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恋人はライバル関係  作者: 柴田盟
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弾き語りで勝負

 図書館の女神様事光さんにつれられて、来たのが錦糸町南口の大きな広間だった。


「光さん、本当にあたし達ここで弾くんですか?」


「そうよ。ここにギターケースに少しだけお金入れて演奏するの。たまにお金をおいていってくれる人もいるからね」


 季節は十月の秋、僕と菜々子さんと光さんで引き語りをするのだ。この一ヶ月勉強や小説の合間にギターの練習を僕と菜々子さんはこなしてきた。何を歌うかと言うと、今流行の世界の終わりのRPGやドラゴンナイト、それに僕達が生まれる前に亡くなったシンガーソングライターの尾崎豊とか歌うつもりだ。

 麻美ちゃんや笹森君の前では歌えたのだが、この雑踏の中で歌うのはちょっと抵抗がある。

 光さんは中央の街灯の前でギターケースの中にある程度のお金を入れて、尾崎豊のシェリーを歌いだした。

 僕達は知っていたが、光さんは歌がうまい。

 光さんの引き語りには人を引き付ける魔法のような歌い方だ。


「僕達も負けていられないね」


「あたしはアツジに負けたくない」


「じゃあ、勝負しよう」


「勝負って?」


「二人でそれぞれのギターケースにお金を入れて、どちらが多くお金を取れるか勝負しよう」


「望むとこだよ」


 僕達がそう意気込むと、雑踏中で歌うなんて余裕だと思った。僕と菜々子さんは光さんが引き語っている尾崎豊のシェリーを歌いだした。何か歌っていると気持ちがいい。

僕達も光さんに負けないように声を大きくしてギターを弾き歌った。

 雑踏の中、一人二人と足を止めて僕達の演奏を聴いてくれる人もいれば、そのまま通りすがる人ばかりだ。

 尾崎豊のシェリーを終えると、足を止めてくれたカップルに拍手が送られた。


「上手だねあなた達」


 カップルの女性の方が言う。


「ありがとうございます」


「他に弾ける歌はないの?」


 カップルの男性の方が言う。


「後せかおわも歌えます」


「歌って歌って」「聞きたい聞きたい」


 カップルの女性と男性は言う。


 そこで光さんが「じゃあ聞いていってください」


「お金は必要じゃない?」


 カップルの男性の方がそれぞれ僕達に百円ずつ入れた。


「毎度どうもです」


 光さんは言って、僕と菜々子さんもありがとと言った。


 僕達はリクエストに応えてせかおわのRPGを歌った。この歌は歌いやすくて、引き語りの歌にはうっつけだ。何か気持ちがいい、こうして聞いてくれる人がいると練習した冥利に尽きる。三人でコードを合わせて歌っていると、爽快な気分になってくる。本当にせかおわのRPGって感じだ。時計を見ると午後八時を示していた。夜遅い時間になっても錦糸町の町は眠ろうとはせず、帰宅するサラリーマンや学生などでごった返している。

 

 足を止めてくれているカップルにせかおわのRPGを歌った後、カップルに盛大な拍手が送られた。


「凄いね三人とも」「もうせかおわって感じだよ」


 そこで光さんが「ありがとうございました。まだ聞きたい曲はありますか?」


「もうそろそろ私達も帰らなきゃだから」女性は千円札を取り出して光さんに渡して「こんなに良いのですか?」


「それで何かおいしいものでも食べてください」


「ありがとうございます」


 光さんはカップルに深く礼をして、「あっ君、菜々子ちゃん。これ山分けしよう」


 光さんが四百円で僕と菜々子さんは三百円ずつ支払われた。「まだまだ行くよ」と言って光さんは今度は尾崎豊の卒業を歌いだした。

 

 今日は僕と菜々子さんの錦糸町引き語りデビューであり僕と菜々子さんは最初は緊張したが、こうして歌ってわずかながらもお金を貰うことが出来た。

 僕と菜々子さんの関係は恋人でもありライバルでもある。そんなライバルと英明塾で引き語りの練習をした。

 ギターを練習する菜々子さんは燃えていて僕も負けてられないと思って鼓舞される。

 菜々子さんとはまだエッチはしていないが、友達に聞いたら、もうつきあって半年近く過ぎるんでしょ、それでやっていないなんてちょっとヤバいよと言われたが、そんな事は大きなお世話である。


 僕は菜々子さんに負けたくない。菜々子さんも僕には負けたくないと思っているのだろう。今日引き語りの勝負はとりあえず引き分けと言うことになった。

 光さんは言っていたが、引き語りでお金をもらえることは滅多にないことだと言っていた。

 それほど僕達の熱い演奏に通りすがりの人達を引き付けたことは本当に冥利につける。

 相変わらず僕と菜々子さんは恋人兼ライバルの関係は続いている。

 そういえば菜々子さんとはこの数ヶ月つきあっていたが、まだどこにも遊びに行ったことがないんだからな。

 僕が勉強を始めると菜々子さんも勉強を始めて、光さんにどちらが点数が高いか光さんが問題集を僕と菜々子さんの為だけに作り、競ったりもした。

 後小説の事だが、まだお互いに終わっていない。

 僕と菜々子さんはお互いに一日五千字以上のペースで書いている。

 小説はまだお互いに佳境に向かっていない。

 毎日菜々子さんと僕との勝負は終わっていない。

 それに新聞配達の仕事もこなしている。


「さてそろそろ撤収しましょうか、二人は明日新聞配達早いんでしょ」


「光さんも明日司書のバイトでてんてこまいなんでしょう」


 菜々子さんは言う。


 引き語りは本当に楽しかった。

 そうだ。このノリで僕達でバンドを結成して見てはどうだろうか?

 そのことを光さんに伝えたら、面白そうだと言っていた。それに菜々子さんも。

 バンド活動が本当に始まったら、他にやっている事に支障が出てしまう。

 僕達のやりたい事に時が足りないほどのたくさんの夢を持っている。

 そんな生活が楽しくて僕も菜々子さんも舞い上がってしまっている。


「バンド活動かあ、良いねえそれ」


 光さんが言う。


「でも他のことがおろそかになっちゃうから、やめた方が良いかもしれないよ」

 

 と僕が言うと、菜々子さんは「バンド活動楽しそう。今度どこかで路上ライブとかしてみたいね。笹森君と麻美ちゃんを誘って」


「とにかく、バンドはおいといて、僕達にはやることがたくさんあるでしょ」


「それもそうね」


 と僕達はバカみたいに暗闇の中自転車のライトを照らしながら語り合った。


 僕達は相変わらず、学校には行っていない。

 でも勉強はしっかりとやっている。

 僕の偏差値は六十を越えている、ちなみに菜々子さんもだ。

 でも僕達は普通の学校には行かない。

 中学を出たら、いや十六になったら通信制の高校に行くつもりだ。

 それでレポートをこなしながら、好きなことをめいいっぱいやりたい。

 バンドもやりたいし、小説も書いていたい。それに勉強も頑張って大学に行きたい。

 普通の高校には行かないが大学は普通に行くつもりだ。

 大学にも通信制はあるらしいが、僕はやりたいことを普通の大学で学びたい。

 でもどこの学部も捨てがたい。

 僕や菜々子さんはまだ、本当の夢を見つけていない。

 本当にやりたいことは自分達で探したい。

 不安もあるけれど、僕達には無限の可能性がある。

 誰のためではなく自分の為に、この胸に熱いときめきがくるような出会いが合ったら、僕は間違いなくその道を進むだろう。

 そうしたら悲しみを越えて自分らしく笑えると僕は思っている。

 僕が夢を見つけても菜々子さんとは結婚を前提につきあっているのだから、菜々子さんとは道は違えど、共に恋人ライバル関係でいたい。


 そして自転車で二人に別れを告げて、僕は一人暮らしをしている部屋に戻った。

 ニュースをつけながら軽い夕食をいただいて、シャワーを浴びて布団の中に入っていった。


 何かいつものことだが明日は何が待っているのか?待ち遠しくワクワクしてなかなか眠りにつけなかった。


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