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オネエ軍師 ~庶子たちの戦争~  作者: 漂月


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第58話「弁明と叱責」

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   *   *   *


【ツバイネル家嫡男ボルゴ視点】


「それで、お前はジレと五千の兵を見捨てて逃げ帰ったという訳か」

 ツバイネル公の言葉に、ボルゴはうっすらと恐怖を感じる。実の父ながら、そのまなざしは恐ろしく冷たい。馬や刀剣の値踏みをしているときと同じだ。



「しかし父上、相手は三万から十万規模の大軍です。預かった一万五千の兵では時間稼ぎにもなりません」

 懸命の弁明にも、ツバイネル公は溜息をついて首を振るだけだ。

「敵勢の軍旗を見たのであろう? 紋章官に聞けば、それぞれどの程度の家柄かはわかるはずだ。兵を千も動員できる貴族ばかりではない」



「そんな!? 百以上もの軍旗を、いちいち確認しろと仰るんですか!?」

「私はテザリア全土の領主たちの家紋を全て覚えているが、お前は違うのか?」

 テザリア全土の領主と一言で言っても、何百人いるのか見当もつかない。千を超えるかもしれない。



「そ……それは……」

「全部は無理でも、主立った領主の家紋ぐらいは覚えていなくてどうする。仮にそれも無理だったとして、お前は紋章官になぜ確認しなかった? 人を使うのが下手なのか?」



 人を使うのが下手だと認めれば、問答無用で廃嫡されてしまう。父親は「使えないヤツ」に興味がない。それが実の長男であってもだ。

 ボルゴは慌てて首を横に振り、懸命に言い訳を考える。



「仮に南テザリア同盟とやらの兵力が一万足らずだったとしても、やはり私は退却を命じていたからです」

「ほう」

 ツバイネル公は頬杖をつく。

「お前の話を聞こう」



 ボルゴはじんわりと背中に汗を感じながら、長年培った言い訳の技術を総動員した。

「今後は北テザリアの領主たちから兵を募ることになりますが、ツバイネル家の兵が敗北を喫したとなれば領主たちは兵を出し渋りましょう。彼らとて長年のよしみで兵を融通するほど、お人好しではありません」



 ツバイネル公は無言のままだ。ボルゴは口の中が乾いてくるのを感じる。

「で、ですので。ここで予想外の痛手を受けてしまってはまずいと思い、戦いになる前に兵を引き揚げたのです。おかげで主力は無傷です」

「まあまあだな。ジレたちを見捨てたのは?」



「で……伝令は送ったのですが、退却までに連絡がつかず……」

「よいか、ボルゴよ。嘘は一度つけば、その嘘を塗り固めるのにさらなる嘘を必要とする。苦し紛れで嘘をつくぐらいなら、正直に言ってしまう方がずっと良い」

 案の定、嘘がバレている。ボルゴは観念した。



「申し訳ありません、父上。ジレ殿がたかだか三百の兵しかいない山城ひとつを攻め落とすのに、何日もかけていたおかげで……」

「時間稼ぎがお前の役目である以上、何日だろうが何ヶ月であろうが黙って時間を稼げ。ジレにはジレの考えがあり、私はそれを尊重した。お前も尊重しなさい」



 だったら俺の考えも尊重してくれと叫びたいボルゴではあったが、この父親に対してそんなことは口が裂けても言えない。

「はい、父上」

「よろしい。お前の働きぶりはお世辞にも良いとは言えんが、戦争の継続を不可能にしなかった以上、処罰はせぬ。軍権は確かに返してもらった」



 どうやら虎口は脱したらしい。戦の行く末よりも重要な問題が片付き、ボルゴはホッと安堵する。

 ツバイネル公は険しい表情でこちらを見ていたが、やがてこう言った。



「旧街道方面に敵勢が現れた。七千の兵がトルネ要塞の前面に物資の集積所を作ったそうだ」

「なんと!? 敵は街道方面を通ってくるはずだという、父上の読みが外れたのですか!?」

 ジレが捕虜になった時点でこちらの手の内は全て露見していると、ツバイネル公は断言していた。だとしたら街道方面から進軍してくるはずだ。



 しかしツバイネル公は首を振る。

「何もかもお前のせいだぞ、ボルゴよ。私の読みでは、この七千は囮だ」

「七千も囮に使えるのなら、やはり南テザリア同盟軍は相当な大軍なのでは……」

「違う。このうちの五千はジレの率いていた兵だ」



 ツバイネル公の言葉にボルゴはますます驚く。

「ジレ殿は降伏しただけでなく、寝返ったというのですか!? 妻子が北テザリアにいるというのに!?」

 するとツバイネル公は苛立たしげに指先で机をトントンと叩いた。



「お前の理解力のなさはどうなのだ、ボルゴ。ありえないと思ったときは、ありえる条件に置き換えてみるのだ」

「……さっぱりわかりません」

「ジレの兵は捕虜になり、ノイエの命令でここまで行軍してきたのだろう。おおかた、故郷に帰してやるなどと言われてな」



 そこまで説明されて、ボルゴもようやく話の輪郭が見えてきた。

「七千ものまとまった兵力を旧街道に差し向けたように見せかけることで、我々に揺さぶりをかけるつもりですか」

「そうだ。ここで主力をトルネ要塞に戻すようなことをすれば、がら空きの街道を南テザリアの田舎者どもが行進してくるぞ」



 ツバイネル公は溜息をつき、さらに言う。

「幸い、街道沿いにはルーディッシュ城がある。主力をルーディッシュ城に入れ、王女軍を食い止めるのだ」

「勝てますでしょうか? 噂によると、南テザリアの諸侯や王都の近衛兵団が続々と王女に従い、規模が膨れ上がっているそうです」



 これはツバイネル家でも斥候を放って確認していて、現在の王女軍は寄せ集めながらも二万を超える規模になっているようだ。

 しかしツバイネル公は動じない。

「案ずるな、私が近隣の諸侯に声をかける。二~三万程度ならすぐに集められよう。主力一万五千とルーディッシュ城守備隊三千と合わせれば、四~五万の大軍になる。それに城の守備隊は現在も増員中だ」



 その言葉にボルゴはホッとする。確かに北テザリアの古い領主たちは、ツバイネル家をかつての王家として尊重している。それぐらいならすぐに集まるだろう。

「では私は、ルーディッシュ城の救援に向かえば良いのですね?」

「そうだ。幸い、あの厄介なノイエは旧街道方面にいる。あやつが主力を指揮していない以上、敵は烏合の衆だ。恐るるに足らぬ」



 ツバイネル公はそう言い、ボルゴもうなずく。

「では今度こそ任務を全うし、ルーディッシュ城を守り抜いて御覧に入れます」

「よろしい。では再び軍権を預ける。それと家督の継承権もな。……これ以上私を失望させないでくれると嬉しいぞ、ボルゴよ」


   *   *   *


「ノイエ殿!? なんでこっちにいるんだ!?」

 久しぶりに見たリンの顔がびっくりしているので、私はおかしくて仕方がなかった。

「街道と旧街道はつながってるもの。行軍には不便な細い間道だけど、たかだか四十騎の騎兵が通るだけなら余裕よ?」



 私は旧街道のトルネ要塞を放置して、街道沿いに進軍中のリンたちと合流していた。

「あっちはもう大丈夫。捕虜たちも無事に故郷に帰してあげられるし、敵は予想外の兵にびっくりするしで一石二鳥ね」

 とはいえ、ツバイネル公なら騙されないだろう。



 私は行軍中の隊列に馬を合わせながら、鉄騎団と共に行軍に加わる。

「それで、今のリン王女軍はどれぐらいの規模?」

 その質問にはリュナンが答える。

「ええと、南テザリア同盟軍が一万五千にまで増えました。王都周辺の近衛兵団が五千。清従騎士団が一万。合計三万です」



「あら、意外とやるじゃない」

 命令系統がバラバラな烏合の衆だが、この際目をつぶるとしよう。数は力だ。

「王都の守りは?」

「聖モンテール騎士団が残っています。あと南テザリア同盟軍のうち、後から参加した領主たちも留守番です。集合に間に合いませんでした」



 聖モンテール騎士団が留守番なのに、カシュオーン軍監がここにいることについては不問としよう。彼は聖モンテール騎士団の司令官ではない。教皇直属の軍監だ。

「寄せ集めでも三万いれば、かなりのものね。南テザリア同盟軍は今も規模拡大中かしら?」



「はい。父上が積極的に声をかけてるみたいですね。兵の質はだいぶ低いみたいですけど、とにかく数だけはどんどん集まっています」

「新女王の誕生に貢献して、のちのち利権にありつこうって腹づもりでしょうね」

 この手の連中は何かあればあっさり掌を返すが、それは世の常なので仕方がない。勝ち続ければいいだけの話だ。



 私は街道に長く延びる隊列を見て、小さくうなずいた。

「もうすぐルーディッシュ城よ。出立前の軍議通り、命令の徹底をよろしくね」

 するとリュナンだけでなく、カシュオーン軍監やベルゲン鉄騎団長まで微妙な顔をした。

「本当にやるんですか……?」

「やるのよ」


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