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オネエ軍師 ~庶子たちの戦争~  作者: 漂月


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第55話「北伐軍議」

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 私とリン王女は、南テザリア同盟の幹部と聖モンテール騎士団のカシュオーン軍監を呼び集めた。ついでに降将のジレも同席させる。

「降伏したジレ殿からの情報で、ツバイネル軍の意図がわかったわ」



 私は地図を示し、一同に伝える。

「敵本隊が早々に撤退したのは、戦場を北テザリアに移すことで有利に戦う為よ。北テザリアの寒冷な気候と険しい地形、そしてツバイネル家が所有する城や砦が我々に牙を剥くわ」



 すると異母弟のリュナンが挙手する。

「しかし兄上、それではツバイネル領の領民たちが困りませんか? 敵の軍隊が通過すると酷いことになるのが普通ですが、領民たちの庇護者であるツバイネル公はいったい……」

「そのへんは気にしてないんじゃない? ねえジレ殿?」



 私が肩をすくめると、降将のジレが溜息をついた。

「私に聞くのはよしてくれ。私はツバイネル公が温和な人格者だと信じていたんだ」

「だそうよ。ジレ殿に罪はないわ」

 私は諸将にやんわりと釘を刺してから、話を進める。



「ツバイネル家は城を複数所有しているけど、今回の戦争で使われそうなのは二つ。街道を守る『ルーディッシュ城』と、建国以前の旧街道を守る『トルネ要塞』ね」

 軍隊というのは森の中や山の上をどかどか歩いていくことができない。やりたければやってもいいが、時間が掛かりすぎる上に脱落者が続出するだろう。また、そういう地形では馬車が通れないので補給の問題も深刻だ。



 だからどうしても街道などの平坦な地形に沿って進軍することになるが、その街道を守るのがこれら二つの城だ。

「街道はネルヴィス殿が寄進したグイム地方を通っているわ。もともとはツバイネル公が自領の守りを固める為にネルヴィス殿に治めさせていたんだけど、今は教団領ね」



 身内の寝返りほど怖いものはないというのが、これだけでもよくわかる。守りの一角が敵の前線基地になってしまった。

 カシュオーン軍監がうなずく。



「物見の報告によれば、敵本隊は旧街道方面に退却している。ルーディッシュ城には最低限の守備隊しかいないはずだ」

「ジレ殿の証言でもそうなっているわ。トルネ要塞から援軍を出そうにも、街道と旧街道はかなり離れているから動きづらいでしょうね」



 現在、敵主力は旧街道を守るトルネ要塞にいるか、ツバイネル領のもっと奥に引っ込んでいるはずだ。

 街道を守るルーディッシュ城は今、本隊からもツバイネル領からも分断されている。ジレの証言では、ルーディッシュ城の守備隊はありったけ集めても三千程度だという。その程度なら全軍で攻めれば落とせる。



「ただし、そのことはツバイネル公も気づいているわ。ジレ殿が捕虜になった時点で、リン王女殿下の軍が街道沿いに北上してくることは予想しているはずよ。兵も動かしていることでしょうね。ただ、城や河はツバイネル公でも動かせないわ」



 私は地図の旧街道ルートを示す。ジレや幕僚たちの証言で、地図には新たな情報が付け加えられていた。

 それを見た諸将は顔をしかめる。



「旧街道の方は、大きな河を二回も渡らないといかんな……。橋を落とされていたら厄介だぞ」

「それに曲がりくねった山道が多い。兵も疲れるし奇襲を受けやすい」

「おまけにその山道を塞ぐようにトルネ要塞が建てられています。周囲の砦と連携して防衛線を作っていて、これはかなり手強いでしょう」



 旧街道は防衛と交通の両面に配慮しているが、平和になるとやはり不便だったらしい。連邦王国になった後すぐに現在の街道が整備されている。

 こちらは主に平野部の農地を通るルートだ。長い年月のうちに森が切り開かれ、農地がどんどん広がっていったせいだ。



「街道沿いを進軍するのはほぼ確定として、ツバイネル領に入る為にはルーディッシュ城を通過する必要があるわ」

 するとカシュオーンが腕組みする。

「敵守備隊が三千なら落とせるだろう。だがどう攻める?」

 私は肩をすくめてみせた。



「通過するって言ったでしょ? 城なんかほっときましょ」

「何!?」

「今、なんと!?」

 カシュオーンだけでなく、南テザリア同盟の諸将も驚いた様子だ。



 私は笑顔で説明する。

「ルーディッシュ城の周囲はだだっ広い麦畑だから、迂回して進軍できるわ。城攻めで失う時間と兵力を温存できるわね」

「城から追撃を受けますよ!?」

 リュナンが叫ぶが、私は笑ったまま応じる。



「敵が自分から野戦を選んでくれるのなら、遠慮無く叩き潰して城を奪うわ。こちらの兵力は敵の五倍、平原での野戦ならどう動かしても勝てるはずよ」

 背後から急襲を受けると五倍でも安泰とは言えないが、敵に追撃する気があるのかどうかも怪しい。



「ルーディッシュ城の城代は、ツバイネル公の次男ギョルド。嫡子ダパールもいるわ。降伏や寝返りは期待できないから、無視するのが一番ね。城代が交代している可能性があるけど」

 あくまでもジレの証言だが、ギョルドは事務方なので今回も遠征を命じられていない。徴税など財務担当らしい。誰かと交代し、後方の拠点に退いているかもしれない。



「ま、ツバイネル公以外はほっときましょ。ツバイネル公を倒してもまだ戦うっていうのなら、お望み通り根絶やしにするまでよ」

 今回、私たちがやりたいのはツバイネル公の討伐だ。ツバイネル公が籠もっている城以外は攻撃目標にしなくてもいい。

 とはいえ、これは軍学の常識からは大きく逸脱している。みんな不安そうな顔だ。



 彼らを代表して、リュナンがまた問いかけてくる。

「兄上、本当に城を無視していいんですか?」

「今回に限ってはね。大丈夫、過去にそれをやって勝ちまくった将軍がいたから」



「そんな人がいたんですね……。誰ですか?」

「ナポレオンよ。あと武田信玄もやってたわね」

「誰?」

 みんな首を傾げているが、この世界の将軍ではないので無理もない。



「今回の戦略において、最も重要なのは敵の想定を上回る速度よ。ツバイネル公に時間を与えたら、いくらでも対応策を打ってくるわ。街道沿いの領主たちに挙兵を呼びかけるぐらいはしてるでしょうし、彼には他にも切り札がいくつもあるはずだから」

 可能性としてはほぼありえないが、もし北のノルデンティス王国と内通でもすれば手がつけられなくなる。ツバイネル公には無数の選択肢があり、どれを選ぶかはわからない。



「だからツバイネル公が切り札を使えないよう、あるいは使っても空振りになるよう、こちらは迅速に動く必要があるのよ」

 例えばもしノルデンティス王国と内通されても、ノルデンティスから兵が派遣されてくるのはかなり後だ。それまでにツバイネル公を倒してしまえば、国内の問題はとりあえず片付く。

 街道沿いの領主たちに挙兵を呼び掛けても、挙兵前に制圧してしまえば戦わずに済む。ここからはスピード勝負だ。



「それにぐずぐずしてると周辺国が妙な気を起こさないとも限らないわ。内戦中の国なんて、どさくさ紛れに侵攻するにはうってつけだものね」

「確かにな」

「それは困りますな」

 みんな新しい領地が欲しくて戦争しに来たのに、横から異国人に領地を奪われるのは面白くない。



 最後にリン王女がこの場を代表して発言する。

「皆、ノイエ殿の言葉は胸に刻んだな? このような戦でテザリアの国力を浪費していては、他国の侵攻を許すことになる。ツバイネル公の謀反をなるべく早く鎮圧することが、このテザリアを守る勇者たちの務めだ。奮闘を期待しているぞ」

 幼いながらも堂々とした、いい言葉だ。諸将が頭を下げ、王女への忠誠を誓う。



 締めるところを締めてもらったら、後の実務は私の仕事だ。

「では敵の目を撹乱させる為に、軍を二つに分けるわ。本隊は先ほどの打ち合わせ通り、街道を北進。ルーディッシュ城を迂回してツバイネル領を目指して。こちらはリン王女殿下が総大将よ」



 本隊にはほぼ全軍を投入する。兵を無駄に分散させないのは兵法の基本だ。

「そして陽動となる別働隊は私が指揮するわね。こちらは鉄騎団と、特別編成された軍団を使うわ。トルネ要塞を攻めると見せかけて、適当にやりあって時間を稼ぐから」

「敵主力を要塞に釘付けにする訳ですな」



 誰かが納得したようにうなずいたが、私は全く違うことを考えていた。

 だが敵を欺くにはまず味方からだ。私の腹づもりはまだ誰にも明かしていない。

 ふと気づくと、リュナンが私をじっと見ている。



「別働隊の指揮はベルゲン団長にお任せしても大丈夫ではありませんか? 剣豪の兄上が王女殿下のお側におられた方が、殿下も安全だと思いますし」

「私、そんなに強くないわよ?」



 魔女の秘術『殺意の赤』は、リン王女に向けられる殺意には反応しない。

 妖刀キシモジンの加速も純粋に攻撃用なので、リンを避難させるのには使えない。時間の流れを歪めて加速できるのは、使い手の私だけだ。

 その私がリンを抱いて高速移動したら、急激な重力で彼女を失明させかねない。私の動きについていこうとすれば、エリザのようになる。



 ただ、私一人が死地に赴いて生還するにはどちらの力も十分頼もしいので、私はリンを置いて出陣することにした。

 私はベルゲンたち鉄騎団の幹部に声をかける。

「さ、出陣の支度をして。給金分働いてもらうわよ」



「はっはっは、こりゃ今度こそ生きて帰れんぞ」

「馬鹿言え、まだまだ儲けさせてもらわんとな」

 二十年前の戦争で生き残った猛者たちは大笑いすると、ゆっくり立ち上がった。


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