今日も元気にやってくれるかな!?」


 すると奈々子さんは「はい」と良い返事をした。

 それを見て僕は安心した。

 奈々子さんは悲しみに閉ざされて泣くだけの女の子じゃない。

 僕はそんな奈々子さんの事が大好きなのだ。





 今日の新聞配達の仕事は僕が勝った。


「奈々子さん、今日は僕が勝ったよだからジュースおごって」


 すると奈々子さんは勝手に自動販売機からブラックの缶コーヒーを僕に差し出して、「ほら」と言って投げつけて来た。


「ちょっと奈々子さん。僕は暖かいハチミツレモンが良いのに、ブラックの缶コーヒーはないでしょ。しかも冷たいやつだし」


「文句があるなら飲まなくていいよ」


 いつもなら口論になるところだが、奈々子さんは元気だ。奈々子さんは弱虫な女の子ではない。それを感じた僕は少し安心した。

 奈々子さんは悲しみに閉ざされて泣くだけの女の子じゃない。

 僕は安心してブラックの冷えた缶コーヒーを口に含んで、ブラックの缶コーヒーも悪くはないと思えた。


 とりあえず僕の家に待機して、時間になったら、また図書館に行こうと奈々子さんに言った。

 豊川先生と洋平さんは奈々子さんのお母さんである雅美さんの兄弟の美奈子さんが見つかり次第に連絡すると言っていた。


 奈々子さんがトイレから出てこない。

 もしかしたら奈々子さん、トイレの中で泣いているんじゃないかと思った。

 もうこれ以上僕に涙を見せたくないと思っているんじゃないかな?


 僕は奈々子さんが入っているトイレに行って、ドア越しに「奈々子さん大丈夫?」と聞くと「大丈夫だよ」と鳴き声交じりの声が聞こえて来た。


 やっぱりそうだ。僕にもう涙を見せたくなかったんだ。

 この数日、豊川先生と洋平さんが奈々子さんのお母さんの雅美さんの兄弟である美奈子さんを探している間に無理をさせてしまったのかもしれない。

 やっぱり奈々子さんは強がりを見せていたのだ。

 僕はそんな奈々子さんに無理をさせてしまったことに罪悪感でいっぱいだった。


 こんな時、僕はどうすれば良いのか分からない。

 とにかく奈々子さんがトイレから出て来るのを待つしかない。

 トイレの中で泣いている奈々子さんを想像してしまうと、僕もいたたまれない気持ちに翻弄されてしまう。

 無理もないだろう。親戚を三つ回ってそれがすべてお母さんの骨髄が合わなかったのだから。

 兄弟で骨髄が合う確率は四人に一人とされている。

 それも洋平さんも浩二さんも雅子さんもダメだったから、今は泣くしかないのだろう。

 奈々子さん。僕も奈々子さんが悲しいと僕も悲しくなってしまうんだよ。

 せめて、その涙を僕に見せて、心の打ちどころを見せてはくれないだろうか。


 だから僕はもう我慢できずに、「奈々子さん。泣いているんでしょ」トイレのドア越しから奈々子さんに言った。


 でも奈々子さんは「泣いていないよ」と涙をこらえながら僕にそう言ってきた。


「もう無理しないでよ。その涙を僕に打ち明けてくれないか?奈々子さんが悲しいと僕も悲しいんだよ!」


 するとドアが開きだした。


「心配ないよ。あたしは泣いてなんかないんだから」


そういう奈々子さんを僕は思いきり抱き締めた。


「奈々子さん無理は良くないよ。本当はお母さんの事で頭がいっぱいなんでしょ。僕もその気持ちに気付いてあげられなくてゴメンね」


 今まで奈々子さんにはその笑顔の裏の悲しみに気付いてあげられなくて僕は情けなさを感じた。

 奈々子さんはため込む体質だから、そのため込んだ心が大きすぎると、それを涙に変えていつも奈々子さんは発散させてきたのだから。

 僕もその気持ちは分かる。僕もいじめられた時、夜部屋で涙を流していたからな。

 きっと今の奈々子さんには涙で何もかもが絶望的に見えてしまっているのだろう。

 でもその絶望的な涙も一過性の物で嵐と同じように過ぎてしまうはず。

 だから僕は奈々子さんを抱きしめて、その涙が止まるまで僕は待ち続けた。


しばらくして「奈々子さん。落ち着いた?」


「うん。アツジありがとう」


 奈々子さんは涙は止まらないものの何とか落ち着きを見せてくれた。


「奈々子さん。今日あたり、豊川先生の塾に行こうか?もしかしたら奈々子さんのお母さんの雅美さんの兄弟である美奈子さんの行方を突き止めたかもしれないから」


「そうだよね。まだ・・・お母さんは・・・死んだわけじゃないからね」


 止めどなく流れてくる涙をこらえながら奈々子さんは言った。


 そして奈々子さんの涙が乾いた時点で僕と奈々子さんは豊川先生の所まで自転車で向かった。


 僕は自転車を漕ぎながら朗報を願った。

 きっと美奈子さんを見つけ出して、その美奈子さんの骨髄が雅美さんの骨髄と合う事を祈りながら。

 それはきっと奈々子さんも同じ気持ちである。


 豊川先生の自宅兼塾に到着すると、豊川先生と洋平さんはいた。


「豊川先生、洋平さん、美奈子さんは見つかりましたか?」


 すると豊川先生と洋平さんは黙って口を閉じている。だから僕は「豊川先生、洋平さん」


「見つかりはしなかったけれども、東雲美奈子さんは殺人事件を起こして、今は逃走中でどこにいるのかは分からない」


「殺人事件を起こしたって、美奈子さんの居所は分からないのですか?」


「今のところは何とも言えない。何せ美奈子さんは殺人事件を起こして指名手配されていないからね」


「それってどういう事ですか?」


「極めて困難な状況に陥ったよ」


 豊川先生ももはや諦めモードになっている。


 だから僕は「諦めないでください。まだ手掛かりがあるなら、もっと綿密に探して見ましょうよ」


「奈々子ちゃん、美奈子さんの事に関して何か手掛かりになるような物はないかな?」


「それはあたしにも分かりません。あたしのお母さんは兄弟の事を一切喋った事がないんですから」


 まさか東雲美奈子が殺人犯として扱われているとはどういった事なのだろう?


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