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オネエ軍師 ~庶子たちの戦争~  作者: 漂月


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第60話「魔女の軍勢」

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   *   *   *


「いい具合に焦ってるみたいで何よりだわ。両軍の決戦はクアケル地方のゲルニガルテ平原になりそうね」

 私は後続の鉄騎団に笑いかけながら、サーベニア産の軍馬を走らせていた。

 既に夜になり、敵の警戒も緩んでいる。街道を走っていく私たちに気づくことはないだろう。



 馬というのは長距離を走り続けるのが意外とできないと聞いているのだが、サーベニア産の軍馬は私が思い描いていた通りの脚力だ。素晴らしい速度で走り続け、疲れるということを知らない。

 これなら両軍の決戦前にツバイネル領に入れるだろう。



 すると鉄騎団のベルゲン団長が声をかけてきた。

「あんた、無茶苦茶するな」

「そうかしら?」

「言っておくが、いくらサーベニアの軍馬でも、この速さで走らせると明日は走れんぞ。往路に一日かけた距離を、二日か三日かけて帰ることになる」



 私は肩をすくめてみせる。

「大した問題じゃないわ」

「決戦に間に合わなくなるぞ? あんたが全軍の軍師みたいなもんだろう?」

「戦争ってのは両軍が対峙したときにはあらかた決着がついてるものなのよ。もし私が軍師だとしたら、馬を走らせるべきは今よ」



 ベルゲンは馬を走らせつつ、部下たちと顔を見合わせた。

「あんたが軍師として並外れた力量を持ってることはわかるんだが、言ってることがさっぱりわからん……」

 近代以降の戦術理論なので、ベルゲンたちに理解できないのは仕方ない。だがいずれはこちらの世界にも浸透するだろう。



 ベルゲンはしばらく無言だったが、スッと馬を寄せてきて私にだけ聞こえるように問う。

「ルーディッシュ城を迂回させた戦術といい、あんたの兵法は俺の知っているどんな流派とも違う。あんたは何者なんだ?」



 私はどう答えればいいのかわからなかったが、とりあえず無難にごまかしておく。

「亡くなった母がね、少し普通じゃない出自なのよ。詳しくはまだ話せないけど、この件が片付いたら話すわ」

「そうか。あんたも色々あるんだな」

 ベルゲンは小さくうなずき、それ以上問いただすようなことはしなかった。



 私は微笑で返し、それから思考を戦いに集中させる。

 ツバイネル公はまさかリン王女軍がルーディッシュ城を迂回するとは思っていないだろう。テザリアの兵法では邪道も邪道、ありえない行為だ。



 この時代の戦争は城や都市という「点」と、それを結ぶ街道などの「線」を奪い合うのが一般的だ。

 だから敵の拠点を残したまま前進すれば、敵が自軍の後方で好き放題やり始める。退路や補給路を封鎖されたり、後方拠点に侵攻したりできるからだ。



 しかし今回、ルーディッシュ城の守備隊が何をどうしようが私にとっては関係ない。ツバイネル公を倒せばだいたいの問題が片付くからだ。

 ツバイネル公が秘密主義のワンマン指導者で、彼の息子や婿たちに当事者意識が薄いのが幸いした。



「ツバイネル公は囲碁をしてるつもりなんでしょうけど、この戦いは将棋なのよね」

「なんだ、イゴって?」

「異国の陣取りゲームよ。将棋は相手の王を倒す戦術ゲーム」

「ああ、ルンニットとパグラシュクみたいなものか」

 そっちは知らない。



 それはさておき、囲碁やリバーシのように支配域を広げていく思考だと、敵の城は潰しておくのが当たり前だろう。

 しかし今回の戦いは、ツバイネル公とリン王女が王将となった将棋だ。相手のトップを倒した瞬間、勢力が瓦解する。



 もちろん瓦解した勢力が何を始めるか全くわからないのでお互いに油断はできないのだが、とにかく相手のトップを倒せばそこから先は非対称戦争だ。

 だから私は一枚の角……いや桂馬ぐらいか、とにかく一枚の駒として盤上を飛び回っている。



「ツバイネル公は優れた謀略家だけど、配下は大したことないわ。嫡男ボルゴも父親の顔色を窺いながら動いているし、他の一門衆に至っては家督相続がありえないから完全に他人事よ」

 ベルゲンがうなずく。



「ジレとエリザが同じこと言ってたな」

「当主が全権を掌握している家父長制度だから、統制力はあるけど配下はただの操り人形なのよね」



 私の前世の職場がちょうどそんな感じで、機能不全に陥っていた。強権的な上司と、上司の顔色を窺うイエスマンだけが残り、それについていけない人はみんな去ってしまったのだ。

 最後は取引先相手にとんでもない事件を起こして、それがSNS上で拡散。上司は退職勧告を出され、部署ごと消滅してしまったらしい。



 私は事件が起きる直前に心身の不調で休職していたので、詳しい事情はよく知らない。闘病の末、気づいたらこの世界に転生していた。

 だから今回の人生では、自分の心のままに戦おうと思っている。

 今度はもう、悔いの残るような戦いはしたくない。



「今のうちにツバイネル公の居場所を突き止めて、奇襲で討ち取るわ」

「しかしもうすぐ、敵主力とこっちの主力が激突するぞ? 王女さんの傍にいてやらなくていいのかい?」



 私は苦笑して、ちらりと背後の闇を振り返る。

「あの子もそろそろ独り立ちする時期よ。戦争ぐらい一人で何とかしないとね」

「過保護かと思えば、またえらく厳しいな……」

「甘やかすときは思いっきり甘やかすし、勝負どころでは思い切って突き放すのが私のやり方よ」



 大丈夫、リンならやれるはずだ。

「だいたい、テザリアの兵じゃ複雑な戦術なんて実行できないもの。実戦経験が少ない上に、情報収集も命令伝達も未発達でどうしようもないわ。真正面から兵をぶつける以外、やることがないのよね」



 指揮官が望遠鏡で戦場を見渡して、ラッパで命令を伝えさせているような時代だ。歩兵の武器は槍だから、火力の一点集中もできない。

 だから私は戦場の外で決着をつける。敵よりも多くの兵を戦場に集め、数の暴力で挽き潰すのだ。



「ツバイネル公は前線に姿を見せていないわ。おそらく兵力を集める為に、後方で政治工作を行っているのよ」

 つまり彼も私と同じ考えを持っているのだろう。たくさん兵を集め、無駄なく運用した方が勝つ。



 ベルゲンは少し考える様子を見せてから、こう返す。

「だがツバイネル公の居場所はわかるのか? たった四十騎じゃまともに戦えんし、かといって隠密行動には向いてない人数だ。ぐずぐずしてるとこっちが先に見つかるぞ」



「一応、ツバイネル公の選択肢を狭める努力はしたわ」

 私はそう答え、馬を走らせたまま説明する。

「ツバイネル公はなるべく前線に近い場所にいたいはずよ。前線から遠すぎたせいで、一度は撤退を余儀なくされているものね」



 だからツバイネル公は意外と近くにいるはずだ。

「そして私たちが旧街道に火種を置いてきたから、ツバイネル公は旧街道からの情報もすぐに仕入れられる場所にいないといけないのよ。となると、街道と旧街道の合流地点が最善の選択肢になるでしょ?」



「そう都合よくいくかね?」

「合流地点が旧ツバイネル王国の首都だった街で、『古宮殿』と呼ばれる城がある場所だとしたらどうかしら? そしてそれを教えてくれたのが、ツバイネル公の密偵だったエリザだとしたら?」

 するとベルゲンはフッと苦笑する。



「そりゃ……可能性はだいぶ高そうだな」

「でしょ? 命を賭けてみる値打ちぐらいはありそうよね」

「あんた命賭けすぎだろ」

 一度死んでいるので。


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― 新着の感想 ―
[一言]  こういう、策略や軍略を考えられる人の頭ってどうなってるんだろう……
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