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オネエ軍師 ~庶子たちの戦争~  作者: 漂月


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第46話「南テザリア同盟」

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   *   *   *


 そんな訳で、私は教皇と一対一で会談をしていた。

「私なんかと話しても、教皇猊下に得るものなんかないでしょうに」

「そんなことはありません。あなたはリン王女殿下の側近中の側近だ」



 それはそうかもしれないけど。

「生まれも卑しければ、育ちも悪い若造よ? 敬語もまともに使えないんですもの」

「だとすれば、それをはねのけるほどの何かをお持ちのはずだ。違いますかな?」

 穏やかな、だが値踏みするような視線。



 魔女の秘術について明かす訳にもいかないので、私は苦笑してみせる。

「どうかしら。わからないわ」

 教皇は私をじっと見つめて、それからこう言う。



「リン王女殿下は、この国を『綺麗事を言える国』にしたいと仰せでした」

「あらやだ、あの子ったら。私の口癖を覚えちゃったのね」

 別に教えるつもりで言っていた訳ではないが、リンは結構真剣に受け止めていたようだ。



「この国では法も道徳も形骸化し、治安も悪いわ。もちろん戒律だって守っていない者が結構いるでしょう?」

 お前んとこの神官どもなんて、王女を暗殺者に売ったもんな。

 言外にそういう意味を込めると、教皇はさすがにすぐ気づいた。



「否定はできません。非常に忸怩たる思いです」

 教皇の口調は変わらないが、微かに渋い表情をしている。

 私は続けた。



「この国で少し綺麗事を言うと、『青臭い夢想』だの『現実を見ろ』だの『世間知らずの若造』だの『それで世の中渡っていけるのか』だの、散々な言われようよね」

 すみません。これは前世分も若干含んでいます。



「それも否定はできません。私も若い頃、よく言われたものです」

 教皇がうなずく。彼も教団内部の権力闘争を勝ち抜いてきた以上、綺麗事だけで生きてきたはずはない。

 私は溜息をついた。



「綺麗事は確かに役には立たないわ。でも綺麗事を言わなくなったら、人は獣に戻ってしまうものね」

「戻ってしまう、とは?」

 おっといけない。ここはまだ進化論が存在しない世界だった。



 適当にごまかしておこう。

「人は生まれつき人なのではないわ。人として育てられ、愛されて、やっと人になれるのよ。確か教典にもあったわよね?」

「『ベオグリンの子ら』ですな」

 全然わからないけど、なんかそういうのがあるらしい。よかった。



「今のテザリアは獣臭いから、リン殿下のような清新で爽やかな支配者が必要だと思うの。神はそれを望まれるかしら?」

「どうでしょうな。神の御心は計り知れません」

 適当にはぐらかされた。



 軽いジャブの応酬では埒があかないので、私は踏み込んで右ストレートを叩き込む。

「神様に全部丸投げしたけりゃ、今すぐ信徒全員が首をくくってあの世に行けばいいのよ。神の国で救ってもらえばいいわ。でもそうじゃないでしょう?」



「もちろんです。そのような救済はありえません。神は自らを救おうとする者にだけ、救いの手を差し伸べられるのです」

 清従教は社会秩序の維持を目的とした宗教だ。教義や戒律がどことなく儒教的で、統治者にとって都合がいい。



 清従教はいくつかに分派して他国でも国教となっているが、これだけ普及している理由はその現実路線にある。社会秩序を維持しやすい教義だから、国が強くなるのだ。

 だからもちろん、清従教のトップはおおむね現実主義者だ。世俗主義でもある。



「綺麗事を言える国ってのは、為政者が清廉で民は善良、そして豊かで強い国のことよ。そうでなければ綺麗事なんて言ってられないもの」

「確かにそうですな」

 教皇は髭を撫でつつ、深くうなずく。



「ノイエ殿が目指す国もまた、そういう国ですか?」

「私はただ、あの子を守りたいだけよ。私も綺麗事を言いたくて、意地を張ってるだけだから」

 私は肩をすくめてみせた。国全体のことなど私は興味がない。



「意地とは?」

「ツバイネル公みたいに、たかが王位継承ぐらいで子供を殺そうなんてクソ野郎がのさばってるのは許せない」

「たかが王位継承……」

 教皇は少し驚いた様子だったが、にこりと笑った。



「大物ですな。リン王女殿下が慕っておいでなのもよくわかります」

「私が無知で了見が狭いだけだと思うわ……」

 自分でもそれは自覚している。私は立派な人間ではない。



 でも私はあの子をコントロールしたり、自分の目的を果たす為の道具にしたりはしない。それをされると嫌なのは、私自身が経験している。

「もちろん、あの子が道を誤りそうなときは止めるけどね。でも最終的にはあの子の判断を尊重するし、信じるわ」



 教皇はふと微笑み、目を細める。

「まるで母親のようですな」

 しまった、つい「あの子」って呼んでしまった。ちょっと恥ずかしい。



 だが教皇は穏やかにうなずく。

「ノイエ殿とリン王女殿下の絆を今、確かに見ました。殿下がここまでの苦難の道を歩んでこられた理由がわかったような気がします」

 そして教皇はさらに続けた。



「清従騎士団の全戦力をリン王女殿下にお貸ししましょう。それだけでなく、全ての信徒にリン殿下に従うよう布告します。あの方こそ、清従の天使であると」

「ありがたいけど、本当にいいの?」



 すると教皇は笑いの質を変えた。

「教団の持つ兵力や影響力という資産を、有効に活用できそうな投資先を見つけたのです。しかも信頼性が高く、利回りも良さそうな投資先です。大きく張っても大丈夫でしょう」

「あら、光栄ね」



 急にぶっちゃけた話をしてきた教皇だが、これはまだ本心の半分ぐらいだろう。

「そして王室に高い貸しを作り、教団の影響力をますます高めるということね」

「ツバイネル家に味方すると私の教え子が悲しみますし、教団としてもあんな投資先は信用できませんからな。それだけですよ」

 どうだか。



 とはいえ、これ以上この古狸を問い詰めても何も話さないだろう。私は交渉結果に満足する。

「殿下の人柄と能力を信じてくださって、私としても嬉しいわ」

「あなたのこともですよ、ノイエ殿」

「私?」



「ネルヴィスが常々、あなたのことを褒めております。知謀だけでなく人柄も度胸も素晴らしいと」

 なんだろうな、このくすぐったい感じは……。

 しかしこの調子で行くと、前回帰ったときに父に頼んだことが必要になるかもしれない。



   *   *   *


【カルファード家当主ディグリフ視点】


「良い投資先だと思いますよ」

 ディグリフはアルツ郡周辺の領主たちを集めた食事会で、リン王女のことをそう評した。

「世俗の垢にまみれていない、清新な王位継承者です。亡き国王陛下からの信任も篤く、南テザリアとの縁も深い」



 領主たちの一人が腕組みをして、考え込むようにうなずく。

「確かにカルファード卿の仰る通りです。だが貸し倒れの危険も相当高いのでは?」

 他の領主も同意した。

「相手はツバイネル公でしょう? 北テザリアそのものと言ってもいい。勝てますか?」



 だがディグリフは動じない。

「多少でも貸し倒れする危険があると思っていたら、子供たち全員を殿下のお供につけたりはしませんよ」

 ディグリフは庶子である長男、嫡子の次男、そして長女の三人全員をリン王女の側近として派遣している。



 もしツバイネル公が勝利してリン王女の勢力が瓦解した場合、カルファード家がどんな報復を受けるかわからなかった。少なくとも跡取り全員を失う可能性は高い。

 領主としてはかなり思い切った方針であるだけに、この言葉は説得力をもって受け止められたようだ。



「ディグリフがそう言うのなら、まあ間違いはあるまい。こいつは馬鹿な賭けはやらん男だ」

 旧知の領主がそう言って笑い、他の領主たちも苦笑する。

 だが彼はこうも言った。



「しかし今さらリン王女殿下に忠誠を誓ったところで、君の息子たちに顎で使われる立場だろう? カルファード家の舎弟みたいになるのは抵抗があるな」

 半分冗談、半分本心といったところか。ディグリフは分析し、首を横に振った。



「残念だが、カルファード家に有志連合の取りまとめをする余裕はないよ。私は領主としての仕事があるし、当主でもない息子たちにもそんな大役は任せられない」

「ではどうする?」



 当然の質問に、ディグリフはニヤリと笑って一同を見る。

「南テザリア同盟軍を結成し、同盟としてリン王女殿下に協力を申し出るのです。発起人は私ですが、同盟の盟主は最大の兵力を派遣する者がすればいいだけのこと」

「ほう……」



 今から参入しても、重要なポジションにありつける。これは領主たちにとっても、非常に魅力的な提案のはずだ。

 彼らはちらちらと互いの顔色をうかがい、それから咳払いをする。

「悪くない話ですな」

「ええ、悪い話を持ちかけるほど私も耄碌しておりません」



 南テザリア同盟の盟主なんかにならなくても、既にリン王女はノイエたちを深く信頼している。リン王女が王位を継いだ場合、カルファード家の栄達は疑う余地もなかった。

 だから盟主の座は人集めの餌として使う。



 これらは全て、先日突然帰ってきたノイエと相談して決めたことだ。

 この方法で南テザリアから兵を集め、ツバイネル公に対抗する。

 案の定、既に領主たちは「リン王女に味方するか」よりも「リン王女にどれぐらいの兵を提供するか」を考えている様子だった。



「ツバイネル家は前から気にくわなかったんだ。北の連中は交易のレートをじわじわ釣り上げるわ、取引のルールを勝手に変えるわで」

「ああ。王室の外戚だかなんだか知らんが、威張りくさって南のやり方に口を挟んでくるからな。この十年ほどは特に酷い」

「よし、南部魂を見せてやるか」



 そして食事会の終わりに、領主たちは真顔でこう告げる。

「抜け駆けは無しですぞ、ディグリフ殿」

「しませんとも」

 ノイエの父はそう言って苦笑してみせたのだった。


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