アツジの決心
新聞配達の仕事に入り、今日は僕と斎藤さんと、奈々子さんと涼子さんが組むことになった。僕はこの際だから斎藤さんに聞いてみることにした。
「斎藤さんは本当に両国高校に行くつもり?」
「そうだけど、それが何か?」
「斎藤さんはどうして両国高校に行くの?」
「少しでも涼子ちゃんを感じていたいからかな」
「斎藤さんは涼子さんが両国高校に行くから一緒に行くって事?」
「おかしいかな?」
「おかしくはないと思うけれど、本当にそれでいいの?」
「私はそれで良いと思うな。このまま行けば、涼子ちゃんとお別れをする時期が必然的にやってくる事ぐらいは分かるよ。それに涼子ちゃんは私の一番の親友だから」
「そうなんだ」
その事を光さんに聞かれたら何て馬鹿げていると言われてしまうかもしれない。でも僕はそんな斎藤さんの意見に尊重することにする。斎藤さんは言っていたよ。もし斎藤さんが男の子だったら、一生涼子さんの側にいられるにのと。それに僕と涼子さんが付き合っていることに何度も嫉妬をしたこともあると言っていた。それは仕方がないことだもんね、斎藤さんは女として生まれてきてしまったのだから。
斎藤さんは両親が事故によって死んでしまい、孤児となり、施設に送り込まれたと。そして斎藤さんは心を閉ざして何も喋れなくなったところを涼子さんの優しさに救われたと聞いている。そして斎藤さんはいつも涼子さんの幸せを願っていると言っていた。斎藤さんは涼子さんの側にいることで、幸せを感じているみたいだ。
さらに斎藤さんは言っていたよ。もし涼子ちゃんを幸せにしなかったら、僕のことを許さないと。どうやら斎藤さんは僕と涼子さんの事を認めているみたいだ。
そして新聞配達の仕事を終えて、帰ってくると、もうすでに涼子さんと奈々子さんは配達所にいて、今日は僕達の負けみたいだ。あれだけ斎藤さんと話し込んでしまったから、時間の事を忘れてしまった。
今日は負けて悔しい思いはしなかった。すると奈々子さんと涼子さんは僕と斎藤さんがもっと悔しそうな顔をして欲しいのか、ちょっと気まずい空気にさらされた。
そして僕と涼子さんのうちに四人で戻ると、光さんと桃子は僕達の夕飯の支度をしていた。
「お兄ちゃん。今日は奮発してすき焼きなんだから」
「それは楽しみだな」
すき焼きかあ、僕はそれどころじゃなかった。涼子さんも斎藤さんもこのまま両国高校に行って勉強して立派な大人になっていくんだろうな。僕は迷っている。光さんの言うとおり僕はみんなといることはそれは馬鹿げているし無理があると言っていた。でもそれでも良いから僕もみんなと一緒に両国高校に行くのはどうだろうと僕は考えている。僕が目指す小説家兼絵師は大きな夢だ。そんな夢を叶えられるほど世の中は甘くない。
小説家になることだってそれも叶えられるほど世の中は甘くない。だったら僕も観念して両国高校に行って、しっかりと勉強していずれは大学に行くのもありなのかもしれない。
僕があれこれ悩んでいると、何か視線を感じる。その視線の先をたどってみると、奈々子さんの視線だった。
「奈々子さん?」
「アツジ、ちょっと面を貸してくれないかしら」
何?奈々子さん、何でそんなにけんか腰なの?
僕と奈々子さんは勉強を中断して、外に出た。
「どうしたの?奈々子さん」
「それはこっちの台詞よ。いつものアツジじゃないからあたしは心配していたのよ。今日の新聞配達だっていつもなら負けたら悔しそうにしていたのに、何か翔子と話し合っていたみたいじゃない」
「話し合っていたって、僕はそんなに疚しいことはしていないよ」
「そんなことぐらいは分かるわよ。アツジ、以前あたしと付き合っていたときに気がついたんだけど、悩み事があると何かそわそわするんだよね」
「それは誰だってそうなんじゃないかな?悩み事があると誰だってそわそわすると思うよ」
「やっぱり悩んでいたんだね。何に悩んでいるの?その事を涼子にも話したの?」
「話したけれど・・・」
「けれど・・・」
「僕は迷っているんだ。両国高校に行くか、それとも絵を勉強する通信制の学校に行くか」
「その事で悩んでいたんだ」
「光さんに相談したら、くだらない事だって言われたけれど、僕にとって凄く重要な事なんだ」
「アツジは両国高校に行くって言っていたじゃん。それなのに急にどうして絵の通信制の学校に行こうと思うの?」
「怒らないで聞いて欲しいんだけど、僕達がやっている勉強って将来に役に立つことなのか?悩んじゃって」
「確かにあたし達がやる勉強は意味のない事かもしれないね。でもあたしは両国高校に行って大学も行って立派な大人になるつもりだよ。それにアツジ両国高校に行ってからでも小説家兼絵師の勉強は出来ると思うよ」
「でも両国高校の勉強は難しいって聞いているから」
「そうだよね。確かに両国高校の勉強は難しいと聞いている。でもそれはアツジか決めることだからあたし達がとやかく言うつもりはないよ。後はアツジ自身で決めなよ」
そう言って、奈々子さんは部屋に戻っていってしまった。決めるのは僕。またみんなでバカをするのも良いかもしれないから両国高校に行くのも良いかもしれない。それに僕の本当にやりたいことをやるために絵の通信制の学校に行くか僕は迷っている。みんなの相談してみたけれど結局は僕が決めることなんだよな。
僕は部屋に戻りみんなとワイワイしながらすき焼きを食べた。本当にこうしてバカをやっていられるのは今のうちだ。でも分からない僕も両国高校に行くかもしれない。本当に迷わされる。
すき焼きを食べ終わったら僕はみんなが勉強している間、外の空気が吸いたくて、いつも僕が悩むときに行く河川敷の夜空を見上げた。東京の空は星座はそれぞれの一等星しか見えないけれど、オリオン座だけ見ることが出来る。
相変わらず星は綺麗だな。でも少し寒いでも星を眺めていたい。今輝いている星の光は遙か戦国時代の物の光だとも聞いている。そんなロマンあふれる星空を見上げていると、涼子さんが現れた。
「やっぱりここにいたんだね。みんな心配しているよ」
「ゴメン涼子さん。僕は何かと迷ってしまうとここに来てしまう習性がついてしまったみたい」
「今日は冬のダイヤモンドが見られるんだね。オリオン座のリゲルとベテルギウス、それに子犬座のプロキオン大犬座のシリウス、双子座のポルックスとカストルと御者のカペラ、どれもみんな綺麗だね。それに牡牛座のアルデバランも」
「涼子さん凄いね、冬の星座をすべて言えるなんて」
「これもあっ君の影響だよ。星を知ることによって、見るのも楽しくなってしまうね」
「そうなんだよ。それが星の醍醐味みたいな物だよ」
「あっ君、まだ悩んでいるんだってね」
涼子さんにそう言われて僕の心が曇り始めた。
「そんな顔をしなくたって良いんじゃない?」
そう言って涼子さんは僕に抱きついてきた。涼子さんの体は温かかった。その温かさに埋もれていると、心まで洗練されてしまう。しばらく涼子さんと抱き合いながら星座を見上げた。本当に星は良い物だ。この様子だと僕の決心が固まりそうな気がした。
僕はまだ、みんなとこの時間を過ごしていたい。だから僕も両国高校に行く決心が固まった。僕は夢よりもみんなとの思い出を共有したい。夢よりもみんなとの思い出を作りたい。
「そろそろ戻ろうか。涼子さん」
「あっ君その様子だと決心がついたみたいだね」
「うん。僕もみんなと同じ両国高校に行くつもりだよ」




