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オネエ軍師 ~庶子たちの戦争~  作者: 漂月


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第61話「潜入」

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 私はツバイネル公を倒す為に、街道と旧街道の合流地点であるツバイネル領の交易都市ザランに到着した。

 ツバイネル領に入ってからは怪しまれないように鎧は荷物に隠し、人数も分散させての潜入だ。敵軍の哨戒や巡察には途中何度もヒヤッとしたが、魔女の秘術を使って切り抜けた。

「交易都市は出入りが楽でいいわね。……まあ、真っ昼間に四十騎で入るのは無理だけど」



 私は鉄騎団に周囲を警戒するよう命令してから、木陰に入って「切り札」を取り出す。

 この世界では両親を失って孤児になったり、子供を誘拐されて売り飛ばされたりすることが多い。そういうとき、迷信深い人々は魔女に助けを求める。



 私が取り出したのは、薄い鉄の板だ。細長い形をしていて、糸で吊るすと先端は北を指し示す。要するに方位磁石だ。

 だがこれを誰かの毛髪で吊るすと、全く違うものを指し示すようになる。血縁者のいる方角だ。

 これは子供を誘拐された魔女パオラが執念の末に作り出した道具で、『血の指針』という。



 今回、私が使ったのはネルヴィスの金髪。彼の祖父はツバイネル公だ。この道具は「最も近くにいる二親等以内の血縁者」に反応する。

 ネルヴィスの実父は北テザリアのもっと北側の貴族で、元王妃ベルニナもそこにいるはずだ。こんなところにはいない。

 そして祖母は故人らしいので、この道具は祖父であるツバイネル公に反応することになる。



 もっとも、これでわかるのは方角だけなので、ここまではあまり使い道がなかった。ツバイネル公が北にいるのはわかりきっているからだ。

 だがここからは役に立つ。



 実は他にもカード占いや卜占などでツバイネル公の位置を占ってみたのだが、恐ろしいことに何もわからなかった。私の占術は的中率があまり高くないが、占いの結果そのものが一度も出ないというのは極めて珍しい。魔法的な手段で隠蔽されているようだ。

 ツバイネル公は『脳喰い虫』でベルカール王太子を操っていたし、魔術師であるエリザも配下に従えていた。それぐらいできても不思議はない。



 しかしこの『血の指針』は、そんな魔法的な隠蔽すら看破する力を持つ。魔女パオラの子を誘拐したのは邪神を崇拝する魔術師だったからだ。邪悪な魔術師はあらゆる方法で居場所を隠蔽しようとしたが、『血の指針』は恐ろしい執念で居場所を突き止めたという。



 それはそれとして、少しばかりの後ろめたさもある。

「こんな使い方しちゃって、イザナは怒るかしらね」

 本来の目的からはだいぶ逸脱しているが、これもリンを守る為だ。ツバイネル公が生きている限り、私は安心してリンを見守れない。



「さて、どうかしら……」

 道中、休憩中に何度も『血の指針』でツバイネル公の位置を探っている。『血の指針』は常に、この街の方角を指し示していた。今は街の東側に来ているが、ちゃんと街の方角、つまり西を指し示している。ちょうどツバイネル家の城である『古宮殿』の方向だ。



 後は市内に入り、古宮殿の周囲を歩きながら指針の向きを見ればいい。指し示す先にツバイネル公がいるはずだ。

 そこにベルゲン団長がやってくる。

「おいヤバいぞ、さっき哨戒の騎兵らしいのが城壁周辺を回ってた。ここからはかなり距離があったが、見つかったかも知れん」



 ますます怪しい。ツバイネル公の居場所は、このザランで間違いなさそうだ。

 ザランより北では情報が届くのが遅くなる。命令の伝達にも時間がかかる。ベルカール王太子の件ではそれで痛い目を見ているので、ツバイネル公は南下しているはずだ。

 一方、ザランより南では街道と旧街道が分岐してしまう。もし旧街道から敵が北上してくるようなことがあれば、退路を断たれてしまうのだ。



 私は決断した。

「今夜、この四十騎で城を攻めるわ」

「おいおい、死ぬぞ?」

「一番最初に、ここぞというときに使い捨てにするって言ったでしょ?」

「そっちは契約だから仕方ないにしても、あんたも死ぬだろ」



 傭兵たちが呆れているが、私は笑顔のままだ。

「私の命もあんたたちの命も同じようなものよ。大丈夫、全滅はしないようにはするつもりだから」

 魔女の切り札の大放出だ。



 それから私たちは暗くなるまで近くの森に潜み、敵の哨戒をやり過ごした。夜間も松明を持った騎兵がうろついていたが、逆に好都合だ。

「暗くなったし、そろそろ行くわよ」

「城門は閉じてるぞ、どうするつもりだ?」

「開けさせるに決まってるじゃない。見てて」



 私は単騎で城門に近づくと、魔女イザナの遺産である練り香に火をつけた。そして風上から城門に近づく。

「開門! 開門よ!」

 しばらくすると城壁に衛兵が顔を出した。夜勤の門番のはずだが、あれは酔っ払っているな。



「なんだぁ!?」

「見りゃわかるでしょ! 早く開門して!」

 すると衛兵は私をまじまじと見て、慌ててうなずいた。

「あっ、哨戒中の騎士様ですか!? しっ、失礼しました!」

 哨戒しているのは貴族階級の騎士じゃなくて郷士階級ぐらいの騎兵だと思うけど、平民出身であろう衛兵にはどっちも同じらしい。



 私が使ったのは『欺瞞の香』。

 この香りは相手の認知能力を歪めることができる。会話の流れに合わせて、「一番ありえそうな顔見知り」だと錯覚するのだ。これを使えば検問の類いは全てパスすることができる。

 もっとも味方の認知能力も歪ませてしまうので、こちらは解毒剤を服用している。四十人分を用意するのは無理だったので、解毒剤を服用しているのはベルゲン団長や幹部たちだけだ。



 すぐに城門が開き、私は中に入る。そして頭上の衛兵に挨拶した。

「御苦労様」

「はっ、騎士様も任務お疲れ様です!」

 この方法がダメならもう少し荒っぽい方法で城門を開けるつもりだったが、一番穏やかな方法で解決できたので何よりだ。



「お酒はほどほどにね?」

「いやあ、ははは……」

 苦笑いしている衛兵に私は続けてこう言う。

「この後、味方の騎兵が四十騎ほど通るわ。それと城門は開けたままにしておいて」

「え?」



 衛兵が私を格上の騎士だと誤認したので欲張ってみたが、ちょっと無茶な注文だっただろうか。

 しかし赤ら顔の衛兵は素早く敬礼する。

「了解であります!」

 意外と素直だった。



 衛兵は卑屈な笑みを浮かべ、私にこんなことを言う。

「その代わり、飲酒の件は内密に……」

 やけに素直なのは、そういうことか。

「ええ、わかったわ」

 私は笑いながら、森に隠れていた鉄騎団に合図した。



 ベルゲンたちは整列して堂々と城門をくぐるが、やはり不安そうにしている。

「あんた、よく敵に城門を開かせたな……」

「これぐらいは簡単よ。あのツバイネル公に喧嘩を売ろうってんだから、こっちも準備はしてきたわ」

 具体的な方法は企業秘密です。



 続いて古宮殿に向かい、ここの城門も同様に開かせる。

 ここの警備は厳重だし魔法的な防御もなされているだろうが、警備する人間は魔法に対して無防備だ。そしてどんな警備も、人間が判断を誤れば無意味になる。



「おう、お役目御苦労。くれぐれも油断せぬようにな」

「ええ、貴公もね」

 私は城門警備の騎士と力強くうなずき合いながら、傭兵たちを城内に通す。



「認知の歪みって怖いわねえ」

「なんだ?」

「こっちの話よ」

 私も前世はヒューマンエラーには泣かされたものだ。



 さて、ここまでは上出来だ。

 問題はここからだ。そもそも私はツバイネル公の顔を知らない。向こうも私の顔を知らないだろう。写真もテレビもない時代だと、こういうことがよく起きる。だから最後の最後まで『血の指針』は手放せない。



 私は鉄騎団の古強者たちに命じた。

「こそこそするのは終わりよ。ここからは戦争の時間。宮殿に火を放って」

「承知した」



 この城は旧ツバイネル王国の歴史を物語る貴重な文化財だ。せっかくなので「戦乱によって焼失した」という歴史の一ページを書き加えさせてもらうのも悪くない。

 しかし神殿を焼いてからというもの、焼き討ちに抵抗がなくなって少し危うい気がする。



「私はツバイネル公を殺してくるわ。あんたたちはやるだけやった後、ザランを脱出してリン王女の本隊に合流しなさい。長居は禁物よ。私は自分の退路を確保してるから、あんたたちは自分のことだけ考えて」

「おう、任せときな」

 鉄騎団の面々は笑いながら油袋を取り出すと、サッと散らばっていった。

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