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恋人はライバル関係  作者: 柴田盟
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菜々子さんのビーフシチュー

 今日光さんが出してくれた歴史のテストは菜々子さんと勝負して惨敗してしまった。

 僕が七十点で菜々子さんが九十点だった。

 二十点差もつけられて僕は猛烈に悔しい思いをした。

 これから菜々子さんの言うことを何でも一つ叶えなくてはいけないんだ。


「今日は何をしてもらおうかしら」ニヤリと嫌らしい目つきで僕を見つめる。


「何でもって言っても僕ができる範囲内だからね」


「そんな事は分かっているよ。じゃあ、アツジ、あたしをモデルにしてデッサンしてみてよ」


「エエッ!?菜々子さんのヌードを僕が描くの」


「誰があたしのヌードを描けって言った!?」


 軽く蹴りを食らってしまった。


「じゃあ、何を描けって言うの?」


「あたし、今から家に帰って着替えてくるからさ、そのあたしを描いてよ。

 それと今日の晩ご飯はあたしが作ってあげるから。

 後もう一つ」」


「もう一つ?」


「うん、もう一つ」


「言うことを聞くのは一つだけでしょ」


「これはあたしに黙って光さんの下着姿を描いた罰よ」


 何て理不尽な事を言う菜々子さんなんだと思った。


「で?もう一つって?」


「私にも絵を教えて」


 そういって、僕達は新聞配達の仕事を終えて、今日は菜々子さんが家に来ることになった。食事は菜々子さんが作ってくれるって言うし、それに菜々子さんをモデルに書くのも悪くないと思ったりもした。それよりも菜々子さんに絵を教える自信は僕にはない。

 昨日、光さんの下着姿をデッサンした。何か強烈なインパクトのある物を見ると、僕のこの胸に眠っている絵心が活性化してくる。その事を菜々子さんに教えるのは難しいだろう。

 僕は小説よりも絵描きになった方が良いような気がしてきた。でも小説も描いていると楽しい。だったら小説家兼絵描きで、もし可能であれば、自分の小説のデザインを僕自身が担当して描いていければ良いと思った。


 色々と考えながら家に帰ると、そろそろ菜々子さんは来る頃だろうと思った。

 ご飯も作ってくれると言っていた。僕は台所に立つ必要も無くなった。だから居間のベットに横になりながらテレビを見ていた。


「菜々子さんに絵を教えるかあ。自信ないな」


 と僕は人知れず呟いた。


 そういえば僕は菜々子さんのおしゃれな姿を見たことがない。今日は藍色のセーターにジーパンというラフな物を着ていた。それにいつも菜々子さんはジーパンでスカートを着た菜々子さんを見たことが無いな。

 あんなにスタイルが良いのに、何かもったいない気がしてくる。これから来る菜々子さんはどんな格好をしてくるのか楽しみになってきた。

 菜々子さんは言っていた。おしゃれをしてくると。


 遅いな、と思っていると、玄関からチャイムの音が聞こえてきた。菜々子さんか?と思って、ドアに向かって行くと、そこにいたのはおしゃれをした菜々子さんだった。少し化粧を施したナチュラルメイクに、白い長袖のワンピースを着こなしている。いつもひっつめている髪も今はおろして、より美しく見える。まるで高原に戯れる美しい少女だと思った。


「菜々子さん、綺麗だよ」


 僕はその言葉が心の底からわき起こった言葉だった。


「本当に!?」


 と目を俯かせて照れているような感じだ。


「じゃあ、早速、イスに座ってよ」


「その前にちょっと腹ごしらえしようよ。アツジ、お腹すいているでしょ」


 そういって彼女は手に持っているビニール袋を台所に置いた。菜々子さんは何を作ってくれるのか。その事を楽しみにするよりも、早くおしゃれをした菜々子さんを描きたい一心だった。菜々子さんのおしゃれな姿はまさに芸術の領域にあると僕は感じた。


「アツジ、今日はビーフシチューを作ってあげるから待っていてね」


「うん。楽しみにしているよ」


 菜々子さんのおしゃれな姿は僕にとって強烈なインパクトのある題材だ。僕は我慢出来ずに、菜々子さんのおしゃれな姿を頭に自然とインプットされ、スケッチブックを取り出して描いてみた。するとペンが止まらなかった。菜々子さんが料理をしている最中に、僕は菜々子さんのおしゃれな姿を描きまくった。それに興奮もしてしまった。


 描いている最中に菜々子さんにスケッチブックを奪われた。


「何をするの菜々子さん!?」


「さっきから声をかけているのに気がつかなかったのはアツジでしょ」


「そう。ゴメン」


 菜々子さんは僕が描いた菜々子さんのおしゃれな絵を見て、「あたしの姿を見ただけでこんなに描けてしまうの!?これってある意味才能じゃん」と菜々子さんちょっぴり悔しそうに絵を見ていた。


 そして菜々子さんは威圧的に僕の目を見て、「アツジ、そう言えばもう一つ私の言うことを聞く約束をしたわね。あたしに絵を教えると」


「僕は描くことは出来るけれども、教える事はちょっと難しいかも」


「何でアツジにこんな才能があるのよ」


「そんな事を言われたって僕には分からないよ」


「じゃあ、どうしてこんな素敵な絵を描けるの!?」


「そうだな、最初僕が絵を描いたのは二歳の頃だった。それで母親が僕には才能があるんじゃないかと思って絵画教室に入らされていたんだよ。僕は絵を描くのが楽しくて絵画教室に行くのがいつも楽しみにしていた。でも中学の受験の妨げとなるので、やめさせられたんだよ。それで豊川先生が描く絵を見て思ったんだ。僕もこんな絵を描いてみたいと、それで光さんのインパクトのある下着姿を見て、描いてみたら、なぜか描けちゃったんだよ」


「今、インパクトって言ったわね」と菜々子さんは目を細めて僕を見る。


「言ったよ」


「じゃあ、アツジ、今ここでパンツ一丁になって」


「ええ~、何その理不尽な要求は!?」


「あたしにも絵の才能が眠っているかもしれないじゃない!?」


「こんな寒い時期にパンツ一丁になったら風邪にもなるし、そんなみっともないところを菜々子さんに見られたくないよ!」


「光さんとあたしの下着姿は見ても?」


「それより、ご飯にしようよ、僕お腹ペコペコだよ」


「じゃあ、ご飯食べたらアツジ、パンツ一丁になってくれる!?」


「何でそうなるんだよ」


「光さんと私の下着姿を見たんだから、アツジも裸になれ!」


 確かにそうだよな。僕は光さんと菜々子さんの下着姿を見てしまった。それで僕が下着姿になるのはちょっとおかしい気がした。でも菜々子さんは僕がパンツ一丁になるまで僕を解放しようとしないだろう。


「分かったよ!」


「分かれば良いのよ」


 菜々子さんは僕が上着を脱ぎ、ズボンをおろすところをじろじろ見ていた。

 そして僕はトランクス一丁になってしまった。

 菜々子さんは僕の事をじろじろ見つめて、僕のスケッチブックの空白部分を利用して鉛筆を走らせるように描いた。


「確かに、異性の裸は魅力があるね」


「もう僕、服着て良いかな?」


 僕の裸をじろじろと見つめて、約十分が経過して、どうやら僕の裸を描けた様子だ。


「じゃあ、もう服着て良いよ」


 僕は服を着た。そして菜々子さんが僕をモデルにしたデッサンに興味を持ち、見せてもらおうとした。


 早速見せてもらった。それは何の絵心もない、幼稚園児が描いた落書きのようだった。


 僕はため息をついて「最初からうまくデッサンする事は出来ないよ。僕は幼少の頃から、絵の勉強をしてきたんだから、ある程度は描けるんだよ」


「ずるいよアツジ。アツジにはこんな才能があって私には無いなんて」


 いじける菜々子さん。


「落ち込まないでよ。だったら明日、図書館で骨格や手の描き方とか乗っている参考書があるから、それを見て勉強していこうよ」


「そうしたら、アツジのように描けるようになるかな!?」


「それは菜々子さん次第だよ。それに菜々子さんにはたくさん良い物が僕よりも備わっているじゃん。ギターだってうまいし、勉強だって僕よりも出来るし。今日なんて光さんが出してくれた問題で僕を圧倒したじゃないか」


「慰めはよしてよ。ギターも勉強も小説もほぼ互角じゃない」


「でも小説の方は違うかもしれないよ。もしかしたら、菜々子さんの小説の方が受けるかもしれないよ」


「そんな慰めは入らないわ。私も明日からアツジを上回るような絵を描いてみたい。だからアツジその勉強につきあって」


 明日が思いやられる。でもそれでこそ菜々子さんは僕のライバルだ。それに恋人でもある。菜々子さんが絵を頑張れば僕の絵の上達にもつながるかもしれない。そして豊川先生が描いた絵を越えるような物を描けるかもしれない。


 そうだ。僕達はそうやって切磋琢磨して成長し続ければ良いのだ。


 そして冷めてしまったビーフシチューを菜々子さんが暖め直して、僕達は食した。

 菜々子さんのビーフシチューを食べて思ったが、それは本当においしかった。僕にはこんなにおいしい物は作れないよ。なんだかんだ言ったって菜々子さんは僕よりも優れた物がたくさんあるじゃないか。


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