第7話「カルファード城館」
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私はすぐに兵をまとめ、カルファード家の城館にリン王女を連れていくことにした。ベナン村の私の屋敷は戦を想定していない。
「殿下、私の馬にどうぞ。昼間みたいにね」
リン王女を私の前に乗せ、私が手綱を握る。
暗殺者が王女を狙う場合、これで私も攻撃対象に入りやすくなった。私に対する敵意なら「殺意の赤」に反応する。
魔女の秘術はどれも自衛しかできないので、誰かを守ろうと思ったら巻き添えにされるのが一番都合がいい。
しかし私も立派な男なので、さすがにリン王女も照れくさそうにしている。
「ノイエ殿と一緒なら安心だけど、まだ少し気恥ずかしさがあるな……」
「ごめんなさいね。一番確実に殿下をお守りできるのが、この方法だから」
すると徒歩で随伴している郷士たちが、笑顔で口々にこう言う。
「若様は凄腕の剣士ですから、お姫様も安心なさってください」
「そうそう、剣気を読む達人なんですよ」
「カルファード家にお仕えする郷士の誰も、若様には勝てませんからね」
この世界の剣術は、元の世界で言えば拳銃射撃のようなものだ。極めて実践的な技術だから、稽古でも相手を殺すつもりで打ちかかる。
そうなると自然に殺気がほとばしるので、私の目には攻撃の瞬間や剣の軌道が全部読める。
だからみんな、私のことを「剣気を読む達人」だと勘違いしている。
私は軽く肩をすくめて、苦笑してみせた。
「どうかしらね。剣の道は奥深いわ。私なんかまだまだよ」
「はは、若様は謙虚だ」
「嫌いになれねえよな、見た目はあんなんだけど」
私は額を押さえる。
「あのね……」
身分の差があるのに言いたい放題言ってくれるが、日本と違ってこちらの世界では割とあけすけに物を言う人が多いようだ。
郷士たちは部下だが、一緒に仕事をする大事な仲間でもある。いちいち気にしてもしょうがない。
「まあいいわ。本家の城館に着いたら、郷士隊は撤収していいわ。ベナンの郷士隊は警戒態勢を維持。翌朝から人手を集めて、神殿近隣の森を捜索しなさい」
「はい、若様」
神官たちが全員綺麗にいなくなってるのが、どうも引っかかる。どこに消えたのだろう。
そんなことを考えているうちに、無事にカルファード家の城館に着く。
カルファード家の城館は、支配する四村の中央に位置している。小高い丘に建つ三階建てで、大人の背丈ほどの石壁もある。付近の街道を見下ろし、軍勢の接近にもいち早く気づくことができるだろう。
ただし防衛拠点としての軍事的な機能はない。日本で言えば武家屋敷みたいなものだ。
リン王女を父に会わせると、案の定とても驚かれた。
「こちらの御婦人が、リン王女殿下だと!? 噂には聞いていたが、まさかこんな近くにお住まいだったとは……」
慌てて王女に向き直り、膝をつく父。
「大変失礼いたしました。私がカルファード家の当主、ディグリフ・アルツ・カルファードにございます」
ミドルネームは当主の証であり、アルツ郡四村の支配を認められている証でもある。
「『三つ名』の領主に過ぎませんが、私もテザリア貴族。王室には絶対の忠誠を誓っております。なにとぞ御安心ください」
偉い人ほど名前が長くなるのがテザリアの風習だ。我がカルファード家は最下級の貴族なので、当主でも名前が三つしかない。
政治に関与できるような名門貴族になると、当主は「六つ名」ぐらいになる。「三つ名」はそういう上級貴族の末席クラス、分家の子供などと同格だ。大したことはない。
私は小さく咳払いをする。
「父上、父上」
「なんだ、ノイエよ。殿下の御前だぞ」
「その殿下なんだけど、『二つ名』なのよ……。あまりそこに触れない方がいいわ」
またびっくりする父。国王の実子なら「五つ名」以上が当たり前だ。
「な、なんという……」
ぐっと表情を引き締め、父は恭しく頭を垂れる。
「このような辺境におわすことを考えれば、どのような境遇であらせられるかはこのディグリフにもわかります。ですが、当家は殿下を国王陛下同様に敬います」
リン王女はその言葉を聞いて、じーんと感動したようだ。父に歩み寄り、その手を握る。
「ディグリフ殿、まことにかたじけない。ノイエ殿といい、カルファード家には生涯返せぬ借りができた。今の私には何も報いる力がないが、いつか必ずこの忠誠に報いると約束する」
「おお……」
私たちのようなド田舎の貴族にとって、王族は前世のハリウッドスターより遠い存在だ。その王族に手を握られ、感謝の言葉を与えられたとなれば、これはもうカルファード家の歴史に残る逸話になる。
よしよし、これで父は陥落したな。私は胸の内でほくそ笑む。
「父上、リン殿下に城館の滞在を御許可願えるかしら?」
「無論だとも。殿下さえ差し支えなければ、十年でも二十年でも逗留して頂く。リュナンにも言い聞かせておこう」
ふふふ、父上大好き。
父に初めて会ったのは六歳のときだが、情のある人で良かったとつくづく思う。
「では殿下に専属の侍女と、優秀な護衛をお願い。もちろん居室も」
「待て待て、当家の若い者には侍女は務まるまい。ユイに侍女を頼もう」
ユイはリュナンの妹で、私の異母妹になる。ユイも立派な貴族だ。貴人の世話は、同じ貴人にしかできない。父は本気だ。
しかしここからが予想外だった。
「護衛は……うむ、とりあえずお前がやりなさい」
「私ですか?」
「カルファード領随一の剣士といえば、やはりお前だろう。剣筋にはまだ甘さがあるが、とにかく剣気に敏い。護衛にはうってつけだ」
だからそれ、魔女の秘術なんだけど……。母が魔女だったことは、実は父にも秘密だ。
しょうがない。私はもともと本家の城館の住人ではないが、護衛を務めるならずっとここにいられる。父の気配りだと受け取っておこう。
「父上の御期待に背かぬよう、精励いたしますわ」
「うむうむ」
力強くうなずく父だった。




