表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
オネエ軍師 ~庶子たちの戦争~  作者: 漂月


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

48/70

第48話「影武者たち」

48


 王都に接近しつつあるツバイネル軍は、総数およそ五千。逃亡した王太子軍が合流した可能性があるのだが、それを考慮するとやけに規模が小さい。

「本当にそれだけ?」

「街道沿いの神殿から複数の情報が入っている。信用していいだろう」



 清従教団の幹部であるカシュオーンが言うなら、信じてよさそうだ。

 だが彼も首を傾げている。

「これが本隊ではあるまいが、先遣隊にしても何をする為の軍なのかが不明だ。規模が半端すぎる」

「そうね。王都を攻略するにも制圧するにも足りないわ」



 王都バルザールは城塞都市としての機能を持つ。城攻めには防御側の三倍から五倍の兵力が必要とされる。

 聖モンテール騎士団三千五百が王都防衛をしている現状、攻撃側は最低でも一万用意しなくてはいけないだろう。



 私は少し考え、二つの仮説を導き出す。

「考えられるのはふたつ。ひとつめは出兵そのものが目的である場合ね。政治的な目的での派兵なら、兵の規模はさして重要ではないわ」

「ふたつめは?」

 カシュオーンがチラリと私を見たので、私は答える。



「攻略目標が王都以外の場合よ。途中から進路を南西に転じて、テオドール郡やディアージュ城に向かってくるかもしれないわ」

「なるほど、ディアージュ城を攻め落とすなら五千で十分だな」

 ディアージュ城の守備隊は三百しかいないし、主力の聖モンテール騎士団は王都を守っている。



 カシュオーンは私に問う。

「王女殿下は今どちらに?」

「表向きはディアージュ城にいることになってるわ。本当はここにいるけど」

 ディアージュ城にいるのは影武者だ。名前をユイという。

 ……そう。私の大事な異母妹は、自らリン王女の影武者を買って出たのだ。



 そして影武者ユイの傍に付き従う私そっくりのオカマみたいな若い男は、リュナンだった。

 確かにこの二人なら本物の仕草や性格を正確に真似できるだろうが、いろいろ不安だ。



 まあでも、そのおかげでリンはお忍びであちこち動き回れている。緊急避難用に『ジュナの歪曲儀』の護符を持たせていることもあり、かなり安全な状況だ。

 カシュオーンは少し考える様子を見せ、すぐにこう言った。



「狙いはやはり、ディアージュ城攻略か」

「落とせるとは思ってないでしょうけどね。ディアージュ城を包囲しても、陥落前に聖モンテール騎士団が王都から救援に駆けつけるわ」



「では何の為に?」

「敵の本隊が王都への攻撃を開始したら、王都にいる聖モンテール騎士団は動けなくなるでしょ。もしそのときまでに聖モンテール騎士団が王都を出ていたら、王都は空っぽになってるから簡単に制圧できるし」



 もともとの総兵力で勝っているので、ツバイネル公側はこちらがどう動こうが優勢を保てるのだ。私たちに選択の余地はない。

「ではどうする、ノイエ殿」

「ここに王女殿下がいるとバレたら厄介だわ。ディアージュ城に王女がいるという前提で、ディアージュ城に聖モンテール騎士団を派遣して」



 しかしカシュオーンは首を横に振った。

「教皇猊下とネルヴィス殿の御身をお守りせねばならない。派遣できるのは騎兵五百と歩兵千だけだ」

「それなら別に救援はいいわ。全軍で王都を守ってて」



「いいのか?」

「良くはないけど、ただでさえ少ない兵なのよ。分割したらますます弱くなるわ。五千の敵軍に勝てる兵力でなければ、動かしても意味がないのよ」

 千五百の援軍と共に守備隊三百が籠城すれば、五千の敵とも互角以上に渡り合えるだろう。しかし籠城する兵が多ければ多いほど兵糧が尽きるのも早い。おまけに指揮系統が複数存在する寄せ集めだ。



「ディアージュ城の守備はこっちの手勢でやるわ。聖モンテール騎士団は王都の防衛に徹してちょうだい」

「承知した」

 カシュオーンはうなずき、部屋を出ていく。しょせんは借りた兵、戦う目的は微妙にズレている。



 すると今度は、表向きはディアージュ城にいるはずのリン王女が隣の部屋からひょこりと顔を出した。

「ツバイネル軍か。どう防ぐつもりなんだ?」

「ツバイネル軍が王都を攻略するつもりなら、聖モンテール騎士団が撃退してくれるわ。籠城側が三千五百、攻撃側が五千なら籠城側の勝利はほぼ確実よ。それで負けるようなら軍の体を成してないわね」



 問題はディアージュ城だ。

「敵がディアージュ城攻略に向かった場合、守備隊三百で数日は耐えられると思うわ。その間に聖モンテール騎士団が王都から救援に出陣し、城を包囲しているツバイネル軍を背後から強襲する」

「おお、すごい」



「……つもりだけど、その前にツバイネル軍が反転して聖モンテール騎士団に野戦を挑むでしょう。ディアージュ城守備隊と聖モンテール騎士団の兵力を合わせても、ツバイネル軍の兵力の方がまだ上だものね」

 敵の方が多数だ。こちらは策を弄して戦うしかない。



「そしてさっきも言ったように、ツバイネル軍の後詰めが王都を目指して突き進んできたら、聖モンテール騎士団はディアージュ城の救援には向かえないわ。教皇猊下を守らないとモンテール派は終わりだもの」

 聖モンテール騎士団の立場を知り尽くした、うまい戦略だと思う。



 リンは腕組みして、うーんと唸る。

「じゃあ、やっぱり敵は後詰めが来るよな?」

「来るでしょうね。こちらの頼みの綱は、他の清従騎士団だけど……モンテール派以外の教派は教皇の命令に対してもいろいろ思うところがあるわ」



 教皇が失脚なり死亡なりしてくれれば、自分たちの教派から教皇が選ばれる可能性があるのだ。情勢を見ながらの派兵になるだろう。

 そういう卑怯な振る舞いを好まないリンは不機嫌になる。



「今そんな内紛してる場合じゃないだろう?」

「それでも内紛するのが人間ってもんなのよ。しょうがないわ」

 こればっかりは出家しようが転生しようが変わらない。人間の性だ。



「ま、さすがにこの状況で派兵そのものを中止したりはしないでしょ。待ってりゃいつかは援軍が来るわ。それまで持ちこたえさせるしかないわね」

 ただ、五千の攻め手に対して防御側が三百では厳しい。



 折れ曲がった急な坂道を持つディアージュ城には、攻め手は数百人ずつでしか突撃できない。正門前にたどり着いたときには息が上がっている。山道だから攻城兵器もほとんど使えない。

 そうそう突破はされないだろう。



 しかし五千人なら、五百ずつで十回突撃できる。

 一方、こちらはそれを三百人で十回防がねばならない。疲労の蓄積が違う。

 長期的には耐えきれないとみていい。



 こうなってしまうと、後はリン王女陣営にどれぐらいの兵が集まるかが勝負だ。

 できることはだいたいやったつもりだが、もう祈るしかない。

「予定通りなら、そろそろ父上が一仕事やってくれてるはずなんだけど……」



   *   *   *


【王女の影武者ユイ視点】


 山頂にそびえ立つディアージュ城で、ユイの兄・リュナンが張り切っている。

「敵先鋒の狙いは、やはりこのディアージュ城よ! でも恐れる必要はないわ!」

 ウィッグを被って異母兄ノイエになりきったリュナンは、兵たちを前にしてもノリノリだ。



「このディアージュ城はもともと、王都防衛の要として建てられた本物の『戦う為の城』よ。平地の城館とは違うわ。五千程度の兵にいちいち怯える必要はないわね」

 赤ん坊の頃からノイエを見てきただけあって、リュナンの口調や仕草は完全にノイエのそれだ。そこらの影武者とは気合いの入り方が違う。



「次期国王となられるリン殿下をお守りする為、すでに続々と援軍がディアージュ城めがけて殺到しているのよ。援軍が到着したときに城が陥落してたなんてことになったら、末代までの笑いものよ? しっかりね」

 ああ、ノイエお兄様が言いそうな感じだと、ユイは深くうなずく。



 最後にリュナンは、兄からの手紙にあった一節を拝借する。

「この籠城戦は間違いなく歴史に残るわ。あんたたち、歴史書に載る準備はいい?」

「おおっ!」

 守備隊の将兵が力強く応え、リュナンはウィッグをふぁさっとなびかせて、艶っぽくウィンクしてみせたのだった。



(リュナンお兄様が、あんなに嬉しそうに……)

 自分も嬉しくなって、ユイはそっと涙ぐんだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] オカマ兄の真似してる時が一番輝くとか… 罪深いオカマ兄ですね! [一言] しかし無能判定廃嫡追放ザマァが流行ってますが、それまで育んでいた家族の絆とかどこ行った?なんでそんな手のひら返すの…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ