第47話「ツバイネル家の狼煙」
オネエ47
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【ツバイネル公視点】
「最後の最後まで役立たずだったか、忌まわしきグレトーの子よ」
ツバイネル公ゼラーンは溜息をつき、報告書を暖炉に投げ込んだ。
脳喰い虫では難しい局面に対応できない。借り物の記憶と知性で動いているだけなので、複雑な判断や強い自制が必要な状況になると、すぐにボロが出る。
「大駒を二つ続けて失うとはな……」
王太子ベルカールと第二王子ネルヴィス。いずれも立て続けに離反してしまった。
ベルカールは結果的に始末できたので良いとしても、ネルヴィスは邪魔だ。
排除したいが、清従教団は死力を尽くしてネルヴィスを守るだろう。清従教関係の政治工作はネルヴィスが大半を担っていたので、さすがにもう食い込めそうにない。
ツバイネル公は控えている密偵に苛立たしげな視線を向ける。
「報告が遅すぎる。ベルカールが国王を殺した後、お前たちは何をしていたのだ」
「申し訳ございません。いずれ国王は殺害する予定とうかがっておりましたので……」
「いつどのように殺すかで、意味合いが全く違ってくるのだ。今回はすぐに早馬を立てて報告すべきであった」
エリザなら、こんなことは言わなくても理解していただろう。
今使っている密偵たちは暗殺者としての側面が強すぎ、政治的なことがまるでわかっていない。
だがそもそも、下賎の密偵ごときに政治や軍事がわからないのは当たり前だ。この密偵たちは読み書きが完璧にできる分、かなりマシな方だった。処分するのは惜しい。
「もうよい。ところで王太子軍はどうなった?」
すると別の密偵が報告する。
「リン王女の軍に襲撃され、散り散りになって北テザリアに逃亡しております」
「待て、リン王女の軍とは何だ?」
「わかりません。急に三千余りの兵で襲ってきました」
「……三百ではないのか」
リン王女の兵力はそれぐらいのはずだ。
「いえ、三千です」
「そやつらはどこから湧いてきた?」
「さあ……」
あまりの無能っぷりに溜息しか出てこない。
「軍旗を掲げていたはずだ。記録は取っているだろうな?」
「はい。こちらに」
軍旗のデザインを見たツバイネル公は、即座に正体を見破る。
「いかんな」
聖モンテール騎士団だ。教皇直属の軍団で、これが動いているということは教皇の意向が強く働いていることを示している。
リン王女はどうやら、清従教団を味方につけてしまったらしい。
ツバイネル公は少し考え、側近を呼び出して命じる。
「ツバイネル領の神殿に目を光らせよ。内部に潜ませた者たちを全て使い、不穏の動きがあれば報告するように命じるのだ」
「ははっ」
農民一揆でも起こされたらたまらない。
ツバイネル公は椅子に深くもたれると、溜息をつきながら目頭を揉んだ。予定が狂いっぱなしだ。「まさかの備え」がどんどん放出されていく。
「まあよい。まだ手はある」
清従騎士団だけなら、まだ対抗可能だ。清従教団も一枚岩ではないし、清従騎士団もいくつかに分かれている。反教皇派に金をばらまけば、清従騎士団の動きを鈍らせることができる。
仮に全軍で攻められても、北テザリアの領主たちに兵を出させれば十分に対抗できる。
しかし南テザリアの領主たちが一致団結してリン王女に味方するようなことになれば、かなり厳しいことになる。南テザリアの領主たちはツバイネル家に反感を持っているはずなので、政治工作がまず通用しない。
そしてあの忌まわしい切れ者のオカマが、それに気づかないはずもない。
「暗殺……は無理であったな」
エリザをぶつけて無理なら、もう暗殺する方法がない。
そのエリザも捕虜になったと聞いている。さすがにもう処刑されているだろうが、拷問などで秘密が漏れている可能性があった。
王室と国教。ふたつの勢力が手を組んで敵に回った今、ツバイネル家が陰に潜むのは難しくなった。表舞台で動かす駒がなくなった以上、自らが動かねばならない。
(連邦成立以降、この国を永らくテザリア家に預けていたが、そろそろツバイネル家に返してもらうとするか)
ツバイネル公は立ち上がると、側近に命じた。
「一門衆を呼び集めよ。戦の支度だ」
* * *
「ということで、大変遅くなってしまったがノイエ殿に『レディアージュ』の名を授けるぞ」
にこにこ顔のリンに言われ、私はとりあえず一礼する。
「えーと、ありがとね」
「これでついに『四つ名』だな!」
「そうねえ」
「王宮に自由に出入りできるし、王室の重要な役職にも就けるぞ! 将軍……は無理なのか、まあでも軍団長ぐらいはできるな」
『レディアージュ』は、「ディアージュの管理者」ぐらいの意味だ。ディアージュは城の名前なので、私はディアージュ城の城代家老というところか。
出世したなあ。
正式な城主はあくまでもリンだが、リンの名前はもう六つまで埋まっている。これ以上増やせない場合は何か減らすしかないが、どの名前もつい最近獲得したばかりだ。そうそうポンポン変えられない。
そこで腹心である私がディアージュ城の管理人としての名前を得て、リン王女の所有物であることを内外に示したという次第だ。
「私、あなたの名前バインダーじゃなくてよ」
「そんなこと言わないでくれ。私は純粋に、ノイエ殿が出世したことが嬉しいんだ」
嬉しくて仕方ない様子で、リンは笑っている。
「これでカルファード家の当主より偉くなってしまったから、正式に分家を立てることが許されるらしいな。いずれは領地もあげるから、初代当主になるといいぞ」
「別にそんなのいいのに」
そういう栄達は望んでいない。辺境の小領主の庶子でも不満はなかった。
とはいえ、リンはいずれ女王になる身だ。腹心の私がいつまでも下級貴族のままでは、リンが困るだろう。
「でもそれであなたの力になれるのなら、謹んでお受けしますわ。殿下」
「うん!」
リンは屈託のない笑顔でうなずいたのだった。
こうして私は『ノイエ・ファリナ・レディアージュ・カルファード』という、随分長い名前を名乗ることになった。
さて、名前に見合う働きをしようか。
私は喜んでいるリンの前に、紙の束をドサッと置いた。
「ではテオドール郡の代官にしてディアージュ城の城代より、殿下にお願いがございますわ」
「なにこれ」
「全国の領主に対して、ツバイネル公討伐の勅命を発するのよ」
うず高く積まれた紙の束を見上げて、リンがつぶやく。
「でも私、まだ王位を継いでないぞ。勅命と言われても」
「事実上、もうあなたしか王位継げる人いないでしょ。あなたの父方の叔父や従兄もいるにはいるけど、さすがにこの状況で名乗りを上げてる人はいないわ」
「なんで?」
「王冠を被った瞬間、ツバイネル公と戦争することになるからよ」
国王グレトーの跡継ぎは二人いて、どちらもツバイネル公の強力な支援があった。だから誰も王位を狙ってなどおらず、今さら火中の栗を拾いたがる物好きはいない。
火中の栗を拾うのはリン王女とその愉快な仲間たちだ。
「今のあなたは、清従教団から正式に次期国王として認められているわ。もちろん王位継承順位も筆頭だし、いつでも戴冠式ができるわよ。……まあ、今やってる余裕はないけど」
正式な戴冠式をやるのは無理だし、強行しても得るものは何もない。
「とりあえず王位を継いだことを宣言して、女王としてツバイネル公を逆賊に認定するのよ。その上で諸侯にツバイネル公討伐を命じるの。逆らうなら清従教団の決定に異を唱えたことになるわ」
それで素直に従うほど諸侯も甘くないが、以前よりは従う連中も増えただろう。
それにここでリンが次期国王であることを宣言しておかないと、諸侯もどうしたらいいかわからないはずだ。
リンはうなずき、ペンを手に取った。
「わかった、とにかく書けばいいんだな」
「ええそうよ。文面はこちらで作成したけど、ある程度は自由に変えていいわ。あなたの言葉でつづりなさいな」
リンは真剣な表情で、羊皮紙と格闘を始める。
「えーと……国王と王太子を殺害した憎むべき逆賊、悪の化身、許すべきでないツバイネル公を討ち……」
「くどくない?」
「自由に変えていいんだろう?」
「そうは言ったけど……」
まあいいか。多少子供っぽい方が健気でいいかもしれない。リン王女自身の言葉であることも伝わるだろう。たぶん。
「後は味方がどれぐらい集まるかね」
清従騎士団の増援と、南テザリアを中心とした諸侯からの援軍。
王室の近衛兵団も私が説得して回っているところだし、ぼちぼち態度を決める頃合いだろう。
心配なのはツバイネル家の動向だ。ここまで状況が悪化してくると、ツバイネル家も黒幕ぶって潜んでいられない。
だが自ら戦うと決めたツバイネル家は恐ろしい相手だ。北テザリアの領主は全てツバイネル家に従う。南テザリアの兵を結集できなければ、こちらに勝ち目はない。
不安に思っていると、案の定敵が動き始めた。
聖モンテール騎士団のカシュオーンが飛び込んでくる。
「ノイエ殿、ツバイネル軍が来たぞ。王都を目指して街道を進軍中だ」
さすがに楽はさせてくれないか。




