奈々子さんの骨髄ドナーを求めて
光さんにパンをいただき、僕達はそれを食べながら語り合った。
「興信所の人は名前を言うだけでその素性が分かるのかな?」
「分からないわ。でももし興信所でも情報を得られなかったら、豊川先生を頼るしかないわ」
「そういえば奈々子さんに見せたい物があったんだ」
そういってカバンからスケッチブックを取り出して、朝日に照らされて微笑む奈々子さんをモチーフに描いた絵を見せた。
「アツジ、相変わらずに絵がうまいね。これってあたし?」
「奈々子さんが朝日に照らされているとても印象的で、つい描いちゃった」
「あたしも描きかけだけど、アツジの絵を描いたわ」
そういって奈々子さんは鞄からスケッチブックを取り出して、僕に見せた。
すると朝日に照らされた僕のりりしい姿が描写されていた。
「奈々子さんもうまいじゃん」
「アツジ程じゃないけれどね。でもこれはまだ描きあがっていないんだ」
「そうなんだ。描き終わったら僕にちゃんと見せてよね」
「もちろんそのつもり」
僕達は大変な立場なのに、それを忘れさせられるように語り合った。
その時思ったんだ。芸術は人を幸せにするためのものだと。
僕の夢は小説家兼絵師だ。それを叶えるには奈々子さんの力も必要になるかもしれない。
その前に奈々子さんのお母さんを救う事を考えなければならない。
僕もお母さんの思い出がある。そんな僕のお母さんが奈々子さんのお母さんと同じ境遇に立たされたら僕も奈々子さんと同じ気持ちになるだろう。
そろそろ仕事の時間だ。奈々子さんも泣きたい気持ちで新聞配達どころじゃないと思うが、奈々子さんはその笑顔の裏の悲しみに打ちひしがれそうでも、奈々子さんはそれでも戦うだろう。僕はそんな奈々子さんが大好きだ。
今日は興信所に行き、勉強をする暇などなかったが、新聞配達の仕事に行くにはまだ時間があるので、光さんが抜き打ちで作ってくれた英語のテストを受けた。英語の課題は助動詞だ。結果は僕が九十点で奈々子さんが八十七点だった。
「やっぱり、アツジに負けると本当に悔しいわ」
笑顔の奈々子さん。
「そうだよ。奈々子さんは笑っていた方がやっぱりいいよ」
すると奈々子さんは自販機に行き、ハチミツレモンを買ってそれを僕に投げ渡した。
「サンキュー奈々子さん」
そういって新聞配達の仕事に行く時間になり、僕と奈々子さんは自転車で配達所に向かった。
新聞に一部ずつチラシを入れながら奈々子さんと語り合った。
「奈々子さん、明日早速興信所に行ってみよう」
「そうね。あたしのお母さんの兄弟姉妹が見つかればいいけれど」
そんな風に語り合っていると社長が「何だお前達、口を動かさないで手を動かせよ」と怒られてしまった。
「「すいません」」
と二人で謝った。
新聞一部ずつにチラシを入れ終わり、僕と奈々子さんは新聞配達に出かけることになった。そして改めて勝負が始まった。
僕が新聞配達の仕事を終えると、奈々子さんはすでにいた。
やっぱり奈々子さんに負けると悔しい。
奈々子さんは僕に不遜の笑みを浮かべて「さあ、アツジ今日は何をおごってもらおうかしら?」
悔しい気持ちを胸に今日という日が終わろうとしている。
奈々子さんに僕の家に行くように言ったが、奈々子さんはお母さんが心配なので、自宅へと戻っていった。
そんな奈々子さんが心配であった。僕は一人の部屋の中で考え事をしていた。
もし僕が白血病になったら、自暴自棄になってしまうかもしれない。
でも奈々子さんのお母さんの雅美さんは自棄にならずにホステスの仕事をこなしている。もしかしたら奈々子さんのお母さんの雅美さんは少しでも娘の奈々子さんにお金を残そうとして考えているかもしれない。もしそうじゃなければ、奈々子さんはあんなにしっかりとした女性なわけにはならない。
奈々子さんは片親だ。だから奈々子さんのお母さんは色々と苦労をして、奈々子さんに寂しい気持ちもさせてしまったのかもしれない。
それで奈々子さんは周りから同情されない為に必死に頑張っている。
次の日、興信所に僕と奈々子さんで立ち寄った。
「ごめん下さい」
と言って興信所に入ると、昨日と変わらず占い師のような姿のおばあさんがいた。
「昨日尋ねた東雲ですけれど」
「あら、あなた達待っていたわ。あなたのお母さんの事で色々と調べさせてもらったわ。あなたのお母さんホステスをやっているみたいだね。それにあなたの兄弟姉妹はとてもヤバイ状況に立たされている事も分かったわ」
「ヤバイ状況ってどんな事ですか!?」
「兄弟姉妹はあなたのお母さん含めて五人いるわね。それにお母さんは末っ子のようだね。それと兄弟姉妹の一番上の兄はヤクザのようだね東雲洋平と言う。その人に近づくにはとても危険よ。それと下の妹だけど、東雲雅子って言うらしいけれどある男に売り飛ばされてヤク付けにされてある県の収容所にいるみたいよ。さらにその下だけど、東雲浩二と言う者はまともに働いて結婚して二人の女の子を持つ父親らしいわ。そして最後に東雲美奈子と言う女性は行方が私にも分からない状態だわ」
「ありがとうございます」
僕達は行方が分からない人以外の住所と連絡先をメモしてもらった紙を受け取った。
「お金はいかほどで?」
「まあ今回は楽に一人以外は探せたから、二万円で良いわ」
「ありがとうございます」
僕は財布から二万円を取り出して差し出した。
すると奈々子さんは「ダメよ。これはあたしの事なのだからお金はあたしが支払うよ」
「僕にも協力させてよ」
「もう充分に協力してもらっているじゃない」
そういって探偵の調査料の二万円を僕に突き付けた。
まあ奈々子さんがそうしたいならそれでいいけれど。大した額じゃないから。
そして僕達はメモを受け取って、早速誰から骨髄のドナーを探すか決めることにする。
「奈々子さん。まずはこの無難な東雲浩二と言う人にあたってみてはどうかな。この人は意外とまともそうだし、もしかしたら素直に協力してくれるかもしれない。後の人たちはヤクザやら収容所に運ばれる人や行方が分からなくなった人もいるみたいだしね」
「そうね。あたしもそう思ったよ」
「じゃあ、しばらく新聞配達は休もう」
「アツジは良いよ。これはあたしの問題だから。アツジは新聞配達の仕事をしないと生活に支障が出るでしょ」
「大丈夫だよ。少しぐらいは蓄えはあるから」
「そう・・・」
と言う事で奈々子さんのお母さんの骨髄のドナーを探す旅が始まるのだった。
まずは東雲浩二、この人はまともな人だから奈々子さんのお母さんの骨髄のドナーを提供してくれるだろう。
ちなみに調べたが兄弟で骨髄が合う確率は四分の一の確率らしい。
この東雲浩二って言う人が骨髄が合う事を祈るしかない。
もし合わなかったらその時考えよう。
東雲浩二がいるところは隣の県で、僕達は電車で向かうことにした。
もちろん光さんにはしばらく奈々子さんの件で図書館をしばらく休むと言っておいた。
本人は『もし何かあったら私達を頼って良いのよ』って言っていたけれど。
そしてとある駅にたどり着き、僕と奈々子さんは東雲浩二の家に向かった。
時計は今午後三時を示している。
東雲浩二はとある住宅街の団地に住んでいる。
「そういえば奈々子さん。この東雲浩二って言う人が何の仕事をしているかまでは聞いていなかったよね」
「でも一番あたしの母親の中の兄弟姉妹の中ではまともだって言っていた」
団地までたどり着いて四〇三の部屋番号にいると書いてある。
奈々子さんは恐る恐る部屋の呼び鈴を押した。
そして出てきたのが小さな小学生低学年ぐらいの女の子だった。
「どちら様ですか?」
と聞かれて、「あたしは東雲浩二さんのめいに当たる東雲奈々子と言います」




