第50話「攻城の苦悩」
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私はカレンダーに印をつけながら、リンに伝える。
「うちの親父殿が、なんか『南テザリア同盟』とかいうのを作ったらしいわ。早馬で連絡が来たけど、寄り合い所帯でおよそ八千の兵が北上中よ」
「八千か!」
リンが嬉しそうにぴょこっと顔を上げる。
「それだけあれば、ディアージュ城の救援ができるな!」
「それまで城が持てばね」
なんせ寄り合い所帯なので統制が取れていないし、本当に数だけの寄せ集めだ。行軍速度も大変遅いとみていい。
ディアージュ城の方は心配だが、王都の方はカシュオーン軍監が率いる聖モンテール騎士団が頑張りまくっていた。
「巡礼者たちの通報によると、敵輜重隊がちょうど到着するところだ。西三番門から騎兵百五十を出し、敵輜重隊を叩く。損害を与えたら即座に退却し、敵追撃隊を街道沿いの丘陵地に誘い込め。ここに歩兵を潜ませ、追撃隊を撃滅する」
「はっ!」
カシュオーン軍監は淡々と、だが確実にツバイネル軍に対して損害を与え続けていた。
やり方は実に堅実かつ地味だが、毎回一方的に勝利するので敵は苛立っていることだろう。
敵はもともと聖モンテール騎士団の動きを封じる為の軍なので、積極的な攻めは禁じられているはずだ。だから戦果らしい戦果は何も挙げられず、ちまちま損害だけ累積していく。
それでも本格的な攻撃が来ないのは、指揮官であるツバイネル家嫡子、ボルゴが父の言いなりだからだ。父親の言う通りにしていれば家督が転がり込むのだから、勝手なことをする必要はない。
そして彼の父、ツバイネル公ゼラーンは北テザリアの奥に引っ込んでおり、命令が一往復するのにかなりの日数を要する。
「こっちは大丈夫そうね」
私は少し安心し、ふとツバイネル家について考える。
「ディアージュ城を包囲している敵将は、ツバイネル公の次女の婿ね」
「ああ。ジレだろ。どんな人かは知らないけど」
リンが答えると、私たちの護衛をしてくれている鉄騎団団長ベルゲンが口を開いた。
「うちの連中が集めた情報じゃ、割とまともなヤツらしいぞ。テオドール郡や周辺の土地で食料の徴発を行うとき、農民や商人たちに必ず代金を支払っているらしい」
「あら、だいぶまともね」
北テザリアの人間にとって、この辺りの人間は余所者だ。「同じテザリア人」という意識はない。食料を略奪しようが領民を殺そうが、全く心は痛まないはずだ。
にも関わらず、代金を支払っている。おそらく無用のトラブルを回避したいからだろう。
「ええと、ジレ……ジレ……あ、これね」
王室には主な貴族の名鑑があり、ツバイネル公の婿であるジレも名前が載っている。
「ジレ・リュプト・ユグシス・ツバイネル……『四つ名』じゃ大変そうね」
ツバイネル家は当主が『六つ名』、実子も全員『五つ名』の超名門だ。『四つ名』の婿は肩身が狭いだろう。
「実家が『五つ名』の上流貴族で、そこの次男か三男辺りだと考えれば『四つ名』で当たり前なんだけど……」
「名前の数で人の価値が決まるなんて、嫌な国だな」
リンがしかめっ面をしている。『二つ名』だった頃のことを思い出しているのだろうか。
私は苦笑してみせる。
「同感だわ。それはそれとして、ツバイネル家嫡男のボルゴと婿のジレ、どっちも利用できそうね」
「利用?」
「ま、見てて」
私はにんまり微笑んだ。
それから数日。
「ボルゴ殿への使者は追い返されました」
「ジレ殿への使者も追い返されています」
王都攻略軍を指揮するボルゴ、ディアージュ城攻略軍を指揮するジレ。いずれも和睦の使者を追い返してきた。書簡は一応預かってくれたようだが、使者とは会ってくれなかったらしい。
カシュオーン軍監が溜息をついている。
「この期に及んで交渉の余地があるとでも思っているのか、ノイエ殿?」
「交渉の余地はないでしょうね」
私が肩をすくめると、カシュオーンは失望したように言う。
「彼らを寝返らせようとしても無駄だ。ツバイネル公は猜疑心が強く、自分に絶対服従する者しか重用しない。大勢いる一門衆から選ばれて軍を預けられている以上、彼らはツバイネル公に絶対の忠誠を誓っているはずだ」
「そうでしょうねえ」
私がニヤニヤ笑っているので、カシュオーンは不思議そうな顔をする。
「ちょっと待ってくれ、何を企んでいる?」
「あら、知りたい?」
「多少はな」
とても嫌そうな顔ではあったが、私の手の内を探るのもカシュオーンの仕事だ。
私はますますニヤニヤ笑う。
「猜疑心の強いツバイネル公だからこそ、有効な作戦よ」
「ん?」
カシュオーンは首を傾げた。
* * *
【ディアージュ城攻略部隊指揮官ジレ視点】
「参ったな……」
ジレは山頂にそびえるディアージュ城を見上げながら、溜息をついた。
「ツバイネル公を清廉な人物だと信じていたからこそ、実家の為に婿入りしたというのに……」
すかさず側近がたしなめる。ジレが実家から連れてきた譜代の家臣だ。
「若、周りはツバイネル家の兵ばかりです。発言は慎重に」
「わかっている。あとお前こそ『若』はよせ、ツバイネル家の連中に聞かれたら失笑ものだぞ」
ジレはまた溜息をつく。
「王族の籠城する城を攻めるなど、気が進まんな……。おまけにとんでもない堅城だ」
ジレの送った攻撃隊は三回とも大損害を受けて撤退していた。
「急な斜面に曲がりくねった道。多勢で攻められるのは正門だけなのに、周辺の塔や砦から矢が降り注いでくる」
側近もそれにはうなずくものの、主君を慰める。
「ディアージュ城は王都防衛の要として作られましたからな。しかし守備隊は少数、押し続ければ疲弊します。いずれ矢も尽きましょう」
「それはそうだろうが……」
ジレは三度目の溜息をついた。
「攻撃に失敗する度に、生還した兵たちの視線がどんどん冷たくなっていてな。あいつらはツバイネル家に仕える郷士たちだ、後でツバイネル公にどんな報告をするか」
「そこは奥方様に取りなして頂くしか……」
側近はそう言うものの、ジレの妻は戦地に来ていないし、軍事については素人だ。
「あいつが取りなしてくれると思うか?」
「いえ……」
無言になる主従。
そこにツバイネル軍の兵士が駆け込んでくる。
「失礼いたします! 敵方より使者が参っております!」
「またか。今度はどこの者だ?」
「聖モンテール騎士団、団長代行カシュオーン殿です!」
ジレは悩んだが、相手は清従教の聖職者だ。やはり無視はしづらい。
「用件を聞いて書簡があれば預かろう。使者は追い返せ。後日こちらから返事をいたすとな」
「ははっ!」
ジレは四度目の溜息をつく。
「私に裁可の権限などないのに、降伏勧告だの撤退要求だの和睦提案だの……」
「それだけ相手も追い詰められているということでしょう。苦し紛れですよ、若」
「確かにな」
側近の言葉にジレは考え込む。
「なるほど、力尽くで我々を追い払えるのなら、とっくにそうしている訳だ。他に手がないから交渉を求めている。だとすれば、焦って無理な攻めをする必要はないな」
ジレはほっとして笑顔をみせる。
「よし、本日の攻めは中止だ。兵に休息を取らせよ」
「よろしいのですか? ツバイネル公は迅速に行動せよとの命ですが……」
「勝ったところで手柄にするのは総大将のボルゴ殿だ」
ジレは側近の危惧にそう答え、さらに続けた。
「あまり損害を出すと私が無能扱いされる。ツバイネル公の本性がわかった今、失敗や讒言は命取りだ」
温厚で善良な好々爺だと思っていたら、とんでもない悪党だった。
噂によれば、国王や王太子を暗殺したのはツバイネル公だという。リン王女やネルヴィスの暗殺未遂も彼の仕業らしい。王太子ベルカールに加担したベゼーを処刑したのも彼だ。
「ベルカール殿もネルヴィス殿もベゼー殿も、ツバイネル公の実の孫だぞ。孫を平然と殺せる人間が、娘婿などに容赦するものか」
ツバイネル家が勝利するにせよ敗北するにせよ、ここで迂闊にミスは犯せない。
「攻め方を変えよう。山頂近くに仮設の砦を作り、攻撃の拠点とする」
「今からですか?」
「城門にたどり着く前に息が上がっているような現状では、兵どもも満足に戦えん。砦があれば物資も集積できるし、弓で攻撃隊を支援できる」
ジレは自分の思いつきに満足し、大きくうなずく。
「どうせ軍資金には困ってないし、築城は地元の連中に金を払ってやらせよう。その間、兵には休みをくれてやる」
「いいんですかね」
「今は何よりも兵たちの讒言が怖い……」
ジレは五回目の溜息をついた。




