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オネエ軍師 ~庶子たちの戦争~  作者: 漂月


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第64話「忠義の人」

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   *   *   *


【ツバイネル家衛兵隊視点】


 古宮殿の衛兵たちは、混乱の極致にあった。

「見張り櫓が炎上しています! 手の施しようがありません!」

「厩舎も火事で、馬たちが暴れています!」

「御前の愛馬もいるんだぞ、早く馬を逃がせ!」



 突然襲ってきた敵の騎兵により、古宮殿の庭園や設備はそこらじゅうで炎上していた。敵は火計に慣れているのか、衛兵隊の消火活動が追いつかない。

「庭園の敵はどうなった!?」

「敵騎兵、退却していきます!」



 その報告に衛兵隊副長は胸を撫で下ろす。隊長は敵の奇襲で戦死しており、今は彼が指揮官だ。

「やっとどっか行ったか……よし、追撃しろ!」

「いや無理ですよ、厩舎の馬は全部逃がしましたから」

「くそ、とりあえず消火活動だ! 池の水汲んでこい!」



 混乱は収まりつつあったが、それよりもツバイネル公の安否を確認するのが先決だ。

「敵の目標は御前に決まっている。第一・第二分隊は御前の寝所をお守りするぞ、ついてこい!」

「はっ!」

 だが『狼の間』にたどり着いた衛兵たちは、そこで信じられない光景を目の当たりにした。



 そこらじゅうに転がる骸。その中にはツバイネル公のものもあった。

 そして窓辺に立つ長い髪の男。

「狼藉者め、逃げられると思うなよ!」

 副長は剣を抜いて男に肉薄する。衛兵たちも男を幾重にも包囲した。



 しかし次の瞬間。

「またね」

 男は大窓を破ると、髪を夜風になびかせて飛び出す。

 ここは四階だ。落ちれば命はない。



「自害したのか!?」

 副長は慌てて窓辺に駆け寄ったが、下では他の分隊の衛兵たちが不思議そうにこちらを見上げているだけだ。

「副長、どうしました!?」

「そっちに誰か落ちていかなかったか!?」

「いいえ!」



 副長は慌てて外壁を見るが、古宮殿の外壁は侵入者対策で掴まる場所がない。命綱の類も見当たらなかった。

「消えた……」

 それから彼らは翌日の日没まで髪の長い男を捜し続けたが、とうとう発見することはできなかった。


   *   *   *


【エリザ視点】


 私はリン王女の行軍にくっついて行きながら、微妙な居心地悪さを感じていた。

「エリザ、この辺りの土地について教えてくれないか?」

 王女殿下の御下問に、私はおずおずと答える。



「この辺りを治めるノヴェンポワート卿は、ツバイネル公の盟友とされています。しかし彼は林業の権益に固執しており、それさえ安堵されるのなら誰にでも忠誠を誓うでしょう。ツバイネル公もベルカール王太子を使うなどして、ノヴェンポワート卿の取り込みには苦労していました」



「なるほど、じゃあその方向で懐柔すればいいな」

 リン王女はふむふむとうなずきながら、側近として信頼するユイに声をかける。

「ユイ、ノヴェンポワート卿に手紙を書く。後で清書するから、とりあえず草案をメモしてくれ」

「はい、殿下」



 にっこり笑ってユイが筆記の準備をすると、リン王女は腕組みしながら草案を口にする。

「ええと、ノヴェンポワート領の森林に被害が出ないようにするので、我が軍の通過を認めてもらいたい。また我が軍に協力するのであれば、今後の都市計画ではノヴェンポワート領の木材を優先的に買い付けると約束しよう」



 リン王女は私の説明を疑おうともしない。完全に信頼されている。

 私の周囲では今もなお衛兵たちが私を警戒しているが、リン王女自身は全く警戒していないように見えた。

 そして彼女は笑う。



「エリザのおかげで、北テザリアの領主たちとの交渉がとても楽になった。エリザは本当に何でも知っているし、重要な情報を的確に選んでくれるな」

 そのように訓練されたからだ。「考える目」になれと、ツバイネル公はいつも私に言っていた。

 その知識が今度はツバイネル公を追い詰めるのに役立っている。皮肉なものだ。



 すると野営地の天幕にリュナンが入ってくる。

「殿下、救援を求める農民らしい老夫婦が来ています。だいぶ混乱していて要領を得ないのですが、どうもツバイネル公に何かされたらしいですよ」

「そうか、会おう」

 リン王女が立ち上がる。



 私は急に不安になり、リン王女に言った。

「殿下、ここは北テザリアです。危険ですよ」

「そうは言っても、私は北テザリアの人々を味方に付けないといけないからな。助けを求められて知らん顔もできないだろう」

「いえ、それならまず側近の誰かに」



 私が食い下がると、リン王女は私に向かって笑う。

「ありがとう、エリザ。もし心配なら着いてきてくれ。エリザが一緒なら心強い」

「私がですか?」

 もともとは敵側の暗殺者ですよ?



 松葉杖を突きながら同行すると、野営地の一角にみすぼらしい身なりの老男女が立っていた。警備の兵士が一人で応対している。

「だから、王女殿下はそうそう簡単にはお会いにならない。今は戦争中だぞ」

「ですが、早くしねえとピッケオとバルムが……」

「なんだそれは、あんたらの家族か?」

「牛と山羊です」

「知るかそんなもん!」



 リン王女はそれを見て兵士に声をかける。

「お年寄りには丁寧に接してくれ。それに家畜は大事な財産だ。それで、いったい何があったんだ?」

 そのとき、私はハッと気づいた。

 あの老夫婦、見覚えがある。ツバイネル家の暗殺隊に所属するベテランたちだ。



 しかしそれをどうやって伝えればいいのだろう? 今ここで「そいつらは暗殺者です!」と叫べば、彼らは即座に行動を起こす。

 リン王女との間合いは、既にかなり近い。戦う力を失い、丸腰の捕虜となった私一人ではどうにもならない。



 それに私が警告を発しても、リン王女はともかく他の連中は信じてくれない。

 老夫婦の夫、正確には男の暗殺者が好々爺のような笑みを浮かべる。

「こりゃあ、たまげた……お姫様でごぜえますか?」

「ああ。私がリン・ランベル・ノイエ・ファサノ・テオドール・テザリアだ。それで……」



 もう間に合わない。私は覚悟を決めた。

 この人の為に、私を「心強い」と言ってくれた人の為に。

 私は今日、ここで死ぬ。



「みなぎれ、力よ」

 私は腰から上の筋力を強化する。脚はもう使い物にならないので魔力の無駄だ。まだ完全には治りきっていない筋肉が悲鳴をあげるが、後のことなど関係ない。



 目の前では、リン王女に老暗殺者たちが近づいている。よろよろと危なっかしい足取りに見えるが、あのふらつきが危険なのだ。常に動いているから即座に踏み込める。

「おお、リン王女様……」

「ありがたいことじゃあ……」



 感動したように手を差し伸べる動きが攻撃の予備動作であることに、他の誰も気づいていない。いや、気づかせてはいけない。暗殺者たちが必勝を確信している今だけが、私に勝機があるのだから。

 そう、今だ。



「うおああぁああぁっ!」

 私は吼えながら、振り上げた松葉杖で男の方の暗殺者を力任せに殴り倒した。松葉杖が折れ、暗殺者の首の骨が折れる。仕留めた。

 暗殺者は自分が襲われることに対しては、さほど素早く反応できない。



 だがさすがに、残った老女の方は動き出した。それも最悪の反撃でだ。

「ひゃああぁっ!?」

 わざとらしく驚いて尻餅をついてみせる老暗殺者。

「じじ、じいさまああぁっ!? うわあぁあ!?」

 老女が取り乱す演技をすると、王女の衛兵が慌てて私に振り向いた。



「貴様、やはり殿下の命を!」

 どうやら彼は、私がリン王女を狙ったのだと勘違いしたらしい。槍を構えて私に向かってきている。杖なしでは歩けない私に防ぐすべはない。

「待って、暗殺者はこいつら……」

「黙れ、そこを動くな!」

 やはり無駄か。



 リン王女が険しい顔で剣を抜く。そういえば彼女も剣はそこそこ使えるのだった。手討ちにされて終わりか。

 そう思ったとき、リン王女は叫ぶ。

「待て、エリザを斬るな!」

 鋭く制止すると、リン王女は尻餅をついたままの老婆に剣を向けた。



「そなたはツバイネル公の刺客か! 降伏しろ!」

「いっ、いえ、なんのことで……」

 老女はうろたえてみせるが、リン王女は全く警戒を緩めようとしない。

 騒ぎを聞きつけ、周囲にいた将兵が槍や剣を手に駆けつけてくる。



「何事だ!?」

「殿下をお守りせよ!」

「急げ!」

 それを聞いて、暗殺者は覚悟を決めたらしい。



「しゃああっ!」

 怪鳥のような叫びと共に、老女は信じられない跳躍を見せた。体幹のバネで宙に舞うと、空中から鋭い回し蹴りを繰り出す。

 この地方の木靴の先端は、雪を蹴る為に先端が尖っている。おそらくそこに武器を仕込んでいるのだ。助けたいが届かない。



「はあっ!」

 しかし頭を狙った強烈な蹴りを、リン王女は自らの剣で受け流した。受け流しと同時に反撃するほどの技量はなかったが、とにかく自分の命を自分で守った。

「なんだと!?」

 さっきの衛兵が盾を構えてリン王女をかばうと、守られた王女は叫ぶ。

「この老女を討て! 刺客だ!」



 ふわりと着地した老女の体に、槍が何本も突き刺さる。そのまま槍でグイッとなぎ倒され、瀕死の暗殺者はリン王女から離れた場所に投げ飛ばされた。

 血まみれで倒れた暗殺者が一瞬、私を見る。眼鏡をかけた私の顔を見て、ハッと何かに気づいたようだ。

「お、まえ……」

 最後まで言う暇を与えず、とどめの槍が老女の首と胸に突き立てられた。



「総員、周囲を警戒しろ! 誰も殿下に近づけるな!」

 将兵が慌てふためきながら警戒する中、私は這いずるようにして老女の死体に近づく。

 老女の木靴を慎重に拾い上げると、先端に虫食いに偽装した穴が空いている。中からはバネ仕込みの太い毒針が見つかった。



 どうやらこれでリン王女の足を軽く刺し、密かに毒殺するつもりだったようだ。

 王族に近づく者は全て調べられ、徹底的に武装解除されるのが常識だが、これなら見つかる心配はほとんどない。



 私はそれをリン王女に見せる。周囲に暗殺者らしい敵はもう見当たらないし、もう安全だろう。

「御無事で……何よりです」

 するとリン王女は剣を納めて私に歩み寄ると、私に肩を貸してくれた。



 そしてリン王女はニコッと笑う。

「私が死なずに済んだのはエリザのおかげだ。命を救われたよ。ありがとう」

 戦って「ありがとう」と言われたのは、生まれて初めてだ。目頭が熱くなってきた。

「い、いえ……」

 これからも殿下の為に命を捧げよう。私は心に誓った。


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