第6話「オネエ騎士」
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「各村の郷士隊、集合しなさい!」
ベナン村の郷士が警笛で合図を鳴らすと、他の村の郷士隊が集まってくる。やはり百人ほどだ。敵が圧倒的少数の上に軽装だったので、こちらに被害らしい被害はない。
十人ほどの暗殺者の半分ぐらいを私が叩き斬ったからだが、やはり手勢が多いと楽に勝てる。
ただし、全てが終わった訳ではなかった。
私は郷士や農民兵たちに告げる。
「サノー神殿にリン王女殿下がおられるわ! 敵暗殺団が殿下を狙って行動中よ! 神殿を包囲し、王女殿下を救出するの!」
昼間に『死体占い』で読み取ったとき、暗殺団の規模は二十人ぐらいだった。死体の記憶が間違っているだけかもしれないが、そうでないとすれば危ない。
討ち漏らした暗殺者が二~三人もいれば、王女はほぼ確実に殺せる。
「兄上の御命令を聞いたな!? すぐに取りかかれ!」
リュナンが叫ぶと、すぐに郷士たちは進軍を開始した。
「ベナン村の隊は突入、他村は包囲! 街道と農道を完全に封鎖しなさい! 疑わしい者は全て斬り捨てよ!」
私はそれだけ命じて、神殿の門を蹴り開ける。私には『殺意の赤』があり、今回も私が先陣を切れば戦死者は最小限に抑えられるはずだ。
そして予想通りの展開になった。
「ばっ、化け物ぉ!」
クロスボウの至近射撃を首ひとつで避けられれば、大抵の人間はそう叫ぶだろう。
だが種明かしをする必要はないし、そんな時間もない。
「邪魔よ」
最後の暗殺者を斬り捨てると、ようやく辺りが静かになった。この連中、暗殺者の割に騒々しい。
念の為、『殺意の赤』の術で周囲に敵がいないことを確認する。この術を過信するのは危険だが、近くに敵の反応はない。
「さて、殿下はいずこにおわすのかしらね」
私が周囲を見回したとき、祭具倉庫の扉が開いた。
* * *
【リン王女視点】
私は驚愕と決意を秘めて、扉を開いた。
ノイエ殿は約束通り、暗殺者たちを打ち倒してくれた! その実行力と誠実さに、私は感動を隠せない。
本当に、こんな人がいるんだ!
ノイエ殿が腹の底で何を考えているのか、本当のところはわからない。私を利用したいだけなのかもしれない。
でもいいじゃないか。こんな豪傑になら、利用されるのも楽しそうだ。それに彼に助けてもらわなければ、どうせこの命は今夜潰えていた。
兵士たちの掲げる松明の光に目を細めながら、私はゆっくり進み出る。私を救出する為に、これだけの兵を用立ててくれたのだ。この規模、農村の代官が自前で持っている兵力ではないと思う。きっと近隣の村々からも借りたのだろう。
だとすれば、ここで醜態を晒してノイエ殿の面子を潰す訳にはいかなかった。
私が口を開く前に、ノイエ殿が振り向く。
「殿下! 皆の者、この御方がリン王女殿下よ! 剣を収めて膝をつきなさい! 槍と弓は背中に隠して!」
一同が膝をつき、ノイエ殿も同じように膝をつく。
さあ、ここからが王女の仕事だぞ。私は気を引き締める。
「ノイエ殿、面を上げなさい。あなたは私の命の恩人、そのような作法は必要ありません」
どうかな? これで合ってるかな? 姫っぽい振る舞いはあまり得意ではないので、少し不安だ。
ノイエ殿は全身に返り血を浴び、剣は鞘に収めずに背中に隠していた。警戒しているのかと思ったが、理由がすぐにわかった。
激しい戦闘で刀身が曲がり、鞘に収まらないのだ。どれだけ打ち合ったのだろう。指揮官なのに獅子奮迅の荒武者ぶりだ。
思わず声がかすれる。
「けがは……けがはないか、ノイエ殿? それは全部、返り血だろうな?」
するとノイエ殿がフッとおかしそうに笑った。
「ええ。もちろんよ、殿下」
「よかった……」
私が手を差し伸べると、ノイエ殿はその手に触れるか触れないか程度に手を伸ばし、スッと軽やかに立ち上がった。所作のひとつひとつが美しく、見ているだけでほれぼれする。
「殿下、神殿内に賊の侵入を許してごめんなさいね」
「構わない。こうして生きていられるのは、ノイエ殿のおかげだ」
そう言って周囲を見回したが、よくよく見ると神官たちの姿が見えない。
「神官たちはどうした? まさか賊に……」
するとノイエ殿は首を横に振った。
「神殿長から祭司見習いまで全員、綺麗さっぱり姿が消えていたわ。あいつら、殿下を見捨てて逃げ出したのよ」
密かに家族のように思っていただけにショックだったが、私は苦笑してみせる。
「よい。賊が押し入ってきたのだ、逃げるのが筋であろう」
「寛大なお言葉ね、殿下」
「ははは……」
乾いた笑いしか出ない。
どうやら今の私には、味方と呼べる者がノイエ殿しかいないようだ。
しかし今日会ったばかりのこの味方は、私の心から不安や恐怖を綺麗さっぱり吹き飛ばしてしまう。
だってかっこいいんだもの! 信じられない!
男なのか女なのかよくわからないのが、神秘的な魅力を感じる。
騎士物語から抜け出してきたような、不思議な人だ。
私はこれから何が起きるのかを少し期待しながら、ノイエ殿に告げた。
「ベナン村代官、ノイエ・カルファードよ」
「はい、リン王女殿下」
ノイエが腰を屈め、恭しく一礼する。
私は庶子の王女だが、それでも王室の一員だ。貴族の忠誠に報いる義務がある。
……あるんだけど、何もあげられない。
「あなたは何の見返りも求めず、命を懸けて凶賊たちと戦ってくれました。あなたはテザリア貴族の鑑、真の騎士です。私が今こうして生きていられるのも、あなたのおかげです。ありがとうございます」
私は国王の子なのに、何の権限も持っていない。爵位も領地も特権も恩給もあげられない。それどころか名誉ひとつ与えられない。
今の私には、お礼の言葉を述べるのが精一杯。情けない話だ。
それなのに、ノイエ殿は笑顔でそれを受け取ってくれた。
「ありがとうございます、殿下。過分なお褒めのお言葉、きっと当家末代までの語りぐさとなりましょう。今後ますますの忠誠をお約束いたしますわ」
うふふ、よかった。
でもねノイエ殿、いつかきっとすごいものをあげるからね。




