最終話「庶子たちの戦争」
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ツバイネル家が北テザリアから消滅し、南テザリア領主たちの飛び地があちこちにたくさんできた。
これからどうなるかはまだわからないが、とりあえずの危機は去ったとみていいだろう。
私は女王陛下から功績を認められ、テオドール郡とディアージュ城をもらった。
そう言うと聞こえはいいが、要するにリンは自分のホームグラウンドを私に預かっていて欲しいのだろう。
リンは『テオドール』の名を失い、新たに王都バルザールを自分の名前に冠した。
王位継承によって王室領の支配者を意味する『フォマンジュ』の名も継承し、彼女のフルネームは『リン・ランベル・ノイエ・ファサノ・フォマンジュ・バルザール・テザリア』となる。国王だから当たり前だが、名前が長い。
私はテオドール郡の領主となったので『テオドール』の名を得た。ディアージュ城の城代を表す『レディアージュ』も、城主を示す『ディアージュ』に変わる。
これで私もとうとう『五つ名』だ。格式だけではあるが、国内有数の上級貴族になってしまった。
ノイエ・ファリナ・ディアージュ・テオドール・カルファード。
リン女王の母の名を賜り、ディアージュ城の城主にして、テオドール郡の領主。そしてカルファード家の流れを汲む者。それが今の私だ。
そしてずいぶん名前が長くなってしまった私は、異母弟リュナンに別れの挨拶をする。
「アルツ郡のこと、よろしく頼むわね」
しかしリュナンは悲しそうだ。
「もっと兄上のおそばで、お役に立ちたかったのですが……」
「ありがと。でも跡取り息子が故郷を出たままじゃ、父上が寂しがるわ」
妹のユイはリン女王の側近として王都に残る。同年代の同性の側近がいることは、リンにとっても良いことだろう。私みたいな大人の男には相談しづらいこともあるに違いない。
一方、リュナンはカルファード家の嫡子だ。
「南テザリアの王室直轄領を拝領したものね。領地が何倍にも大きくなっちゃったから、カルファード家の業務が増えるわ」
「当家もついに『四つ名』になりましたしね。いずれは『五つ名』にしてもらえるとか」
私は父の顔を思い出し、ふと望郷の念に駆られる。
「ねえリュナン。私たち、少しは親孝行できたかしら?」
「家格が上がって大幅に加増もされたんですから、十分すぎるぐらいだと思いますけど……。少なくとも兄上の名前は、当家の歴史に永遠に残りますよ。僕が残します」
「大袈裟ねえ」
私は苦笑し、リュナンの肩に手を置いた。
「父上をよろしくね。ときどきは帰省するわ」
「……はい。兄上もお元気で」
迎えの郷士たちに付き添われ、リュナンは故郷アルツ郡へと帰っていった。
そこに鉄騎団のベルゲン団長が騎馬で近づいてくる。彼は私の護衛についてきた。
「あの坊や、意外と素直に帰ったな」
「嫡子だもの、故郷をいつまでも留守にはしておけないわ。当人の気持ちを尊重できないのは残念だけど」
生まれながらに運命が決まっているのは気の毒だと思う。私は庶子で良かった。
ベルゲン団長は増えた刀傷を撫でながら、ニヤリと笑う。
「鉄騎団も先日の戦でまた減ってしまった。だいぶ稼がせてもらったから引退したがってるヤツもいるし、そろそろ補充せんといかんな」
「質のいいのをお願いね。あなたが認める人材なら、百人でも二百人でも雇うわよ?」
南のサーベニア王国で二十年前に起きた継承戦争で、優秀な軍人がテザリアにも亡命していることは承知している。彼らは過酷な実戦を経験し、そして生き延びた。ツテさえあれば、いくらでも雇いたかった。
ベルゲン団長は肩をすくめる。
「ジジイばっかりになっちまうぞ。まあいい、『古い顔見知り』を当たってみる」
「ええ、よろしくね。まだ戦は続くから」
私が真顔で言うと、ベルゲン団長が問う。
「続くかね?」
「リン女王の治世を認めない連中が国内にも国外にも大勢いるわ。『女王の子は女系になるから、いずれは遠縁の男系男子を王に』と思ってる連中もいるみたいだし、殺し合いはまだまだ終わらないでしょうね」
「確かにな」
そこに女王となったリンが、ユイの駆る馬に乗ってやってくる。相変わらず馬術は苦手らしい。
「ノイエお兄様ーっ!」
「大変だ、大変だぞノイエ殿!」
「どうしたのよ、二人とも」
ユイに片手でしがみつき、ずり落ちそうになる額冠を反対の手で支えながら、リンは叫ぶ。
「ベルニナ元王妃がノルデンティスに亡命してた! 私の王位継承に異を唱えて、ノルデンティス王室を通じて抗議してきたんだ!」
「王室から除籍されたのに、今頃喚いてみっともないわねえ」
どうせノルデンティスの駒として利用されているのだろう。
ノルデンティスは混乱に乗じて北テザリアの一部を切り取る気だ。テザリアとノルデンティスは同じ清従教圏で言語も近いから、お互いの領地はそのまま自国の支配下に置ける。
こちらが対応を誤れば、王都に攻め込んでくるかもしれない。
私は溜息をつくと、リンに笑いかける。
「元王妃がなんだっていうのよ。こっちには教皇とネルヴィス殿がついてるわ」
ツバイネル家討伐の戦費を賄う為に、ノルデンティス王国の領地を少々もぎ取るのも悪くない。戦争は嫌いだが、向こうが仕掛けてくるなら遠慮はいらないだろう。
そのとき、リンがふと何かに気づいたように私の腰を指差す。
「ノイエ殿、魔剣が増えてないか?」
「ああこれ? ツバイネル公からぶんどった戦利品よ」
ツバイネル公から奪った妖刀にも漢字で銘が切られていた。キシモジンの銘とよく似ていたので、同一人物の作とみていい。
こちらの妖刀の名は「真蛇」。般若の能面の中でも、最大級の嫉妬と怒りを表した姿だ。
鬼子母神は女神の名だし、般若も女の能面だ。
二振りの妖刀を鍛えた転生者は、この銘に何を託したかったのだろうか。女子供のような弱者ばかりが犠牲になるこの世界に、何か思うところがあったのかもしれない。
同じように魔女から生まれた私は、ふとそんなことを思う。
「魔剣が増えてめでたいな、ノイエ殿」
「こんなにあっても振り回しきれないのにね。この形状の剣は使う人がほとんどいないし」
「二刀流にしたらどうかな?」
「これ両方とも大刀よ? まあ、できなくはないけど……」
これ以上斬り合いに強くなっても、あんまり意味がない気がする。
私が馬を並べて歩き出すと、リンが笑う。
「ツバイネル公は倒せたけど、これからも一苦労だな」
大変だ大変だと喚いていた割に、リンの声はのんきだった。焦りや不安はまるで感じられない。豪胆になったものだ。
「そうね」
私も笑顔で返し、さらにこう言った。
「でも、あなたは自分が正しいと信じることを貫き通して、笑ってればいいのよ。その為に必要な力は私が貸すわ」
リンは照れたように笑うと、力強い声で応える。
「そうさせてもらうよ。私はいつだって笑っていく。ありがとう、ノイエ殿」
「どういたしまして」
庶子たちの戦争は、これからも続いていく。
〈 完 〉
本作はこれにてひとまず完結となります。最後まで御愛読いただき、本当にありがとうございました。
なお、本日から次の連載作品「潜伏賢者は潜めない ~若返り隠者の学院戦記~」を公開中です。




