第51話「百旗争鳴」
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【王都攻略軍司令ボルゴ視点】
ツバイネル公の長男、ボルゴは焦っていた。
「おい、ジレ殿はまだディアージュ城を落とせんのか?」
「はい、現在はディアージュ城攻略の準備段階だそうです」
「五千も兵がいるのに、三百そこらの兵しかいない城を落とすのに何日かかっているんだ」
するとボルゴの副官は淡々と返す。
「ジレ様は土木や建築の分野で功績のある方です。そのジレ様が判断なさったのなら、そうだろうとしか……」
「父上の人選に間違いはないだろうしな……」
ボルゴは腕組みする。
しばらく沈黙していたが、彼はやがてぼそりとつぶやいた。
「ベゼーがやらかしたせいで、私の立場が危うい」
「若君の件は心中お察し申し上げます」
副官が頭を下げると、ボルゴは口を歪める。
「ベルカールの悪巧みにそそのかされた息子も悪いが、それぐらいであんな惨い殺し方をしなくてもいいだろうに。あの子は妾腹だから家督の継承権こそないが優秀だった。私が期待して可愛がっていたのを父上もご存じのはずだ」
ボルゴは父親の本性を昔からよく知っているが、まさかあそこまで非情だとは思っていなかった。実の父親ながら恐ろしい。
「とにかくジレ殿には催促の書状を。王都からしつこく敵の使者が来ているが、あれも父上にバレると面倒だ」
「面倒とは?」
副官の問いに、ボルゴは苦い顔をする。
「敵方の使者と頻繁に連絡を取っているのを知られてみろ。疑り深い父上のことだ、すぐに内通だの密約だのを疑い始めるぞ」
「あー……」
副官も苦い顔をした。
「まずいですな」
「ああ、非常にまずい。あまり失態を重ねると廃嫡されかねない」
額に手を当て、ボルゴは呻く。
「私は息子を殺されても父上に従うつもりでいるし、ツバイネル家を守るつもりだ。だが父上はそれを信じてくれないだろう」
副官は青い顔をする。
「で、ではどうなさいますか? 兵力は一万五千もいますし、こうなったら一気に王都を攻撃……」
「いや。守備側の四倍以上の兵力とはいえ、攻め落とすのは難しいだろう。しくじって撤退することにでもなれば、ディアージュ城を攻めているジレ殿が危うくなる。我らの任務は敵の足止めだ」
ボルゴは遥か彼方の王都の城壁を見る。
「それに命令に背いて大変な危険を冒したとなれば、結果がどうであれ父は私を許すまい。少なくとも、家督の継承はなくなるだろうな」
「それではやはり、ここは命令に従うのみですか」
「仕方ない。私は父上の息子だからな」
力なく言うと、ボルゴはうなだれた。
* * *
「うまい具合にもたついているようね」
私が紅茶を飲んでいると、鉄騎団団長ベルゲンが首を傾げる。
「こんなことで敵がどうにかなるのか?」
「私はあなたみたいな本物の軍人じゃないから、兵法には通じてないわ。でもまあ、人間の組織や心理なら多少わかるつもりよ」
「うーむ?」
ベルゲンがまだ不思議そうな顔をしているので、私は説明してあげた。
「あなたもツバイネル公の性格はわかるわよね?」
「会ったことはないが、かなりねちっこいようだな。用心深くて疑り深い。慎重で合理的、そして非情だ」
「同感だわ」
つくづく嫌なヤツを敵に回したものだ。
ツバイネル公は長年にわたって本性を隠していたから、北テザリアの諸侯たちも彼の本性についてはまだ半信半疑だろう。暴露された彼の陰謀の数々を、政敵による流言飛語と見る者も多いはずだ。
しかし身内、特に実子に関してはそうもいかないはずだ。彼らは好むと好まざるとに関わらず、ツバイネル公の陰謀に加担させられる宿命を背負っている。
「少なくとも実の息子たちは、ツバイネル公の本性を知っていたと思うのよ。だとすれば、彼らは今どんな気持ちで戦場にいるのかしらね?」
「そりゃ……」
ベルゲンはハッとした表情になる。
「首魁としては優秀かもしれないが、上官としては最悪だな。些細なしくじりにもケチをつけてきそうで、やりづらくてかなわん」
「でしょ? でしょ?」
「お、おう。……なんでそんなに力説するんだ?」
ごめん、前世の恨みがちょっと混ざった。
「まあいいじゃない。とにかく敵の指揮官はみんな、失敗をして処罰されるのを恐れてるはずよ」
「ああ、そうだろうな。てことはあれか、ツバイネル公が表向きは善人面をしてたのもそこらへんが一因か」
言われてみれば、それもあったかもしれない。
「そうね……。ツバイネル公は今まで温厚で誠実な人物として知られていたようだけど、そっちの方が部下は動きやすいわよね」
にこにこしながら、裏では冷徹な目で部下を評価していたのだろう。前世の私の上司に似ている。
じんわりとムカついてきたが、とにかく今は策謀を進めるのが先だ。
「王都攻略中のボルゴ、ディアージュ城攻略中のジレ。どちらもミスを恐れて動きが消極的になってるわ。時間稼ぎは上々ね」
ツバイネル家は前世の私の職場と同じような雰囲気になっているようで何よりだ。
ただ、これは賭けでもあった。ベルゲンがそのことを問う。
「ジレが損害覚悟で一気に攻め掛かった場合は、あんたどうするつもりだった?」
「ディアージュ城は力押しが無理な構造だから、かなり持ちこたえられるわ。それとリュナンたちには降伏してもいいと伝えているし」
もちろんリュナンたちが降伏後に殺される可能性は十分にあったが、私たちは戦争をしているのだ。誰もが殺される可能性を受け入れるしかない。
「ま、結果的に賭けには勝ったようね」
私は立ち上がる。窓の外に無数の軍旗が翻っていた。
「南テザリア同盟軍一万二千が到着したわ」
なんで数増えてるんだろう?
出迎えに行った私を、アルツ郡周辺の領主たちが取り囲む。
「おお、カルファード家の息子だ!」
「相変わらず変な格好してるな、ノイエ殿!」
「お前ら、ディグリフの御子息は『四つ名』になったんだぞ! 敬礼せんか敬礼!」
一万二千の軍勢に対して、翻る軍旗が百を超えている。まるで祭りのパレードだ。
私は鉄騎団に護衛されつつ、軽く手を挙げる。
「ノイエ・ファリナ・レディアージュ・カルファードよ。軍の総大将はどちらかしら?」
すると一気に十人ほどが進み出た。知っている顔もあれば知らない顔もある。
「南テザリア同盟軍、十二傑衆!」
「なんなのそれは」
アルツ郡に隣接するニッツ郡の領主が笑う。私にとっては近所のおじさんだ。
「このベオラン・ニッツ・ペルビールが教えてやろう、坊主! あ、いや失礼いたした、ノイエ殿!」
今は『四つ名』の私が格上なので、ペルビール卿は態度を改める。
「我々は南テザリア同盟軍の主力を成す十二人の領主たちですぞ。我らが同盟軍は寄り合い所帯だが、この十二人は特に多くの兵や軍資金を提供しておるのです」
株主みたいだな。
ちょっと待って。
「特に多くの兵や軍資金って、ペルビール卿は大丈夫なの? 懐具合はうちの実家と大差ないでしょう?」
すると父と同年代の中年領主は、そっと溜息をつく。
「大丈夫ではないが、ディグリフにうまいこと乗せられましてな。農民と郷士たちに三年間の税免除を約束して、ありったけ動員してきた次第で」
無茶しやがって。領地からの税収が三年も途絶えたら干上がってしまう。
「来年からの生活、どうするおつもりなのよ……」
「そこはまあ、リン王女殿下が即位なされば万事解決かなと」
「あのね」
もしかしてここに集まってる連中、みんなそんな感じか。
私が溜息をついたところで、リン王女が護衛の重騎兵たちと共にやってくる。
「まあ良いではないか、ノイエ殿。私は王になる。ツバイネル公の領地をぶんどったら、だいたい何とかなるだろう」
「あのね」
上も下もお気楽な連中ばかりだ。
すると南テザリア同盟軍の諸侯が騒ぎ始める。
「ノイエ殿、そちらのお方はもしかして……」
「ええ、リン・ランベル・ノイエ・ファサノ・テオドール・テザリア殿下よ。ディアージュ城で籠城しているのは影武者。私の妹よ」
リンはすかさず、よく通る声で堂々と叫ぶ。
「みなの者、よく聞いてくれ! 私は今、猛烈に感動している!」
前世で聞き覚えのあるフレーズが出てきた。
リンは堂々とした態度で続ける。
「私は南テザリアで長く暮らし、母の墓も南テザリアにある! そして今、こうして南テザリアから多くの将兵が力を貸しに来てくれた! 我が力の源は南テザリアにある! 南テザリアの勇者たちよ! 我が治世が訪れることを期待し、奮闘せよ!」
うまい演説だ。具体的にどうするとは一言も言っていないが、なんとなく見返りがありそうな内容だ。
きっと弁論術や演劇の本も読んで勉強したのだろう。王には必須の教養だ。
そしてのんきな南テザリア同盟軍の諸侯は大興奮だ。
「殿下! リン王女殿下!」
「我らが女王!」
「南テザリアの支配者!」
「新しき王に栄光あれ!」
だいぶ動機が生臭いが、戦争というものがそもそも生臭いのでこれでいいのだろう。たぶん。
「さて、王都の北側を掃除してディアージュ城も解放しなくちゃ。全員、自分の軍旗を持ってついてきて」
楽しいことになりそうだ。




